第90話 完治の朝

アスタロートが、ツチノッコンのお見舞いを見て、思わずつぶやくと、ノーズルンが覗き込んでくる。


「わぁ。これはまた、たくさん集めてきましたね。」


「へへへ。鞄は町の裁縫屋さんから、モコモッコ羊の毛は町の外れの牧場から上手く取ってきて詰めたんだ。」


「上手く取ってきたって、盗品じゃないだろうな。」


ツチノッコンの口ぶりでは、盗んできたように聞こえる。


流石の魔族でもお見舞いの品に盗品は送らないとは思うが、念のため聞いたアスタロートの判断は正しかった。


「そうだよ。でも、接着液だけは僕が作ったんだ。モコモッコ羊の毛を体に引っ付ければアスタロートも毛が刈られていない普通のモコモッコ羊の亜人になれるよ。」


何の罪悪感もなく、さらりと衝撃的なことを言われる。


「モコモッコ羊にならねぇし。やっぱり盗品かよ!そんなの―――。」


受け取らないと言いかけたところで、ノーズルンの声が被さる。


「すごいじゃないでか!取って帰って来られたんですね!」


「―――え!?」


アスタロートとは真逆の反応を示したノーズルンに驚き、まじまじと顔を見てしまう。


ノーズルンは元々冗談を言うような性格ではない。


顔の表情から見るにノーズルンは大真面目に答えている。


「いつもは、店主にバレて取って来られていなかったのに、成長しましたね。これなら、魔人ギルドに入れるかも知れませんね。」


「おい、ノーズルン。そこ褒めるところなのか?」


「何言ってるんですか。勿論そうですよ。魔人が、人から物を取ってきたんですから。」


「まじかよ・・・。」


どうやら、異世界では、褒められることのようだ。


異世界に来てからよく味わうようになった感覚だ。


これが、異世界カルチャーショックか。


「えへへへへん。僕だって、やれば出来るんだよ。途中で何回か転んじゃったけどね。」


得意げに話すツチノッコンの膝小僧には砂がついている。


「じゃぁ、次は、転ばないように頑張らないとですね。」


「うん。そうするよ。ズズズのねぇちゃんだけが、僕のことちゃんと見てくれるんだよな。リザリンなんて、まだまだだって遠征に連れて行ってくれないし、魔物ギルドにも入れてくれないんだよ。」


「きっと、もう少しで魔物ギルドにも入れるようになりますよ。」


「そうだよね。こんなに、上手に取って来たんだからね。リザリンにも言ってくるよ。アスタロートはその綿で、モコモッコ羊亜人になってね。」


「ならねぇよ!!!」


そう言うと、ツチノッコンは、リザリンを探しに走り去って行った。


手元には、盗品の鞄とモコモッコ羊の綿と粘着液が残っている。


「はぁ、ノーズルン。今から裁縫屋さんと牧場に行ってくるよ。」


流石に盗品と分かった物を受け取るわけにはいかない。


「ん?もしかして足りなかったのですか?」


ノーズルンが少し考えるそぶりを見せてから全く見当違いのことを言う。


「違うよ!返しに行くんだよ!!」


「えぇ、返しちゃうんですか!駄目ですよ!せっかく取ってきてくれたんですよ。」


普段温厚なノーズルンが珍しく抗議してくる。


「いや、返しに行かないと裁縫屋さんと牧場の人が困るだろ。人間種は人の物を取ることをよしとしないんだよ。ノーズルンなら分かると思ってたけど・・・。」


強い物が弱い物から物を奪ってもいいなんて考え方は、魔人特有の考えで人はそうでないと思っていたため被害者が困ると思ったが、比較的博識なノーズルンが知らないことに違和感を覚えて自分の発言が異世界の一般常識から逸脱していないか自信が持てなくなったアスタロートは、尻つぼみに声が小さくなっていく。


「シュシュシュシュ。分かりましたよ。アスタロートさんは勘違いをしていますね。確かに、他の町ではそうですが、この町では大丈夫なんですよ。今頃、裁縫屋さんと牧師さんは盗品手当をもらって、今夜は上等なご飯でも食べているんじゃないですか。」


でた、異世界不思議ワード。


「なに、その盗品手当って?」


「子供の盗みなんて大体ばれているものですよ。店主は後で、魔物ギルドに申請すればその分のお金がもらえるのですよ。もしばれなければ、商品を取られた報告だけが魔物ギルドに届きます。バレずに盗めた子は一人前の魔物として懸賞魔人となり魔物ギルドに入会出来るのですよ。いわば、大人への飛び級みたいな物ですね。ツチノッコンが懸賞魔人になる記念の品になるのかも知れないのですよ。その鞄と綿は大事に受け取っておきましょう。いいですね。誰かにあげたりなんかしてもいけませんからね。」


正直なところ、鞄はかなりありがたい。


ちょうど、欲しいと思っていたところだ。


「あぁ、分かったよ。懸賞魔人になるには盗みを働かなければいけないのかよ。ってか、バレずに盗んだら誰が盗んだか分からないじゃないか?」


「シュシュシュシュシュ。子供なんですから、秘密ごとは誰かと共有したい物ですよ。だいたい凄いことをすると親しい誰かに話して、そこから噂が広がって結局みんな知るんですよ。子供の親か親しい大人が聞いたらギルドに報告して、後日、誰にもバレずに盗みを働けていれば無事に懸賞魔人として登録されて、魔物ギルドにも入会出来ます。懸賞魔人と行っても、全国手配ではなくこの町の懸賞魔人に登録されるだけですけどね。」


へぇ。どうやら、魔人の子供の盗みは町公認らしい。


「じゃぁ。盗みを働かなかった大人しい魔人は、いつまでも懸賞魔人になれないのか?懸賞魔人になって初めて一人前の魔人って聞いたけど。」


「他にもいろんな懸賞魔人のなり方はありますが、盗みや嫌がらせが苦手な子はなかなか懸賞魔人になれないんですよ。ツチノッコンも下手な子で、なかなか懸賞魔人になれないんですよ。」


魔物の世界も厳しいんだな。


アスタロートも盗みは働いていないが、魔物ギルトに登録することができた。


おそらく、魔物ギルドに登録される基準は色々あるのだろうとアスタロートは思っているが、明確な基準があるのは幼い魔人だけで、成人した魔人には明確な基準がなかったりする。


「へぇ。魔人の世界も大変なんだな。」


「ほら、バクバクさんも、懸賞魔人になれていなかったんですよ。ついこの間アスタロートさんを無事に連れ帰った功績で魔人ギルドに登録されたみたいですよ。」


「えっ。まじなの?ピィカを倒したのバクバクなんだぜ?」


「シュシュシュシュシュ。流石にだまされませんよ。町の懸賞魔人にも登録されていないバクバクさんが、ピィカに勝てるわけ無いじゃないですか。私だってそれなりに強い自負はありますが、ピィカには出会った瞬間、勝てる気がしなかったですよ。本当にアスタロートさんがいてくれて良かったです。」


普通は、大人になれば魔物ギルドに登録できるものだが、魔物ギルドの職員が、この人なら勝てそうと思った人は登録しないのだ。


今の話を聞いてやっと、誰にバクバクがピィカを倒したと言っても受け入れてくれないことが分かった気がした。


小学生が世界チャンピョン相手に勝ったと言っているような感覚なのだろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る