第78話 完治までの日々 ギルド食堂
アスタロートがお金を受け取りズボンのポッケに収納していると、食べ終わった者達はそそくさと立ち去っていくが、全員ではなく、まだ店内に残っている人達がいる。
未だに料理を食べ切れていないものと、料理が提供されておらず死刑宣告をされたような表情で待っている者たちだ。
特に、モコモッコ羊定食を頼んだ人の顔は異様なまでに青白い。
アスタロートは、店内をさっと見渡して、誰も座っていない食器の片付いた席を見つけて座る。
そのテーブルは誰も座っていない席だが、通路を挟んだ向こうの席に、アスタロートと対面するように青白い顔をした人が座っている。
モコモッコ羊定食を頼んだ人だ。
そんなことは知らずに座ったアスタロートだが、座ってすぐに前に見える人の顔色が凄く悪いことに気づくが、すぐに従業員がメニューを持ってきたのでそちらの対応をする。
「こちらが、亜人のメニューになります。」
前回と同じく亜人ようのメニューを差し出してくるが、アスタロートはそれを受け取らない。
前回、食べに来たときもそうだったが、このギルド食堂は、人間、亜人、魔人用とそれぞれにあったメニューがあるそうだ。
「いや、人間用のメニューを頼む。」
アスタロートは、差し出されたメニュー表を受け取らず人間用のメニューを要望する。
「はい。こちらに。」
従業員は、後ろ手に持っていたメニュー表を渡す。
この従業員は前回アスタロートが人間用のスープを頼んだことを知っていなかったが、先輩従業員に人間用のメニューも持って行くように言われ疑心暗鬼になりながらも持っていたため、すぐに渡せたのだ。
メニューを見たアスタロートは、絵を見ながら料理を選ぼうとするが、何がいいのか全く分からない。
一つ目に留まったのは、牛丼のような見た目をした絵だ。
これは分かりやすい。
この世界に米があることは確認している。
おそらく焼いた肉を米の上にのせた牛丼だろう。
アスタロートは、指を指しながら答える。
「これにする。」
「えっそっそれは・・・。」
アスタロートが指を指したのは、モコモッコ羊丼だ。
文字が読めないアスタロートは気づいていないが、従業員には共食い宣言しているようにしか聞こえない。
だが、そんな戸惑っている従業員にアスタロートは、人狩りの道中でノーズルンやリザリンに自身が草食系の亜人であると誤認されたままでいるため、この従業員もアスタロートが草食系であると思っているため、肉料理を注文したことに戸惑っているのだろうと推測したアスタロートは、ありのままを伝える。
「いいから、いいから。俺、実は火を通した肉なら食べられるんだ。」
それを聞いた、受付嬢は絶対嘘だと確信した。
先輩が言っていたけど、アスタロートさんはリザリンのように料理を吹き散らかして楽しむようだ。
前回来たときは、スープを人に吹きかけて楽しんでいたと聞いた。
モコモッコ羊の亜人がモコモッコ羊の肉を食べるはずがない。
食べることは、共食いに近い行為だ。
アスタロートを変に刺激して料理を吹きかけられるターゲットにされないように早急に撤退することを選んだ。
「承りました。」
アスタロートへの返事と同時に厨房室へと引き返していく。
「どうだった?」
従業員が厨房に引き返すと、人間用のメニューを持って行くように指示した長髪がきれいな先輩がいた。
「はい。先輩が言うとおり、人用の料理を頼まれました。しかも、モコモッコ羊丼ですよ。絶対食べないです!周りに吹きかけるんですよ。」
「はぁ。やっぱりそうなのかしらね。アスタロートさんは、前回スープを吹きかけた後は全部スープを飲んだから、実はリザリンと違ってただ単に味が合わなくて吐いてしまっただけの可能性があったんだけど、今の注文で確定したわね。」
前回食堂でアスタロートが去った後、人のみの会議が行われた。
それは、待ちに新しく亜人や魔人がやってきた際は必ず開催しており、亜人や魔人が人間に脅威ではないかを話し合う会議なのだ。
勿論、人の生死を脅かすような亜人や魔人は少ないが、どういった思想の持ち主なのか共有しており、注意すべき人物かそうでないか判断しているのだ。
アスタロートの評価は二つに割れ、一つは料理を人に吹きかける要注意人物で、もう一つは、ただ味が合わなかっただけで実は料理を食べる人の文化に理解のある亜人という真逆評価だった。
吐いた後、アスタロートはきちんとスープを完食したためそういった評価ももらえていた。
そのため、アスタロートは要注意観察亜人ということになっており、安全性を確認してから今後の方針を考えることになっている。
「はい。モコモッコ羊の亜人がモコモッコ羊の肉を食べるはずありません。」
「はぁ、やっぱりそうなのかしらね。リザリンと言い。アスタロートさんといい。なぜ、この領の強い人は変な人が多いのかしら。ちょっと仲良くなって一緒にご飯とかいきたいのだけれども・・・。」
先輩従業員は、アスタロートが料理を食べる人文化に理解のある亜人だと思っていただけに、少し残念がっているようだ。
住民達のリザリンの評価は、住民である人が魔獣や騎士団に襲われた際は躊躇無く助けてくれるが料理は人に投げつけるため、町の中、特にギルド内では接触注意人物だが、外で困ったことがあれば助けてくれる頼りになる魔人だ。
「はい。アスタロートさんは、人狩りで大活躍されたと言っていたので、かなり住民の間で人気が出ているんですけど、料理を吹きかけた話を聞いて、みんな警戒して遠巻きに見るだけですもんね。まぁ、今回は話しかけなくて正解だったかもですね。」
結局、アスタロートもリザリンと同じでギルド内では接触注意人物で、外では頼りになる亜人なのだろうか。
「まだ、そうと決まったわけではないよ。」
「いやでも、モコモッコ牛丼を食べるのは、それはそれでどうかと思うのだけど・・・。」
「――そうかもしれないけど。でも、共食いはすれど私たちに害のない、人の文化に明るい亜人よ。亜人と仲良くしたい人達からすれば嬉しいことじゃないかしら。」
「嬉しいのは先輩だけじゃ・・・。」
「ほら、常連さんのいつもの料理出来てるわよ。これ持って行ってちょうだい。」
「ちょ、これをアスタロートさんの前に座っているあの男のところに持って行くの?」
「えぇ。もちろんよ。」
「はぁい。」
「ちゃんとマニュアル道理にするのよ。」
「えぇ。嘘でしょ。アスタロートさんの前で料理名を言えって言うの?もし、凄く気にする人なら怒られるじゃない。」
「何言ってるの?当たり前じゃない。その反応で、どうなるかおおかた予想が立てられるじゃない。」
「えぇ。じゃぁ、先輩が持って行けばいいじゃないですか。先輩、亜人好きじゃないですか!」
「バカ。だから、あなたに頼んでるのよ。私が嫌われないようにあなたに探ってきて欲しいのよ。」
「はぁ、私に生け贄になれってことですか?どうせ、私がアスタロートさんの料理もって行くんでしょ。」
「そうとも限らないわ。反応を見て行けそうなら私が料理を持って行くわ。」
「はぁ。それって安全が保証されたときだけでしょ。」
「そっ、そうかもしれないわね。今度、ごちそうしてあげるからそれで許してもらえないかしら。」
「いいましたからね。最高級レストランに連れて行ってくださいね。」
「えぇ。約束よ。ほら、早く行ってきなさい。」
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