第94話 西国の町 入域

変装を終えたアスタロートは、街道を歩き大きな町の入り口までやってきた。


今のアスタロートの頭には、ツチノッコンからもらったモコモッコ羊の綿を転々と付けている。


モコモッコ羊の綿を付けているのは髪のみではない、翼の上の方から羽先の方に向かって、ふんだんに綿を付けている。


流石に翼すべてを覆う綿は無かったが、翼の大半は綿が付いており、肩から脚に向けて白から黒へとグラデーションのように色が変わっている。


そのまま翼で自身の上半身を包み込むように巻く。


するとどうだろう、白いモコモッコ羊が二足歩行しているように見えなくもないし、アスタロートの特徴であるカラスの翼は綿でほとんど覆い尽くされており、モコモッコ羊の丸いフォルムへと変わる。


少し、羽根に負担が掛かるが、1日この状態でいるのも我慢できなくはないだろう。


今のアスタロートを見てもすぐにアスタロートであることに気づく者はいないだろう。


少なくともアスタロートはそう思っているのだが、先ほどからすれ違う人々がアスタロートの方をチラチラと見ては、ひそひそと話している。


大丈夫だろうか、自分がアスタロートであることに感づいているのでは無いだろうか?


そんな、不安な気持ちを抱きながら町の入り口までやってきた。


町の周囲には水路と木で出来た柵が立てられている。


木で出来た柵とはいえアスタロートの背丈の倍ほどはあるため魔物等の侵入を防ぐためには十分な性能があると思われるが、バクマンたちと戦ったビビンチョ町では石造りの擁壁と比較すると簡易な柵で囲われているように思える。


町への出入りを管理している関は、木製の大きな門が設置されておりその左右に2人の騎士が入域の管理をしている。


また、門の上には物見やぐらが設置されており、弓を持った騎士2人がアスタロートの方を指さし談笑している。


おそらく、魔物や魔人が攻めてこないが見張っているのだろうが、アスタロートであることがバレたのだろうか・・・。


翼はモコモッコ羊の綿で隠してあるし、髪の毛にも綿は付けてある。


体の輪郭は、翼で覆われているため分からないはずだ。


だが、背丈は変わっていないし、顔も変わっていない。


アスタロートに特殊メイクの技術と道具があれば別人どことか、別の種族にも慣れるのだが、残念ながらそんなことは出来ない。


周囲の反応が怖く俯いているアスタロートの背中は小さくなっている。


「じゃぁ、次の人。」


入域管理をしている騎士の1人にアスタロートが呼ばれる。


その騎士の手には、見たことがある紙の束が握られている。


胸に手を当てていなくても鼓動が早く強くなっていることが分かる。


「ひゃい。」


アスタロートは、変な返事をして騎士の前に行く。


「ほぉ。モコモッコ羊の亜人か。この町に来るのは初めてかな。」


「ひゃい。」


誰が見ても緊張しているアスタロートを見て騎士は優しく声をかけるが、アスタロートの緊張は解けず、また変な返事を繰り返すアスタロートを見て騎士の顔がほころぶ。


居心地が悪そうに大きな背を小さくして周りをキョロキョロしているアスタロートの様子は、初めて都会に来たお上りさんにしか見えていないのだ。


「お嬢さん。この町は初めてかな。」


縦に顔を振りながら肯定するアスタロート。


どうやら、まだ、バレてはいないようだ。


「見たところ1人で来たようだけど、1人なのかい?」


「はい。」


「ここには何をしに来たんだい?」


「人を探しに来ました。」


「ほうほう。何か事情があるようだけど、この町はお嬢さんが1人で歩くにはおすすめしない。悪いことは言わないから帰った方がいい。門番が俺でよかったな。」


それはつまり、どういうことなのだろうか?


この騎士は、アスタロートであることを見抜いて帰るように促しているのだろうか?


そのようにも聞こえるが、1人で町を歩く説明のくだりがつながらない。


アスタロートは、自身の正体がばれているのかを確認するために1つ質問する。


「どうして、1人で町を歩かない方がいいのですか?」


アスタロートは、普段何も気にせず喋ると、前世で男だったためか女性にしては少し低いアルトボイスだが、変装していることもあり、普段より少し高い声の女口調で話す。


「もしかして、何も知らずに来たのかい?」


「はい。」


ここに来て初めて普通に返事が出来たアスタロート。


「この町は、荒くれ者が多くてね。冒険者ギルドもガラの悪い奴が多くて有名なんだよ。そんな場所に、草食系の亜人がましてやモコモッコ羊の亜人が入るとどうなるかなんてすぐに想像出来る。君も誰かの食卓に並びたくはないだろう。」


「大丈夫です。私はこう見えても強いので。それに、目的を果たさずに帰ることは出来ないです。」


「ほう、随分と自信があるようだね。だが人間だからと言って彼らの身体能力を侮ってはいけない、基礎的な身体能力では亜人に負けるが、熟練した冒険者や騎士は魔法で身体強化することで強力な力を持つことが出来る。行こうと言うのなら止めないけど、冒険者ギルドと人気の無い路地裏には決して1人で入ってはいけないよ。」


「はぁ。忠告ありがとうございます。」


どうやら、アスタロートであることがバレたわけでは無いこと知り安心するアスタロート。


「では、通行料を支払ってもらおうか、銅貨3枚だ。」


アスタロートは、羽の内側に包まれている腰ベルト付きの鞄の中から東国でもらった貨幣を手探りで取り出す。


「はい。」


ノーズルンに教えてもらったが、西国と東国の通貨は共通だ。


元々、東国で通貨は使用されていたかったが、西国から移住した人間が持ち込んだ文化のようで、それなりに浸透している。


ただ、東国では、通貨の種類による区別はしておらず単純に枚数で売買している。


それは、単純に魔人が数は数えられるが両替の計算をすることが出来ないものが多すぎるからだそうだ。


貨幣は何種類かあり一般に使用されるのは、半銅貨・銅貨・半銀貨・銀貨・半金貨・金貨だ。


半銅貨を10枚で銅貨1枚と同じ価値で、そのほかも同じだ。


普通の通貨は丸いが、少し小さめの細長い形をした通貨が半通貨だ。


銅貨3枚は、日本円で直すと三千円くらいというのが今のところのアスタロートの見解だ。


手探りで取り出した通貨はちょうど銅貨3枚だった。


「はい。」


アスタロートが、モコモッコ羊の毛を付けている翼から腕を出して銅貨を渡すと、騎士が物珍しそうに見ていた。


確かに、今の仕草からモコモッコ羊の毛の中から通貨が出てきたように見える。


身分がバレていないことを知ったアスタロートはその嬉しさから少し饒舌になる。


「毛で隠れて見えないかも知れませんが、腰にポーチが付いているんですよ。」


アスタロートに言われて、自分が不躾に凝視してしまっていたことに気づいた騎士は、バツが悪そうに謝る。


「あぁ。そうなのか、すまない。じろじろ見てしまったな。これが通行証だ。」


そうして、手渡されたのは、木で出来た薄いカードだ。


アスタロートにはなんて書かれているのか分からないが、通行許可証とでも書かれているのだろう。


「ありがとうございます。」


通行証を受け取ったアスタロートは、駆け足で町の中へ入っていく。


よっしゃやっと西国の町に入れたぞ。




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