Try to remember〜紺寂に輝くのなら〜
桑鶴七緒
第1話
『光差すや 我が想ひ出は 遠き故郷に帰らず 主よ、御子も紺寂につむりて 我を紡ぎたもう』
この国に生まれて目に映るものは、全てが当たり前のように手に入るものばかりだと暗示をかけられながら生きてきた気がしていた。幾多に流れる和平が時には偽物も混ざり込んでいて、人の心を操ろうと悪意さえ働きかける。
そのようなものは望んでいない、ここに生きている限り正論も虚言も息をしながら、共に隣り合わせでいるようなものなのだ。
彼らは常に幸福を求めていた。
契りを交わし愛する人のために喜びも悲しみも全て受け入れてようと、自分に言い聞かせるように幸福を祈り続けていた。しかし、時代は容赦しなかった。我が命をかけてまで守り抜いてきた者たちの栄光も無念も全てあの国に囚われてしまったのだ。
だが、いくら時を恨んでも返ってくるものはもうないのだ。だから、生きなさい、自分のために生きて貫きなさい。必ず報われる日が来るから、何度でも立ち上がりなさい。
貧にして
それが彼らの口癖であり根強い自尊心だった。
遠き日の思い出もこの胸に刻むように愛を持って、
二〇一二年東京。列島を大地震で震撼させたあの日から一年が経った頃、渋谷の雑居ビルが立ち並ぶ通りの裏側のビルに入る新聞社の一室で、阿久津
「斗真……おい、斗真。起きろ、部長が呼んでいるぞ」
同僚のソン・ユソクが彼の身体をゆすって枕代わりにしていた座布団を引っ張り出すとようやく目を覚ました。
「お前……何するんだよ。帰ってきたの四時だぞ?まだ八時じゃねえかよ?」
「その昨日の取材の件で部長が呼んでいる。とにかく起きろ」
重たい身体を無理矢理起こして頭を掻きながらデスクへと向かうと部長の加藤がしかめっ面のように斗真を眺めていた。
「昨日はご苦労だったな。逃走中の犯人の手がかりがついて今朝方逮捕状も出た。……人が話している時になんだそのあくびは?」
「すいません。こっちも見張っていたのでまだ眠いんですよ」
「午後から新規の取材が入った。もう少しだけなら休んでいていいから出るまでの間この案件読んでおけ」
加藤は斗真に資料となる封筒を手渡し、再び彼があくびをしながら応接室へと入っていくと呆れた顔で見ていた。
「あいつ仕事なめているのか?」
「斗真、三日間ほとんど寝ないで出回っていたんですよ。今回の事件も四ヶ月かかりましたし」
「まあいい。ユソク、戻っていいぞ」
ここは日鮮日報社といい日本と朝鮮半島に関わる情報を中心とする記事を集めた新聞社であり、斗真がここに来てから八年は経っていた。
十二時を過ぎた頃彼は自分のデスクで散らかったものを片付けてから、ユソクとともに王子にある朝鮮学校へ訪れてた。校内に入り会議室へ案内されるとある教員が彼らのところに現れた。
「お忙しいところ来ていただきましてありがとうございます」
「ここの卒業生の方の親類を探してほしいという事ですが、具体的にどういった経緯でそうお考えなさったのですか?」
「こちらがその方が載っているアルバムです」
教員が彼らにアルバムを見せると、そこに写っている顔写真に斗真は疑念を持ち始めていた。
「ユン・ソヨンさん。この方のお祖母様にあたる方が日本人の男性との間に子どもをもうけていたのです」
「斗真、心当たりでも?」
「人違いかと思ったのですが……この方の姉妹にあたる方が、僕の母になるかもしれないのです」
斗真の家系は日本と韓国の血統があり、彼もまた在日三世として日本で過ごしてきた。加藤からもらっていた資料を改めて見ていくとハングル表記や漢字の読み方も同じ人物であることから、彼は以前家族から聞いていた曽祖父母のことを思い出していくようになっていった。
「この人の親類になる人たちはまだ生きていらっしゃるのですか?」
「韓国に住んでいるそうですが、阿久津さんのご両親については詳しいことは不明です。ただその方のご家族が、親族にあたる阿久津さん……あなたの事を探しているそうなんです」
「じゃあ今回の件は、個人的な都合で取材をしてほしいという事になるのですよね?」
「ええ。日鮮日報に混血の方がいらっしゃると聞いてすぐにお会いしたいと考えたんです」
「何か、急ぐことでも?」
教員は手元に持っていたある手紙を彼らに差し出してきて、ユン・ソヨンが生前斗真の家族あてに書いたものだと言っていた。
『突然のお手紙失礼します。阿久津家の皆さまお元気ですか?今日こんにちまで伏せておこうとしていたことがありましたが、話さずにはいらえないと思い筆を取りました。在韓日本人として
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