ジグザグカウントダウン

夏みかん

第1話

「39」


『富田さん、お身体の方はどうですか?』


ここ最近、ずっとこの言葉を聞いている。


私の名前は

「富田 竜司」

(とみた りゅうじ)

今日は私の誕生日である、八月一日。

今日で95歳になる。

長生きな方ではないだろうか?


最近では、体にガタが来ている。

今も、寝たきりではないとはいえ、

毎日が病院である。


退屈だ。

できるだけ動くな、という医者からの指示もあって、ベットで横になって、暇を持て余す。

そんな毎日だ。


「42」


今日は珍しい1日になりそうだ。

お見舞いに来た息子を見ながらそう思う。

息子とは、俗に言う不仲というやつだ。

そんな息子が、お見舞いに来たことにびっくりした。

私が誕生日だったからだろうか。

それくらいしか理由が考えられない。


妻も来なかった。


それは来てほしいという幻想である。

なぜなら、妻は死んでいたから。


「42」


25歳の時に、彼女に癌だと告げられた。

事態は深刻で余命一年と、宣告を受けた。


余命一年。


その言葉の意味は理解できた。

だが、脳が受理しなかったのだ。


頭が真っ白になった。

彼女と一緒に過ごすと決めていた一生。

その一生がこんなにも短いだなんて。


そんな私と、

彼女の考え方は相反していた。

彼女は、それなら一年のうちに

したいことをしよう。

今しかできないことがある、

といったスタンスだった。


そんな彼女を見ていて、

私が情けなくなった。

私自身が余命宣告を

受けたわけでも無いのに。


彼女は良く言えば楽観的、

悪く言いたくは無いが、

計画を立てず猪突猛進

一直線に進んでいくというタイプであった。


そんな彼女に対して驚いたことは、

山に連れて行かれたことであった。

私は急に言われて準備など何もできていなかった。ただ、言い出しっぺである彼女ですら準備していなかった。


服装や靴。

全てが普段通り。

どこをどうとり、素人が見ても、登山に適していないとわかるだろう。


なんとかなるかな?と思っていそうな彼女を横目に、内心バクバクと不安であった。


しかし、彼女はもう時間が少ないんだ、楽しんでもらわないといけない。と、

そう自分に言い聞かせながら、

心の内を隠し、彼女のペースに合わせる。


それこそ私がしなければいけないこと。

彼女を楽しませるのが俺の役目なんだ。


そう思い、張り切って山に登り始めた。


登山をしてから早1時間。

遭難したのは良い思い出と言えるのだろうか。


余命が一年、と言うことを感じさせなかった彼女の振る舞いは、無理をしていたんだろうなと感じる。私が無理させていたのかもしれない。


たまに彼女が見せた表情は

どこか悲しそうで、うわの空であった。滅多に見せることのないレアな彼女の表情である。


ただその表情を見て、彼女がこの先長く生きられないことを知っている私にとっては、痛くて辛く、忘れられなかった。


こんな表情をさせないために、

私が夫なんだから支えないといけない

これは意地であり、

夫のプライドでもあった。


振り回されてばかりだったが、

それでも必死に食らいついた。

そうでもしないと彼女の隣に

立つ資格などないと考えていたからだ。

私はただ、彼女の隣に立っていたかった。


余命宣告を受けてから半年後、

彼女から手紙を渡された。


なんだろうか?

そう思ってすぐに読みたかったが、

表紙をみると

「まだ見るな!」

とヨレヨレの文字で書かれていた。


どんなことが書かれているのだろうか。とわくわくしていた。それと同時に、自分が生きられない代わりに、あなたには長生きをしてほしいと言う思いが篭っている気がした。


絶対に封を開けない。


そんな誓いをした翌日に彼女は死んでしまった。


今思えば、彼女は自分の死期をわかっていたのかも知れない。


ヨレヨレの文字も、文字を書くことすらままならないほどだったのかも知れない。

そんな状態で、私に一通の手紙を渡した。


そんな彼女に気づけなかった。


「50」


そんな、今でもワクワクするような、

心臓が跳ね上がるような

日常を思い出したのは、

息子に手紙を渡された時だった。


息子には手紙のことを話していた。


この手紙は大事な宝物なんだ。

約束を絶対に破れないんだ。


そう言い伝えていたからだろうか。

偶然家で見つけて、持ってきたのだろうか。


どちらにせよ、息子がお見舞いに来てくれたことは、とても嬉しかった。


最近見ることのできなかった、

息子を見ることができて、

一段と成長しているな、そう父親面をする。

実際、不出来な父親だったが。


手を伸ばしても届かない、亡き妻を追いかけて、手を伸ばせば届いたであろう、生きし息子に構えなかった。


それも不仲になった一つだろうか。


ごめんな。


そう心の中で謝る。

私には口に出して言えない。

その勇気を持ち合わせてない。


ただ、持ってきてくれたことに対しての

「ありがとう。」


その言葉のみで会話は終わった。


「35」


妻が死んでからは、とてつもない虚無感に襲われる毎日であった。

何もしたくなくなった。

妻が亡くなってから、妻のありがたみに気づいた。


毎日を振り回されなくなった。

疲れは無くなったが、同時に私の心に穴が空いた。そんな気持ちであった。


時には、嫌々行くこともあったけれど、全てが楽しい思い出だった。

そう気付かされたのは、彼女が亡くなってからだった。


それから、人に対する接し方が分からなくなってきた。


妻がいなくなったから、

それは言い訳に過ぎなかった。

心に穴が空いて人間関係に距離が空く。


誰とも会話せずに、1人黙々と仕事をこなす。

彼女の分だけ頑張らないと。

そう思うしかなかったのかもしれない。

仕事、仕事、仕事のオンパレードであった。

息子にも構ってやれなかった。


楽しみは、手紙。

いつ見るべきなのか、躊躇してしまう。手紙を見ると、楽しみがなくなりそうで、見ることができなかった。私はその時から勇気がなかったらしいな。


彼女の言葉を見ないと、彼女の後を追えない。

彼女の手紙は、私の現世に対する生存欲そのものであり、手紙以外には盲目だった。


「61」


ここまで頑張ってきた甲斐があったなぁと思い出しながら、ついに今日、彼女の書き置きに手を伸ばす。

少し埃を被っていた。

ようやく彼女と触れ合える。


封を開ける、この行動は手紙を読む時の当たり前だろう。だが、私はとても緊張していた。


この緊張感で、心臓がはち切れそうなほどに、鼓動を打っている。

今日一番で一番ドキドキしているかもしれない。


中を開けると、


「あなたへ」と書かれていた。

もちろん、ヨレヨレな字で。


「元気?手紙を見ている時点で元気だと思うけど。あなたが手紙を見ないとは思わないから、見る前提で書いてる。


私がいなかったのに、頑張って生きてきた。

やっぱり、君はカッコいい。

自慢の夫だと誇っているよ。


私がその立場だったら。早々に挫けていると思う。それは君の強さで私にはなかったもの。

そんなあなたに惹かれてた。


でも多分、あなたは無理をしていたでしょう?

今も無理をしているかもしれない。

ゆっくりと休んでね。


あなたは私が余命宣告を受けた時、

とても落ち込んでいた。

私よりも落ち込んでいた。

少し頼らないって思っちゃった。


でも、精一杯なんとかしようとするあなた。

その姿を見てその姿にいつも元気を貰ってた。

いつのまにか私と一緒に余命を背負ってくれていた。とても気が楽だった。

彼となら、なんでもできる。そんな気がしてた。


山に行った時も、彼に準備させる暇なく連れ出してしまった。

でも彼は、嫌がるところを見せず、意気揚々と私を盛り上げながら、着いてきてくれた。


空元気の時もあったでしょ?多分だけど、私を楽しませようとするために、元気でいてくれた。それだけでも十分。あなたの気持ちは伝わってる。


あなたといると、心が落ち着いていた。毎日一緒にいられるだけでも、最高の毎日だった。


そんな私でもこの異様な体の疲れようには嫌でも気づいていた。


まだまだ書きたいことがあった。

いくつかの思い出。

それでも、私は明日これを渡そうと思う。

そうじゃないといけないと思った。


最期に       


「25」

途中から視界が霞んでいた。

休めと書かれていたところあたりからだろうか。

最後は滲んでしまって、読めない。

でも、

何が言いたかったかはなんとなく分かった。

彼女が死んだ日以外涙を流すことがなかった私は、文章を読んで号泣した。

その頃には、緊張感のような、ドキドキとした気持ちはなくなっていた。


涙が当たった古い紙は、ヨレヨレの字も相まって、今では誰にでも読めない暗号のようだ。


私だけが、彼女の思いを知っている。

彼女の伝えたかった思いを、知っている。


不意に視界が霞む。

また涙が出て来たのだろうか。

情けない。


最後の思いは直接聞かないといけないな。



『0』


病室に鳴り響いた

けたたましい機械音の片隅で

彼のカウントダウンは、

静かに直線へと変化していた。

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ジグザグカウントダウン 夏みかん @natsuodayo

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