第84話 完治までの日々 花探し

「ノーズルンは、誰かの脳みそを食べたことあるのか?」


「シュシュシュシュシュ。少し疑問に思っていたことが解決しましたよ。窪地の外には脳ぐらいは居なかったんですね。」


「あぁ。俺の知っている限りでは居なかったな。」


「まずは、脳ぐらいについてお話しした方が良さそうですね。脳ぐらいは皆、生まれた時は魔物なのですよ。」


「魔物って、魔法を施行する動物のことか?」


前世の知識からそれっぽいことを口にするアスタロート。


「えぇ。お腹がすけば飯を食べ、眠くなれば眠る、魔物です。脳ぐらいは、食べた脳みそからその個体が得た知識や個体の特性について少しずつ学習していった魔物に過ぎないのです。私のように知識を持つようになる個体は希ですが、人を食べて知識を得たことになります。」


ゴクリ。


衝撃的な事実に思わず喉を鳴らしてしまう。


つまり、ここまで知識を得るために脳みそを食べてきたことになる。


「脳ぐらいとはそういう生き物です。やはり知らなかったようですね。友達になるのはやめておきますか?私とは少し距離を置く人が多いですし・・・。」


おいおい、見た目がクリーチャーだとは思って居たけど、今の話だと本当にクリーチャーじゃないかよ。


だが、冷静に考えれば、知能を持たない魔物が餌を食べるために獲物を襲うのは普通のことだ。


前世でも、ワニや熊などの野生動物に襲われて命を落とす人はいた。


脳ぐらいは、少し特殊でそんなワニや熊が人を襲うに連れて知能を獲得してコミュニケーションを取れるまで成長したと言うことだ。


ただ、食事のしかたが非常に特殊で受け入れがたいものだが・・・。


弱肉強食の世界で、強者が弱者を狩るのは至極当然のことだ。


「今はもう食べないんだよな。」


「もちろんですよ。今食べるのは同意を得られたときだけですよ。」


そして、昔は人を襲い脳みそをちゅるりと食べていたんだろうが、今はそれなりのルールを守り共生しているということか。


かつて人を食べていたと言うのは少しグレーゾーンだが、前世的に考えると責任能力の欠如から無罪だろう。


食事シーンが気持ち悪くて受け入れがたいものがあるが、それを理由に交友を断つのは俺のわがままでしかないな。


「食べないならなら、問題ない。これからもよろしく頼むよ。」


アスタロートが、手を出して握手を求める。


「えぇ。いいんですか!」


ノーズルンは口を左右に大きく広げて喜ぶ。


人間とはかけ離れた顔からは表情が読み取れないが、なんとなく今まで出会ってかあ一番喜んでいるような気がした。


「あぁ、よろしく頼むよ。」


握手を促すように少し腕を前に突き出すと、ノーズルンの左右に大きく開いた口から管状の舌が、するりと伸びてくる。


あまりにも唐突に伸びてきた舌にアスタロートが硬直する。


するりと伸びてきた舌は、アスタロートの右手の中に納まると上下に振ってくる。


ノーズルンの舌は、ほのかに暖かく以外にもぬるぬるしておらず、少ししっとりしているくらいだ。


舌を握った感触は、どこかで触ったことがあるような感触だ。


この世界ではない前世で何度も握った感覚がよみがえってくる。


「アスタロートさん。よろしくお願いしますね。私、友好の誓いなんて初めてです。」


舌をひっこめたノーズルンが、嬉しそうに話しかけてくる。


友好の誓いってなに?


言葉尻を取るとただの友達宣言のようなものだと思えるが・・・。


反射的に聞き返しそうになったが、嬉しそうにしているノーズルンに実は勘違いですよなんて可哀そうで言えない。


今度誰かに聞こう。


頼むから、握手と同じような意味合いであってくれ。


この世界には、握手する文化は西国ではあるが、東国ではあまり一般的ではなく、その代わり友好の誓いという文化がある。


友好の誓いは、違う種族同士でともに共同生活を送る際に結ぶ誓いで、親密になった間柄で集団生活を送るものだ。


リザリンやリザリンと共に修行をしていた者たちも友好の誓いを結んでおり、森で集団生活を送っている。


誓いの結び方は簡単で、誓いを結ぶもの同士の最も重要な体の部位をこすり合わせるというものだ。


自分の重要な部位をこすり合わせたノーズルンは、これからアスタロートの生活に胸を踊らせている。


今まで、種族的な問題から一人で生活していたし、実際一人で生活しているものの方が多いのも事実だ。


それほど大したことではない誓いを結んだアスタロートだが、そんなことは知らず、聞く勇気もなかったアスタロートは問題を先送りにして、花を探しに行くことにした。


「あぁ。それはよかった。じゃぁ、花を探しに行こうか?」


「はい。」


花が咲いていそうな方向へ歩き始めると、ノーズルンも隣を歩いてついてくる。


あれ、なんかさっきより距離近くね?


「アスタロートさんは、誰かと一緒に住んでいたりするんですか?」


えっ。なんでそんなこと聞くんですか?


分からないんですけど。


「いや、誰とも一緒に住んでないけど・・・。」


「そうですか。それを聞いて少し安心しました。」


え、何を安心したんですか?


怖いんですけど、友好の誓いを結んだことと、誰かと一緒に住んでいることは関係するんですか?


友好の誓いを結んだノーズルンは、これからアスタロートとの共同生活を考えた質問をしただけだが、そんなことを知らないアスタロートにとっては、なぜそういう質問をすることになったのか分からない。


「今はまだ、ギルドの前の木の上に住んでいるんですか?」


「あぁ。そうだよ。そういえば、あの巣を作ってくれたんだっていな。」


「えぇ。そうですよ。ほとんど、リザリンさんが作りましたけどね。私が作ったのは引き出しくらいですね。」


「ん?引き出しとかあったっけ?」


そんな、タンスとかものを収納できるような場所は無かったはずだが・・・。


「えぇ。気づかなかったですか?木の幹を削り出して作ったんですけど・・・。」


「木の幹までは確認していなかったよ。」


「シュシュシュシュ。また一つアスタロートさんの謎が解けましたよ。」


「え。どうしたんだ。」


「アスタロートさん、あなた着る服を見つけられなくてそのままの恰好で出てきましたね。」


「あぁ。実はそうなんだ。帰ったら確認するよ。」


「えぇ。そうするといいです。そのままの恰好だとその少し・・・。」


ノーズルンが少し言いづらそうに口ごもる。


どうやら、少し露出しすぎているようだ。


まぁ、分からなくもない。


町やリザリンからは指摘されなかったが、そう感じる人はいるようだ。


「やっぱりそう思うか?」


「えぇ。」


今更ながら、自分の恰好を恥ずかしいと感じたアスタロートであった。






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