第93話 再び西国へ
西国を旅立ったアスタロートにすぐに体の異変に気づいた。
体が異様に重いのだ。
明らかに自分が思っているよりスピードが出ていない。
おかしい。
傷は完治したはずで、傷も痛まないからそうでは無い。
森の中に降りたって、走ってみても同じだ。
遅い。あまりにも遅すぎる。
原因はおそらくフルーレティーの強化魔法による錯覚だろう。
強化魔法を受けた後の感覚を体が忘れていないのだ。
今の速度ではピィカに出会ったら瞬殺される。
「鍛えなくては・・・。」
少なくても、フルーレティーの強化魔法が掛かった後と同じくらいに鍛えなければいけない。
あまりにも思うように体が動かないことに危機感を感じたアスタロートは筋トレを決意する。
お世辞にも、前世のアスタロートは自ら率先して筋トレをするような人種では無いが、やると決めたことは徹底的にする人でもある。
唯一筋トレしたのは、大好きなヒーロー物の悪役を演じた時だ。
たファンタジー映画の役を演じたいために俳優の世界に飛び込んだ明日太郎にとって、それほど嬉しいことは無かった。
好きなキャラクターに近づくために、役作りのために自ら進んで本気で筋トレをしたのはそれが最後だった。
その時はあまりにもストイックに筋トレしすぎたことで、無事原作通りの細マッチョに仕上がり、さらにそのアスタロートの役作りへの姿勢を監督が気に入り他作品にも多用してもらえるきっかけとなったのだ。
その作品で、アスタロートは限りなく原作に近いキャストとして作品のファンの中で認知され、その後、俳優としてブレイクすることになる。
そんな決めたことは実行するアスタロートが、筋トレを決意したのだ。
体に負荷をかけるために手頃な木を斧で切り倒し、それを抱えながら空を飛ぶ。
その日、東国に近い町で、空飛ぶ新種の魔物が確認され混乱を招くことになるが、アスタロートがそれを知るのはしばらく後になる。
少し大きな木を選びすぎたせいか、真っ直ぐ飛行することが出来ないアスタロートは、少しふらふらしながらなんとか飛行していく。
その疲労の感じ方から、町まで体力が持つか怪しいが、このまま飛んでいくことを決める。
どこにあるか分からない町までの体力配分を考えると余力を残さ無ければならないが、そんな余力を残すような筋トレをしていては誰にも負けない肉体など作れるはずが無い。
目指すは、この世界一だが、そんなにすぐに強くはなれないだろう。
魔王を倒すまでに、体が仕上がれば良いのだが・・・。
アスタロートが肉体強化を考えるのは、ピィカ対策だけでは無い。
この世界に来てから戦った相手で、明らかに自分より強かったのは、魔王とピィカの2人だ。
戦った感想でどちらがより強かったかというと、ピィカの方が強く感じた。
ピィカより魔王の方が弱いなんてことは考えにくい。
つまり、手加減されていたのだ。
この世界に来て、戦い方も知らなかったアスタロートに合わせて戦っていたのだ。
暴走すると、誰も止められないと言っていたが、アスタロートとの模擬戦では技将と力将が止めに入って、力将の説得ですぐに魔王は戦闘をやめた。
あれは、暴走モードに入る直前かと思って居たが、そうでは無い可能性が高い。
その可能性に気づくまでは、自分と同じくらいの強さがある物が後4人集まれば魔王に勝てるんじゃないかと思っていた。
実際は、もっと強い可能性が高く、ピィカ戦ではバクバクというイレギュラーでなんとか退けることが出来たが、フルーレティーの強化魔法とバクバクとがいなければ正直どうなっていたか分からない。
ピィカ相手だと、正直アスタロートが5人いようが10人いようが勝てないだろう。
まず、ピィカの最速のスピードに対応できずに一人ずつ倒されて終わりだ。
それよりも、強い可能性が高い魔王を相手に戦うのであればアスタロート自身の強化も必須だ。
そして、もう一つの不安は、異世界に来た当初戦った勇者たちが弱かったことだ。
正直あそこからどうやったら、魔王と戦えるようになるのか想像がつかない。
そういえば、バクマンが勇者の成長速度が早いと言っていたような気もするが、人の成長には限度があることをアスタロートは知っている。
勇者パーティーに入るのも大変だが、パーティーに入れても魔王と戦えるまで力を付けるのはいつになるか想像がつかない。
まだ、バクマンやポメラニスの方が魔王と戦えるほど強くなる可能性があるように思える。
まぁ、まずは無事に町にたどり着いて、町に入るところからだな。
考え事をしながら飛んでいると、体力の限界が近づいてきた。
視界の奥には森の終わりが見える。
このまま真っ直ぐ進めばバクマンやポメラニスと戦ったビビンチョ町がある。
となると、この辺りに町らしき物が見えても良いのだが、そう思い辺りを見渡すと森と草原の境界沿いに踏み固められて道があることに気づく。
おそらく、町と町をつなぐ街道だろう。
街道沿いを大きな木を抱えて歩くようなことは、文明人なアスタロートはしない。
このまま、ビビンチョ町とは反対方向へ進めばきっともう一つの町に出るはずだ。
この姿のまま、町に入ろうとするとビビンチョ町の二の舞になることは明らかだ。
この前の西国の町の入域には、懸賞魔人のリストとの照合を行っていただけだ。
つまり変装をすれば入れる可能性が高い。
ツチノッコンには、モコモッコ羊亜人にはならないと言ったが、前言撤回だ。
ありがたく使わせてもらおう。
アスタロートは、変装するために街道のすぐ脇にある茂みに身を隠し変装する。
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