第80話 完治までの日々 ギルド食堂
バタン。
奥からもう1人の従業員が、料理を運んできた。
アスタロートが、モコモッコ羊を使った料理を見ても騒いでいないことを確認して先輩従業員が出てきたのだ。
その料理は、もちろんアスタロートが頼んだ牛丼だ。
それに、牛丼にはスペシャルなトッピングをしている。
アスタロートの反応を見た直後、料理を持って行けると確信した先輩従業員は、アスタロート達の会話を最後まで聞かずに、店にバレないようにこっそりとスペシャルなトッピングをしたのだった。
このトッピングで、私の好感度爆上がりに違いない。
希少種でみんなが大好きな素材を入れた牛丼はおいしい確信がある先輩受付嬢は、アスタロートと仲良くなる未来を想像しながら満面の笑みで料理を持ってくる。
アスタロートはすぐに気づいたが、他の客はその料理の行き先を、息をのんで見守っている。
その料理を持った従業員は間違いなくアスタロートの方へと近づいて言っている。
誰だよ。モコモッコ羊の牛丼頼んだ奴。
先ほど、アスタロートが気にしないとは言ったものの、間違いなく気を遣って言っているだけだ。
近い種族が食べられていて気持ちがいいはずがない。
立て続けに2回も運ばれてくるのは気まずい。
飯を食べている客達の気持ちが一つになり、先輩従業員の行き先を目で追う。
せめて、アスタロートが気づかないように遠回りして運んで欲しい。
曲がるな、曲がるなよ。
従業員がアスタロートのテーブルへと続く曲がり角へ差し掛かったところで、食事をしていた客の気持ちが一つとなった。
が、無情にもその願いは叶わなかった。
当たり前だが、運んでいる料理はアスタロートの牛丼だ。
アスタロートへ続く通路を曲がるのは当たり前だ。
「お待たせしました。モコモッコ羊丼です。さぁ、召し上がってください。」
「えぇ。これモコモッコ羊なの!初めて食べるよ。」
お前が頼んだのかよ。
またも、客の気持ちが一つになったが、そこで、瞬時に次の疑問が浮かび上がる。
常識的に、近い種族の料理は食べない。
食べるものに困った時は、食べたりはするが、本能的に避けるものだ。
ましてや、食堂で他にもいろんな料理があるにもかかわらずあえてモコモッコ羊の料理を頼む理由がない。
もしかしたら、これから、アスタロートが言っていたことは周りの客を油断させるためのブラフだったのかも知れないと疑い始めた。
これから、牛丼が誰かに投げつけられる未来が見える。
再度、警戒し始めた客をよそにアスタロートは、モコモッコ羊の牛丼を食べ始める。
「うん、おいしい。」
普通に食べ始めたアスタロートを見て客が心の中で突っ込む。
普通に食べるのかよ。
共食いじゃん。
モコモッコ羊亜人がモコモッコ羊の肉を食べることは、ほとんど共食いに等しい行為だ。
厳密にはアスタロートはクオーターで少し違う種族だが、周りからの見た目はモコモッコ羊の亜人がモコモッコ羊の肉を食べているように、共食いしているように見える。
「食べた。」
「食べたよ。」
「アスタロートさんは、モコモッコ羊の亜人ではないとちらっと聞いたことはあったけど、こうしてみると、共食いしているようにしか見えないな。」
アスタロートが、肉を食べて初めて本当に自分たちが勘違いしていただけだと知る客達。
本当にアスタロートは、自分の食べたいものを食べているだけなのだ。
前回、吹きかけたのは、話の通りオオカタツムリが入っていたからなのだ。
「へへへ。アスタロートさんおいしいですか?」
アスタロートは受付嬢の話を聞きながら牛丼をかき込み頬いっぱいにしながら食べる。
その様子を見て、亜人と仲良くしたいと思っている先輩従業員は嬉しくなり声をかける。
自腹を切って料理長に特別なトッピングをしてもらったかいがあったというものだ。
先輩従業員はアスタロートがモコモッコ羊丼を食べることを信じて料理長に隠れてこっそりトッピングしたのだ。
後で料理長に謝らなければいけないが、これを期に人間文化に理解のある亜人と仲良くなれる可能性があるのであれば、安いものだ。
「へへへ。気に入っていただけたようで光栄です。実は、アスタロートさんのために隠し味でヒメリンゴマイマイを入れてもらったんですよ。」
「「「ヒメリンゴマイマイだって!!!」」」
その言葉を聞いて固まるアスタロートと、驚愕の声を叫ぶ周囲の客。
ヒメリンゴマイマイって何だっけ?
思い出すのは、人狩り道中での晩ご飯だ。
ノーズルンの食事シーンをみて気絶した俺を元気づけるためにリザリンが食べさせようとしたカタツムリがヒメリンゴマイマイだ。
そして、今食べているものの隠し味に使われているのもヒメリンゴマイマイで、今食べているものもヒメリンゴマイマイ。
口いっぱいに含んだ料理を咀嚼することも出来ずに固まるアスタロート。
久しぶりのおいしい料理を食べていていて、いい感じだったのに、なんてことを言うんだこの従業員は・・・。
食べ出さずに耐えているアスタロートは、ただ吐き出すことを耐えることしか出来ない。
口いっぱいに含んだ料理は頬いっぱいに膨らんでおり、目は虚空を眺めている。
詰んだ。
食べることも吹きかけることも出来ない。
アスタロートの頬は膨れ上がっているが、徐々に頬が垂れ下がってきている。
顔中の筋肉は口を閉じることだけに使われており、梅干しを食べた後のように口をすぼめている。
誰がみても、決壊寸前だ。
「「「店長、バケツはやくーー。」」」
バケツが、アスタロートの膝上におかれた瞬間、アスタロートの顎が下に動く。
オボロロロロロー。
アスタロートのダムはついに決壊し、滝のように流れ出す汚物。
今だにアスタロートの瞳は虚空を見つめている。
「えぇ。えぇ。えぇ。何でぇぇぇぇ。」
先ほどまでおいしく食べていたアスタロートが、声をかけたことで急に反応がなくなり、料理を吐き始めた状況が唯一理解できていない先輩従業員だが、自分がヒメリンゴマイマイを入れたことが原因であることだけ理解できた。
「「「ヒメリンゴマイマイだよ。」」」
周りから、ヒメリンゴマイマイだと言われるが、納得できない。
「ヒメリンゴマイマイって、みんな大好きな超高級素材のヒメリンゴマイマイだよね!」
「先輩、さっき聞いたんですけど、アスタロートさんナメクジ系の食材だけは食べられないそうですよ。」
「そんなぁぁぁぁ。」
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