第81話 完治までの日々 ノーズルン
「がらがらがら、っぺぇぇぇぇぇ!」
アスタロートは、ギルドの前の井戸から水をくみ取り、広場の端の方でうがいをする。
「っぺぇぇぇ!」
「っぺぇぇぇ!」
口に含んだ水でうがいをし、端の草むらで口の中がパサパサになるまでつばを吐き出す。
その様子を、ギルドの中から見ている先輩従業員を後輩従業員は慰める。
「あぁぁぁ。私絶対嫌われたぁぁぁ。」
「まぁまぁ。」
「きれいで、強くて、人の文化に明るい亜人と出会えたのに、まさか唯一の地雷を踏み抜くなんて・・・。なんで、人種問わずに好まれているマイマイ種が嫌いなのぉ。普通、嫌いな人いないじゃん。」
「大丈夫だよ。ほら、気にしていないって言っていたじゃない。」
後輩従業員が先輩従業員をなだめようとするが、外の奥に見えるアスタロートがもう何度目か分からないうがいを始めた。
「でも、あんなにうがいをするってことは、絶対大丈夫じゃないよぉぉぉ。」
「まぁ、これから、ゆっくりと距離を縮めていけばいいよ。」
「うわぁぁぁん。縮める距離が長すぎるよぉぉ。」
従業員に見られていることなど知らずに、遠慮なく広場の端でうがいをするアスタロート。
「ぺぇぇ。ぺぇぇ。」
この世界に来て雨など降ったことはないが、アスタロートがいる草むらには、小さな水たまりが出来た。
「あぁ。ひどい目に遭った。全く、せっかく確認して安全を確認したのに、サービスで忍ばされていたとわな。まったく、ここじゃぁ希少食材なのかも知れないけど、よかれと思ってカタツムリを食べさせられたらたまったもんじゃない。」
水たまりをそのまま放置するのも汚いと思ったアスタロートは、愚痴をこぼしながら小さな水たまりに土を被せていく。
馬の蹄の脚は、前に蹴るようにして土を被せるより、後ろに走る様にして蹴ると良く土が被る。
よし、これで、いいな。
「ぎゃぁぁぁ。」
あらかた土を被せ終わり確認のため振り返ると、すぐ後ろにミュンタントがいた。
「ごっごめんなさい。」
たまらず悲鳴を上げたアスタロートだが、目の前のミュンタントが人語を話し、知らないミュンタントではなく、顔見知りのミュンタントであることに気づく。
「なんだ、ノーズルンか。急に近くにいたからびっくりしたよ。」
ノーズルンは広場より少し2本の立木の間に立っていた。
立木の向こうには、小さな水路がありその奥に隣の通路に面している店の裏口が見える。
この水路は、生活排水や糞便を排出するための水路であり、川までつながっている。
糞便を捨てているため匂いがきつく、このような水路には基本人は近づかない。
ざっと、見通した感じアスタロートが居た広場の隅から奥の方は、人が歩けるスペースはその排便まみれの水路沿いだけだ。
汚さからあまり人が歩くような場所ではないと思いが、見た目がクリーチャーなノーズルンにはお似合いの場所だと思ってしまうアスタロートは失礼である。
「アスタロートさん、お久しぶりです。お体はもう大丈夫なのですか?」
「あぁ。大丈夫だよ。ちょうど良かった。会いたかったんだ。」
「えっ?なにか用があるんですか?」
「あぁ。礼を言おうと思ってな。動けなくなった俺を町までおぶってくれたって聞いたよ。おかげで助かった。ありがとう。」
アスタロートが礼を言うと、ノーズルンの左右に開く口がワシャワシャと動く。
照れ隠しで動いているのだが、アスタロートにはおぞましい生き物にしか見えない。
こんな見た目だが、命の恩人には変わりない。
きちんと礼を言わないと行けない。
「そんな、私なんてたいしたことしていないです。本当に頑張ったのはバクバクさんなので・・・。」
少しうつむきながら、遠慮がちに言う、ノーズルン。
この子、こんな見た目と初対面時のイベントのインパクトが強すぎて気づかなかったけど、中身は普通に謙虚でいい子なのかな。
「あぁ、体調がだいぶ良くなったからこれからお礼に花でも摘んでもって行こうと思っているんだ。ノーズルンにも何か準備しようと思っていたんだけど、まだ用意できていなくてな。何か欲しいものとかあるか?」
アスタロートは、バクには宿屋に弁償するための花を持って行こうと思っていたが、ノーズルンがどういった物を好むのか分からないため悩んでいたのだ。
本来こういった贈り物は気持ちが大切だから、相手がもらって喜びそうな物を贈ることが大切だ。
唯一贈り物として思いついたのは、生き物の脳みそだ。
ノーズルンが、ソレクレンチョウの脳みそを吸い上げるようにして食べていたことは覚えている。
きっと、生き物の脳みそならおいしく食べてくれると思うが、そのあまりにもおぞましい光景に気絶してしまったことを思い出してやめた。
まだ知り合って間もない相手に、何が欲しいかなんて聞くと高確率でお返しはいらないと建前を言われるが、そのほかにどんな物を好むのか分からなかったため聞くことにした。
こんなことは聞くべきでないと言う思いから、少し言いづらいことをごまかすように、後頭部をさすりながら聞くアスタロート。
すぐにお礼なんていらないとか、何でも良いといった返事が返ってくると思っていたが、ここは異世界、日本的な文化が通用するはずがない。
ノーズルンは、細い4本の腕をお腹の辺りでさすり合わせながら答える。
「そっそれでは、私のお友達になってください。」
昆虫顔のノーズルンが、どういった表情をしているのか、まだ知り合って間もないアスタロートには分からない。
アスタロートは、予想外の返答に少し戸惑いながら深く考えず返事をする。
「おっおう。いいぞ。そんなことでいいのか?」
返事をしてしまったが、いいよな。
見た目はあれだけど、中身は普通っぽいし友達になっても大丈夫だよな。
あと、一つ分かったが、この子絶対にぼっちだ。
友達いない子だ。
普通に友達が作れる子はそんなこと頼まない。
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします。」
ノーズルンは嬉しさからか、普段管状の舌の中にしまっている蛇のような舌がチロチロと左右に開く口から見え隠れしている。
その左右にうごめく口元をみて、少し仲良くなれるか心配になるアスタロート。
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