第83話 完治までの日々 花探し

「ほら、アスタロートさんつきましたよ。」


茂みを越えたノーズルンはその先に向かって走り出す。


茂みの先は、適度に木々が生えており、日が当たるところに転々と花が咲いている。


日本では見かけない花も数多くあり、部屋の中に飾るには大きすぎる花もある。


アスタロートは、花畑を想像していたが人の手の入っていない場所に花が群生するはずもなく、現実はこんなものかと思い込んでしまうアスタロートに対して、ノーズルンは子供のように走り回りながら花を見て回っている。


もっと大人びた魔人だと思っていたが、こういった側面もあるんだな。


異世界ということもあり見かけない花を見ると心が躍るというものだ。


ノーズルンも花が好きなのだろうか。


ノーズルンが花に向かって走っている姿を見て、アスタロートはそのアンマッチ具合に頬を緩ます。


そんな、きれいな花が生えた場所を黒い死の匂いが漂ってきそうな魔人が走って行く。


「アハハハハ。」


こんなに、対照的な風景も中々ないだろう。


「見てくださいアスタロートさん。この花大きくて凄い立派ですよ。バクバクさんの贈り物にどうですか?」


緑の円柱状の茎の周りに多数の小さな花が咲いている花の前でノーズルンがアスタロートを呼ぶ。


薄紫の小さな花は緑色の茎を覆うように咲いている、前世の植物に例えるなら、サボテンの棘がすべて小さな花に置き換えたような見た目だ。


「きれいな花だけど、その花は少し大きすぎるかな。」


「えぇ。何ですか!花好きのバクバクさんには食べ応え十分でちょうどいいと思うんですけど・・・。」


「あぁ。バクバクが食べる用の花ではないんだ。バクバクが食べた宿屋の弁償用に花を用意しようと思っていてな。花を摘むんじゃなくて、根っ子ごともって帰る予定なんだ。」


「なるほど、そうなると難しいですね。」


「ん?何が難しいんだ?」


「バクバクさんは、花を見かけると反射的に食べてしまうので有名なんですよ。バクバクさんが通った後に花はないと言われるほどです。」


花を見つけては何も考えず食べている様子が脳裏にいともたやすく思い描ける。


「そうなんだ・・・。」


確かに、あのバクバクなら無い話ではなさそうだ。


普通に花なんてすぐに見つけられるが、初めてバクバクと出会ってから数日経つが未だに花を探しているということはつまり、今の話は正しいのだろう。


「だから、バクバクさんに食用の花を持っていくのであれば、何でも喜んでくれそうですけど、そうでないとなると、苦い花で有名なものを探しましょうか。苦ければきっとバクバクさんも食べないはずです。」


「あぁ。なるほど名案だな。じゃぁ、その花を探そう。どんな花なんだ?」


「赤い花ですよ。」


「へぇ~。」


赤い花はたくさんあり得そうだが、探してみるか。


改めて辺りを見渡しても、宿屋の観賞用に使用できそうな花は数種類の花しかなく、その中でも赤い花は一種類しかなさそうだ。


「そこに咲いている赤い花は違うのか?」


ノーズルンからだと大きなサボテン型の花の影になっており見えないが、近くに1本赤い花が咲いている。


アスタロートが指を指した方向が、サボテン型の花の裏側であることを認知したノーズルンは、サボテン型の花からのぞき込むようにして花を探す。


赤い花にもし目があれば、サボテン型の花の裏からのぞき込んでくるノーズルンの姿はホラー同然だろう。


「んん~。これはポプの花ですね。」


「違うのか?」


アスタロートも赤い花の方に近づいていき花を確認する。


咲いている花は現世でも良く見かけたことのある花で、少し大きめの花びらが5枚ついていた。


「シュシュシュシュシュ。この花はどこにでも咲いているポピュラーな花ですよ。」


「そうなんだ。あんまり意識して花とか見ないから知らなかったよ。」


「ん?おかしいですね。アスタロートさんは、草食系の亜人でしたよね。」


「えっ。そうだけど・・・。」


少し、まずい発言をしたかなと思った直後、ノーズルンが直立姿勢のまま瞬時にアスタロートの眼前まで移動してきた。


身長はアスタロートの方が大きいからノーズルンは見上げるような格好になるが、あまりにも近いため真上を仰ぐような形になっている。

「草食系の亜人は花も食べることノーズルン知っていますよ。それなのに、ポプの花を知らないなんておかしいですね。それに、草食系の亜人や魔人は温厚で争いを好まない個体が多いのです。アスタロートさんは草食系なのにその強さ。別におかしいことではないのですが、少し気になるのですよね。私たち友達ですよね。」


少しずつアスタロートに詰め寄って早口にまくし立てるノーズルン。


ノーズルンは、人狩りの際に共に行動している。


その際に、アスタロートが生の肉や血を食べない理由を草食系亜人だからということになっているのだ。


そのため夕食は木の実しか食べられなくなったのだが、生の肉や血を飲むことを考えるといくらでも我慢するというものだ。


詰め寄ってくるノーズルンの光沢のある黒い瞳は何を思っているのかは分からない。


左右に開いた口の奥から管状の舌が見える。


超怖い。


このまま返答を間違えるとノーズルンに脳みそをすすられてしまいそうだ。


記憶の彼方に消えかけていたソレクレンチョウの脳みそが吸われている光景を思い出す。


あっ、おまたが少し暖かい。


「あぁ。そうだね。もうトモダチなんだし、ホントウのことをハナスヨ。」


このままでは、脳みそをちゅるんといかれそうなので、窪地の外から来たことと、実は雑食で肉は火を通すと食べられることを話す。


「シュシュシュシュシュ。アスタロートは偏食家なんですね。それにしても、生で肉を食べられ無いことを隠すために、草食系亜人であることにするなんて変なことを思いつくんですね。」


ノーズルンが一歩離れたからなのか、アスタロートが自らも知らない間に後ずさってしまったからなのか分からないが、2人の距離は適切な距離に戻っている。


「アハハハー。悪気があったわけではないんだよ。」


「それにしても、まさか窪地の外から来ていたなんて知らなかったですね。流石の私も窪地の外については知らないです。アスタロートさんが死ぬときは是非私に脳みそを食べさせてください。」


「アハハハ。考えておくよ。」


「ほんとですか!」


これが、異世界ブラックジョークかと思い、適当にはぐらかして答えると、予想外にノーズルンが食いついてきた。


その反応から、どうやらブラックジョークでは無かったようだ。


「え!マジで食べるの?」


「勿論ですよ。」


「冗談かと思ったよ。ごめんだけど、駄目だからね。」


死ぬときは脳みそを食べさせてなんて、異世界怖い。







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