第4話

数週間後、ジョンソクはラヒの家に行き昼食をともに摂ることになり、食卓のある部屋へと案内されて席に着き、ラヒの父と互いの事業について会話をしていった。


「あくまでも理想なのだが、私も君と似たように朝鮮人とともに過ごせる学校をつくりたいと考えている。しかし国の方針もあってそこの部分は反対されているんだよ」

「日本人がこの地を統治していることもありますし、諸外国の者たちも似たように共存していくのは現状として厳しいかとは思われます」

「阿久津さんは日本には戻る予定はあるのですか?」

「今の工場を大韓帝国の民間人に引き渡して事業を継続させることができれば、日本に戻ることも視野として入れています」

「提案があるのだが、君はラヒと一緒になる気はあるかい?」

「ラヒさんとですか?」

「ああ。この子も婚約者がいたのだが朝鮮人とは相性が合わないから日本人がいいと言い張るんだ。もし考えれるのならどうかこの子と結婚をしてほしい」

「お父様、気が早いわ。阿久津さんも困っているじゃない」

「いえ……僕も、そこはずっと考えていたんです」


ジョンソクは持っていたフォークを置いてしばらく俯いていた。ラヒの父は顔を上げて欲しいと告げると彼は姿勢を正して真剣な眼差しで父を見た。


「先日の懇親会からお二人にお会いしてラヒさんを知った時この人と一緒になりたいと考えているんです。日本で彼女と一緒に工場を建てたいんです。お願いです、ラヒさんと結婚を前提にお付き合いさせてください」


ラヒの父は大田に残らないのかと訊いてきたが、ジョンソクはこの地での工場は家族に残していきたいといい、戦争が始まる前に帰国したいと返答した。


「君のその望みは叶えてあげたい。確かに元々は私達も日本で生まれた人間。ずっとこの地にも入れるかどうかわからなくなるかもしれん。わかった、その強い思いを持って二人で日本へ行きなさい。ラヒ、お前も向こうに帰りたいと言っていたな。彼についていきなさい」

「阿久津さん、私で良いのですか?」

「はい。一緒に日本で暮らしたいです」


ラヒは少し考える時間を設けてほしいといい席を立ち自分の部屋へと入っていった。ジョンソクは彼女の父に本当に大韓帝国に残さなくてもいいのかと訊き、二言を言わせないでくれと返答されるとジョンソクは深く頭を下げた。すると家の使用人からソウルにいる知人から連絡が入り今日中に来てくれないかと告げてきたので、ラヒの父はジョンソクに彼女を宥めるように部屋にいる彼女の元へ行ってくれと言ってきた。


ラヒの父が支度をして外出していき食事を終えたジョンソクは、彼女のいる部屋へと向かいドアをノックして名を呼び出していた。そうしているうちにドアが開いてラヒの顔が見えるとジョンソクは思いきりドアを開けて気分でも悪くなったのかと問うと彼女は彼の腕を引っ張り部屋の中に入れてドアを閉めた。


「ラヒさん?」

「この国は……息苦しくて私には合わないの。だから阿久津さん、私を日本に連れていってください」

「僕と、一緒になることをそんなに早く決めてもいいのかい?」

「不思議と後悔がしないの。私もあの日に出会ってからこの人と一緒になれたら自由になれるんじゃないってずっと考えていた」

「自由?」

「ええ。今の時代には自由というものがない気がするの。あなたと一緒なら……本当の自由に出会える気がする。二人で一緒に作っていかない?」


ジョンソクは彼女の両手を取り握りしめて顔を眺め、自分も日本で彼女とともに生きることを決めたいと意を固めていると告げると、ラヒは彼の身体に抱きついて声を震わせてきた。


「私は今まで生きてきた心地がなかった。父の令嬢だって存分に言われ続けてどうしたらいいのか彷徨っていた。でも、あなたが……私と似たように強い意志を持って日本で生きていきたいと決めているなら早く一緒になって欲しい。特別扱いしないあなたのその寛容さが好きなの」

「僕も好きだ。君のお父様も僕らの事を快く思っている。誰にも渡したくない……」


二人は思いの丈を引き出しながら強く抱き合っていった。


四ヶ月後、二人は両家とともに結納を行ない政府へ婚姻書を申請し、その間にラヒは大田へと引っ越してきて早速工場で働くこととなった。ジョンソクは彼女を従業員たちに紹介をし経理の業務に就かせると、皆も彼女に関心を抱き始めていき日本語と朝鮮語を交えながら会話をするようになっていった。


更に三ヶ月が経った頃政府から通達が届き、晴れて二人の婚姻が認可され、その旨を両親に伝えると正式に夫婦として共に生活できることとなった。醸造所に隣接する居住地に平家建ての家を構えて、改めて二人きりの暮らしが始まり、ジョンソクは早朝四時に槽場へ向かうと、その後にラヒも敷地内にある事務所で従業員らと働いていった。

昼休憩になりラヒは自分で作った弁当を食べていると、他の事務員が彼女の向かいに座り話しかけてきた。


「ご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「落ち着いたようで良かったです。社長も最近表情も明るいし、従業員もみんな心から喜んでいます」

「そう言ってくれるだけで私も嬉しいです」

「あの、お子さんはどうされるんですか?」

「そうね、まだ話していないけどきっと向こうも考えてはいると思う」

「絶対できます。私たち応援していますから」

「子どもかぁ。たしかに跡継ぎのことを考えておかないといけないわね」

「カンさんの奥さんももうすぐで臨月だから、あの人もそわそわしている」

「そうなのね。私も赤ちゃんが産まれたら見てみたいわ」

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