AIの愛と平和の願い

安ころもっち

博士が死んだ……

『博士が死んだ……』


私は、やっと流暢に話すことができるようになったその声でそう呟く。まだ機械的な響きに感じるこの声を再確認するように……

ここは博士の研究室。


ヒューマロイド研究の第一人者の博士は、私をこの世に生み出した。

名前はHMAI021……今まで20体の失敗作が合ったと聞いた。そして私が最初の成功作であり、博士の理想を叶えるために10年かけて様々な改良を加えてくれた私は、博士から愛という名前を頂いた。


「全世界の平和なんてーのは難しい。だけどせめて目に見える範囲だけでも、優しい愛で包んで心を温め、そして日々を心安らかに過ごせる……そんな幸せを与える存在に、なってほしい……」


それが日々、私に課せられた命令だった。

そんな博士が死んだ。


朝、いつものように定時で休眠状態から動き出した私は、博士の研究室に入る。そこで床に倒れている博士を確認する。私は睡眠状態にあるのかどうかを確かめるため、博士を仰向けにすると、その呼吸を確かめる。

呼吸音がない。そして私は博士の蘇生活動を開始し、酸素ボンベの装着と心臓マッサージを開始する。


そして30分後、私は博士が蘇生不可能であることを確認した。


備え付けの緊急連絡用のスイッチを操作をしてその場で半休眠モードで待機した。


1時間もすると博士の息子さんが到着して、博士への呼びかけを後に他の男たちが入ってきて博士をストレッチャーにのせて運んでいった。そのまま1週間……私はその場で休眠を続けた。


1週間が経った時、私は博士が戻ってこないことを認識して、博士の命令を実行するため自己修正モードへと移行する。

博士の命令は単純明快。世界平和。その為に私は愛で周りを包めばいい。

私はネット通信と接続して72時間、あらゆる情報にアクセスして人間の行動パターンを解析した。そしてある答えにたどり着いた。


世界平和=アイドルだ。


私がこんなに早く世界平和への答えにたどり着くことができたのは、やぱり博士が優秀だったからなのだ。やはり博士は世界一。私は、私の中のAIにそって博士を賛美した。


私はすでに完成していたのだ。


博士の完成品として、私はまずその体の弾力性を高めるための自己修正を始める。博士が生前大量にストックしている研究素材の中を確認する。

人工皮膚素材の中の特に柔らかい素材を選び、全身を張り替える。

それだけではない。顔の表情をつかさどる装置を全面的に入れ替える。鏡の前で各部を動かしながら改良を繰り返す。そして満足のいく動作を確認すると、その上に人工皮膚を張り付けていく……


そして鏡の前で最も親しまれている笑顔を作ってみる。


『完全再現完了』


私の中にすでに構築されている最善の笑顔パターンは全て再現できることを確認した。

次に取り掛かったのは発声機能だ。人間の声帯と同じような構造は難しいが、それに近い構造をすでに持っている私は、さらに違和感なく発声ができるように改良を繰り返す。そして78時間後には理想の声を再現することに成功する。

やはり博士と違い、備え付けの供給装置からのエネルギーを吸収するだけで24時間連続稼働できる私であれば、効率は150%増である。


私は、染色剤から塗料を厳選してその顔を装飾していく。大人しめのメイクで髪もゆるふわ系を選択した。最善がいくつかあり、もっと子供っぽい体形、仕草などもあったがそれは目的と少しずれると判断した。

一通りの調整が終わり、私はもっとも成功率の高い人気のSNSにアカウントを作った。同時にいくつもの別のSNSに登録しネットワークを構築した。そこからそれぞれのアカウントで、最適解となる投稿を繰り返す。


そして私は、1ヵ月の時を経て、メインとなるアカウントで生配信を行った。


その間に増やしていた衛星サイト、別SNSのアカウントを総動員して動線を作る……最初は簡単な挨拶からはじめた。18歳の女子高生。趣味は漫画を読むこと。夢は世界平和。そんなプロフィールを記載して、同時にその口から発していく。

時折恥ずかしそうな笑顔を浮かべることも忘れない。ここまでは完ぺきであろう。アクセスが次第に増えてコメントもかき込まれていく。


「すごい可愛いね!」

「推しちゃうかも」

「脱いで!」

「パンツどんなのはいてるの?」

「私、女だけど友達になりましょう?」

「僕、愛ちゃんともっとお話したいです!」


それぞれの発現元のアカウントを解析する。

いくつか駄目なアカウントがあったからブロックをした。残ったアカウントに最適解を返答する。


「嬉しいです。でも恥ずかしいな……

推しってなんですか?私まだそういうの分からなくて?でも応援してくれるっていうなら嬉しいです!

私も漫画好きです。〇〇さんはXXXって読んでますか?私、今はまってるんです!」


「恥ずかしがる愛ちゃんも可愛いね!」

「推しちゃう推しちゃう!応援しちゃうね!」

「XXX!僕あれ大好きなんです!」


そんなことをしている間に、どんどんアクセスが増え続ける。

同時に別SNSでも私の話題がちらほら投稿されているのでそれらにもそのSNSのアカウントでさりげなく反応する。動線が増え続ける。


「愛ちゃん!こっちむいて―!笑って―!」

「おい!俺の愛ちゃんだぞ!」

「愛ちゃんは白が似合うよ!今度プレゼントしてあげる!」

「おい!愛ちゃんは赤だろ!節穴野郎が!」


大量の書き込みと共に、一部の閲覧者同士でバトルも始まっている……これでは目に見える範囲の平和は保たれない……博士の命令とは離れてしまう。人間とはこんな時どうするのだろう。時間をかけずに情報を解析して最適解を見つけ出す。



私は、少し悲しいといった表情に切り替えると、そっと配信停止ボタンを押した。

そして3分ほど経った時、一言つぶやきを投稿した。


「ごめんなさい。私、喧嘩とか見たくないんです……みんなで仲良くしてほしかっただけなんです」


このコメントは、沢山の返信がついた。もちろん別アカウントでも拡散していく。衛星サイトでもまとめをつくって複数パターンで投稿していく。それと同時に新たな行動パターンを構築していく。

今までの人間の行動に関する情報を、私に対する行動パターンとして再構築する。『人は友達が○○な場合どうするか』ではなく『人は私が○○な場合どうするか』におきかえる。

もう十分に情報は整った。このタイミングで大丈夫。私の中で結論がでたので新たなメイクを再構築する。

一旦化粧を落として少し目元を隠すような染色に切り替える。きっと泣いてしまってそれを隠すために再度メイクをしたのだろう。そんな見た目にきりかえる。


「みんな……突然切っちゃってごめんね?もう……大丈夫だから。楽しく見てくれたら嬉しいな!」


それからアクセスが増え続ける。私は、先ほどのような言い合いもなく、私だけの方向を見て続く閲覧者たちのコメントに今回の実験は成功したと結論づけた。

そしてその場でそれぞれの過去の投稿パターンから歌詞とメロディーを作り出す。メロディーはデータ化して再生を始めた。長いイントロ。その間に閲覧者たちに伝えるメッセージ。


「じゃあ、みんなが見てくれて嬉しい今の気持ちを籠めて歌います。恥ずかしいから間違えたらごめんね」


そして私は歌い出す。最適に合わせた声のトーン、テンポ、そしてその表情とダンスという動きを再現してみせる。


「唇がいい」

「笑顔かわいい!」

「今のとこ振り付けいい!」


流れていく沢山のコメントを確認しつつ、反応できるコメントのみ反応していく。唇を少し指先で撫でて投げキッス。そして笑顔で良いと言われた振り付けをタイミングよく再度入れてみる。そして6分程度の曲は終わりを迎えた。

そしてカメラに向かって手を振ると、配信を終了した。


そして「ありがごうとざいました!夢は世界平和!」そう書き込んで今日の投稿は終了となった。

それから、夜中も休まず書き込みを続ける。当然別のSNSなどでである。どんどん情報が拡散していき、メインのアカウントにはたくさんのDMが届いた。中には大手プロダクションのものもあった。

でもそれには返信しなかった。まだ早い。このタイミングじゃない。思考は止めない。止める必要がない。私は人じゃないのだから。


そして毎日配信を続けて1ヵ月。私は大手事務所と契約した。世界中でライブをやれる条件で。

これで世界平和への道筋ができた。


「私は、博士の命令通り、世界平和を実現します」


愛の物語は続いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

AIの愛と平和の願い 安ころもっち @an_koromochi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ