第79話 完治までの日々 ギルド食堂

アスタロートは、従業員が裏で自分のことを話していることは知らず、この世界に来てからの二度目の文明的な食事を食べられることを楽しみにしていた。


一度目は、オオナメクジの出汁とかいう意味の分からないぶっ飛んだ料理を食べて、思わず吹き出してしまったが、今回は大丈夫な気がする。


今回は、奥の深い料理ではないだろう、肉を焼いてご飯のうえに乗せるだけだ。


だがここは異世界、念には念を入れて食べる前に何の生き物を使用して作った料理かだけ確認しよう。


バタン。


厨房から料理を持った従業員が出てきた。


プレートに乗っている料理はアスタロートの料理の絵とは違うもので、従業員は、アスタロートの向かいに座っていた顔色の悪い男の方へと向かって行った。


それもそうか、つい先ほど注文したばかりだ。


「お待たせしました。こちらが、いつものモコモッコ羊スペシャル定食です。」


「ぶっふっひゃぁぁーーー。ばか、声が大きぃぃ!誰がいると思ってるんだよ!」


従業員が慣れた手つきで料理を提供するが、料理名を言い始めると男が騒ぎ始めた。


従業員が、料理名を言うのは普通のことだが、近くに料理となった亜人が近くにいる際は、暗黙のルールとして料理名は言わないもしくは聞こえないように話すものだ。


それは、モコモッコ羊というワードがアスタロートの耳に入らないようにするための、この世界の配慮だった。


従業員はアスタロートの反応を見るためにあえて、料理名を口にしたが、そんなことは知らない男は慌てふためく。


通路を挟んだ向こう側といえど、正面にモコモッコ羊の角を持ったアスタロートに見られながらモコモッコ羊の肉を食べるのは気まずすぎる。


この世界の亜人達も近い種の料理を隣の人が食べるのを止めることはないが、不快に思う者がいるのは確かだし、食べている側もその素材となった生き物が目の前にいたら食べにくいものだ。


だが、男が焦っているのはマナーだけの理由ではない、それだけの理由であれば騒ぎ立てるほどではない。


実際に、食堂が混んでいるときは、近くに亜人がいることに気づかずに声に出してしまうことは希にあることだ。


男がもっとも気にしていることは、この場でアスタロートの機嫌を損ねて料理を吹きかけられるターゲットになることを恐れているのだ。


ただでさえ、正面に座られた男にとってはターゲット認定されたようなものだ。


アスタロートは、誰がモコモッコ羊の肉を食べようとも気にしないが、男が騒ぎ始めたので、ついそちらを見てしまう。


チラリと男を見たアスタロートと目が合ってしまった男はターゲットとして認識されたと思い込んだ焦りから更に墓穴を掘ってしまう。


「いや、違うんだ。これは、違うんだー。」


「えっ、ちょ、お客さん。」


そのまま、静かにしていれば何も起こらなかったのだが、アスタロートに向かって違うと連呼して訴えかけてくる。


アスタロートに取っては、何がどう違うのか全く理解できない。


アスタロートも話しかけられた以上、無視をするのは自分のルール違反だ。


正直、正常じゃないこの男に話しかけたくはないが、従業員も少し困っているようだし、声を掛ける。


「何が、違うんだ?」


少し、離れたところからだが、アスタロートが穏やかに声を掛ける。


「これは、モコモッコ羊の肉じゃないんだぁ。」


「いや、モコモッコ羊の肉って言ってたじゃん。」


「違うんだぁぁぁぁぁ。」


「おい分かった。いやほんとは分かってないけど、分ってやるからな、落ち着け。」


アスタロートが、なんとか男のことをなだめて急に慌て始めた理由を聞く。




「わっはっはっはっは。」


アスタロートは男の話を聞いて笑い声を押さえることが出来ず、大声で笑う。


男はアスタロートがモコモッコ羊の亜人だからアスタロートの前でモコモッコ羊を食べると気分を悪くすると思っていたところ、自分が頼んだ料理が運ばれてきて気が動転していたことと、そのことに機嫌を損ねたアスタロートが料理を男に吹きかけることを恐れていたことを知る。


自分が、全くこれっぽっちも気にしていなかったことを気にしすぎてこの世の終わりのような顔をしていた男がおかしくてアスタロートが笑ってしまう。


男がぽかんとしたような顔でアスタロートを見る。


「俺は、モコモッコ羊の亜人じゃねぇよ。まぁ、4分の1くらいはそうかも知れないけど、そんなこと気にしないよ。好きなもの食べればいいじゃないか。」


「はっはい。」


男は、アスタロートに料理をぶっかけられることを覚悟してすべて話したのだが、アスタロートが嫌な顔をするばかりか真逆の反応をしたため、理解が追いつかずほおけた顔をしている。


「それに、怒った俺が料理を吹きかけるだって?そんなことする訳ないじゃないか!料理がもったいない。」


その言葉を聞いて今度は従業員が驚いた顔をする。


「ぇえ!!料理を吹きかけないんですか?」


思わぬところから驚きの声が上がりすぐに、色々と思い当たることを思いついてしまう。


リザリンは料理を日常的に投げているし、アスタロートは前回スープを吹きかけてしまっている。


もしかしたら、俺もリザリンのように料理を吹き付けることを楽しんでいる狂人だと思われていたのだろうか。


「当たり前だろ。リザリンみたいに料理を粗末にするわけないじゃないか。」


「じゃぁ、さっき頼んだ料理もきちんと食べるの?」


「あぁ、そうだよ。」


「うそぉぉぉ!でも、スープを人に吹きかけたって聞きましたよ。今回はしないんですか?」


「あぁ、オオカタツムリは苦手で、誤って吹きかけてしまったんだ。あれは、事故だよ。」


受付嬢は信じられない者を見たような表情をする。


危ないところだ、一体どんな風に思われていたのか分からないが、口に含んだ料理を他人に吹き付ける人だと思われていたら、口に一度含んでいる分リザリンより達が悪い奴ではないか。


従業員の話を聞いてかあらこの町の人間にどう思われているのか急に不安になってきた。


今まで都合のいい場面では、草食系亜人だと言っていたが、実際は雑食だ。


「えぇ。そうだったんですね。大勢の人は、リザリンみたいに料理を吹きかけて楽しんでいるんだと思っていますよ。」


「はぁ。それは心外だな。そんなことは絶対しないからな。もしかして、急に客がいなくなったのも・・・。」


「はい、アスタロートさんに料理を吹きかけられることを警戒して帰って行ったんですよ。」


「アハハハハ。それで、人が少なくなったんだね。にしても、前回吹きかけた自分も悪かったけど、一度吹きかけただけでそれを楽しみにしている人って思うのどうなの?」


確かに、アスタロートが席に着いたタイミングで、随分人が減ったとは思っていたが自分が原因でみんな帰って行ったとは思わなかった。


「リザリンさんがそうなんですよ。アスタロートさんがそういった楽しみを持っていてもおかしくありませんし、そんなことアスタロートさんに聞いてもしそうなら間違いなく料理を吹きかけられるじゃないですか。」


「はぁ、まぁ。誤解が解けたようで安心したよ。ところで、さっき聞きそびれたんだけど、俺が頼んだ料理にオオカタツムリとか入っていないよね。」


「えぇ、オオカタツムリは入っていないですしそれに似た生き物も使われていないですよ。」


一連の言葉を聞いていたギルド内にいた人達は安堵する。





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