第92話 旅立ちの朝

バクバクに花を渡してから数日。


アスタロートは、ツチノッコンにもらった鞄にお金を入れて、ゆったりとしたズボンと背中に羽根を通す穴が空いたシャツを着て、西国に行く準備が完了した。


その様子を名残惜しそうに見ているノーズルンに声をかける。


「では、そろそろ行ってくるよ。」


これから、勇者パーティーに近づいて、いつの間にか仲間になっている作戦だ。


最初は敵だったけどいつの間にか仲間になっているポジションのキャラクターは名作漫画ではよくある設定だ。


すでに、敵として認知されてしまっているアスタロートが勇者の仲間になるにはこの案しか思いつかなかった。


「えぇ。本当にもう行ってしまうんですか?」


ノーズルンが、寂しそうな顔をする、この数日でだいぶノーズルンの表情に詳しくなった気がする。


最初は、おぞましいクリーチャーなんて思って居たけど、一緒にいると案外すぐ慣れるものだ。


「あぁ。本当はもう少し早く出発する予定だったんだけどな。これ以上遅れるわけには行かないよ。」


そう言って、ノーズルンの頭を撫でてあげると、ノーズルンは嬉しさと寂しさをごちゃ混ぜにしたような顔をする。


アスタロートだって、もう少しノーズルンと一緒にいたい気持ちはあるが、そうも言っていられないのだ。


勇者パーティーの情報は、バクマンが言っていた情報だけで、バクマンとポメラニスと戦った町の隣町で療養中であることだ。


もたもたしていると退院してもう違う町へ移動しているかも知れないし、もう、出発しているかもしれない。


バクに花を渡した日に出発しようとすると、ノーズルンが、私が嫌だから出発するのですかと、鳴きながら詰め寄ってきたことがかわいそうに思えたアスタロートが出発日を数日ずらしたのだ。


すでに、わがままを聞いてもらっている自覚があるノーズルンはもう引き留めない。


「では、せめて、トータスチェイサーが手紙を送れるように、この紙に血を垂らしてください。」


ノーズルンが、昨日買っていた紙を手渡される。


購入時に強面の店主が、ノーズルンにビビリ倒して声が裏返っていたため良く覚えている。


この数日でノーズルンに色々とこの世界のことを教えてもらったが、また新しい単語が出てきた。


「トータスチェイサー?」


「えぇ。陸亀ですよ。魔力を込めた物を甲羅の中に入れると、同じ魔力の持ち主をどれだけ離れていても必ず探し出すんですよ。」


「なにその亀!そのどこに逃げても絶対に探し出すって、殺し屋ですか?」


「シュシュシュシュシュ。違いますよ。アスタロートさん。トータスチェイサーは、子供を守る心優しい生き物です。甲羅の中で卵を孵化させて、甲羅の中に残った卵の殻から検知できる魔力と同じ魔力を持った個体を自分の子供と認識するかわいい生き物なのです。卵の殻を他の物にすり替えると、その魔力反応を持った生き物のことを自分の子供だと思って探し出すんですよ。手紙のお届け率は驚異の90%越えです。」


なんちゅう性質を利用しているんだよ。


我が子だと思った離れた場所にたどり着いたら、全く関係ない人のところに手紙を届けに利用されているだけなんて、不憫な亀。


「なるほどな。だけど、陸亀だったら届けるの遅くなるんじゃないのか?ほら、あいつら動くの遅いじゃん。」


「なんの陸亀の話をしているんですか?トータスチェイサーは空を飛ぶので最速の亀ですよ。」


えっ。どこの世界の亀の話をしているんですか。


あっ。異世界でした。


どうやら、このトータスチェイサーという亀は空を飛ぶらしい。


「すまない。窪地の外では、総じて亀は空を飛ばないし動くのが遅いんだよ。」


「へぇー。そうなんですね。やはり、窪地の外のことかなり気になります。アスタロートさんが死んだら脳みそ食べさせてくれませんか?少しだけでもいいので。」


「ぜったい駄目。1gもあげないから。」


「少しくらい、いいじゃないですか。まぁ、説得はまた後日にしましょう。この紙は普通の紙なんですけど、血を少し垂らすことで、アスタロートさんの魔力がこの紙に残るんですよ。」


「なるほど、で、どうやって甲羅の中に紙を入れるんだ?」


普通の亀の甲羅は物を収納するスペースは無い。


「トータスチェイサーを見たこと無いんですよね。見れば分かりますよ。それはもうパカッと開きます。」


駄目だ。甲羅がパカッと開いて空を飛ぶ亀を想像できない。


この世界の亀には翼でも生えているのだろうか?


陸亀がどうやって飛んで来るのか想像つかないが、理屈は分かった。


「ええ、何か会った時にトータスチェイサーが手紙を届けてくれるのですよ。」


「なるほどなぁ。でも俺、文字読めないんだよな。」


字が読めないことを言うのは恥ずかしいが、伝えなければならない。


ここで、嘘をついても手紙が届いてから困る。


東国からの手紙を西国の人に読んでもらうと問題にしかならなさそうだ。


そもそも、西国に入れるかすら分からない。


「シュシュシュシュシュ。じゃぁ、誰かに読んでもらったらいいじゃないですか。きっと誰かは読めますよ。」


前世では、文字が読めて当たり前だったから、文字が読めないことを告白するのは恥ずかしいが、この世界では珍しい話ではない。


人族は読み書きが出来る人が多いが、亜人、魔人となるにつれて出来ない人の割合が大きくなる。


そのため、亜人であるアスタロートが、字を読めなくてもなんら不思議な話ではないため、ノーズルンは気にも留めずに話す。


その、反応に少し安堵する。


「それはそうなんだけど、俺は西国に行く予定だからなぁ。じゃぁ、西国の人が読んでも問題ない内容にしてくれよな。」


「分かりましたよ。」


「じゃぁ。俺はもう行くし、ノーズルンはこの巣を好きに使ってていいよ。」


「はい。では、お帰りをお待ちしております。」


アスタロートは、翼を広げて飛び立つ。





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