第72話 帰ってきた町 リザリン

リザリンが持っている果実を、奪い取るとその果実を見つめる。


手に持った感じだとレモンのような見た目をしているが、触った感じ実はかなり水分を多く含んでいるようだ。


匂いを嗅いでみるが、皮の上からだとよくわからない。


「おい、無理に体動かして大丈夫なのか?左肩はだいぶ重症だと聞いたぞ。」


リザリンは、心配そうに聞いてくるが、あたりを果汁でべとべとにされかけたアスタロートは、少しぶっきらぼうに答える。


「右手があるから大丈夫だよ。」


リザリンは、ころころ変わるアスタロートの気分を気にせずに話し続ける。


「それにしても、この巣を汚したくないなんて嬉しいこと言ってくれるねぇ。この巣はフルーレティー様と俺とノーズルンで作った仮の巣だぜ。」


「へぇ。そうなのか。ありがとう。器用に作るもんだな。」


アスタロートは、左手で軽く藁を触り作ってもらった巣を確認する。


アスタロートは、手の中にある見たこのない果実をどうやって食べようか思案しながらリザリンの話を聞く。


「おいおい。もう少し、ちゃんと聞いてくれてもいいんじゃないか。お前は珍しい亜人だ。翼はあるし、下半身はケンタウロスときたもんだ。そんな奴が普段どんな巣に住んでいるかなんて誰も知らないからな。お前のことを考えて住みやすい寝床をみんなで考えながら頑張って作ったんだぜ。普通の鳥の巣は枝だけで構成されることがほとんどだが、ケンタウロス族は寝床を藁で作ることが多い。だから、二つを掛け合わせた巣を作成したんだぜ。お前の翼が傷まないように、藁も極上のふんわり藁を使用している。」


「へぇ。そうなのか。ありがとうな。そういえば、バクバクはどこにいるんだ?バクバクに助けられたんだ。」


「あぁ、そうだったみたいだな。バクの魔人なら筋肉痛でしばらくは巣でゆっくりしていると言っていたが、昨日森で花を探しているのを見かけたぜ。元気になったら顔を出してやりな。」


「あぁ。そうするよ。」


バクの魔人は花を探していることを知っているアスタロートは、花を摘んで行くことを心に決める。


アスタロートは、氷のナイフを作成して、もらった果実を手の上で半分に切る。


半分にすると、中身は寒天のようなプルプルの果実が出てきた。


「ほう、綺麗な果実だ。あたりだな。」


リザリンが半分にカットした果実の中身を覗き見て話す。


「あぁ。そうだな。」


半分にカットした果実の断面は半透明で、皮の内側が見える。


リザリンが言った通り綺麗な果実だ。


アスタロートは、氷でスプーンを作り出して一掬いする。


スプーンの上に乗った果実は、寒天のようにプルンと揺れて、果実を見ると奥の景色が透けて見える。


匂いからは程よい甘い香りがする。


この果実は間違いなくあたりだ。


得体の知らない果実は一口かじって様子を伺いながら食べるが、この果実はそんな必要もない。


大きな口を開けてスプーンを口に運んだと時、リザリンが独り言のようにつぶやく。


「寄生虫がほとんどいない奴なんてめったにいないからなぁ。」


「ん?きせいちゅうがほとんどいない?」


今まさに口の中に含もうとしていたスプーンにブレーキをかけて止める。


そして、逆再生のごとく果実を食べずに元へ戻し、もう一度凝視する。

「あぁ!?何寝ぼけたこと言っているんだよ。プルルン果実に寄生虫はつきもんだろうがよ。お前ら草食系の亜人がプルルン果実を絞って飲むようにして食べるのは、果実の皮で寄生虫をこしとるためだって聞いたことあるぜ。」


氷のスプーンの上にある半透明のゼリーを、目を凝らしてよく見ると、スプーンとゼリーの境界付近で細く長いひも状の虫がどくろを巻いて蠢いている。


「あぶねぇ。喰っちまうところだった。」


その、虫を見つけた瞬間、アスタロートの背筋が凍り付く。


寒さに強いアスタロートは、この世界にきてから身震いしたことはなかったが、今初めて自然に身震いした。


スプーンの上に寄生虫がいることを確認するや否や、アスタロートはスプーンごと果実を外に放り出した。


「おい、捨てるんなら俺にくれ。もったいないじゃないか。」


スプーンを放り投げたアスタロートにリザリンが抗議するが、その講義に全く賛同できないアスタロート。


それに、リザリンはクリームケーキを人に向かって投げていた張本人だし、なにより寄生虫が住んでいる果実など食べられるわけがないではないか。


「初対面で、クリームケーキを顔面に投げる奴に言われたくねぇよ。」


「ブルァーッハッハッハッハ。人間が作った食べ物と果物を一緒にするなよ。」


「いや、一緒だろ。」


アスタロートがリザリンに突っ込むが、肝心のリザリンは何が一緒なのか分かっていなさそうだ。


アスタロートは、半分に割った果実の中身を再びよく見つめる。


よく見ると、先ほどと同じひも状の寄生虫が、皮と果実の境界に多数生息していることが見える。


半分に割った果実の皮の断面では、寄生虫がこんにちはしている。


「なんだ、やっぱり動物系ゆらいの食べ物は全面ダメなのか。お前が、半分に割ってから食べようとするから実は寄生虫くらいは食べられるのかと思ったぜ。」


「食べられるのかと思ったぜ!じゃねぇよ。分かってたんなら早く言えよ。食べちまうとこだったじゃないか。」


「おいおい。無茶を言うなよ。プルルン果実を割って食おうとしたのは、お前だぜ。まさか、寄生虫について知らないとは思わないぜ。こんなことガキでも知ってるぜ。」


「知らねぇよ。俺は最近この辺りに来たんだよ。知ってるわけねぇじゃん。まさか、このあたりの果実には基本的に寄生に寄生されているんじゃないだろうな。」


「そんなに一杯寄生されてるわけないだろ。俺が知ってるのは、プルルン果実くらいだよ。」


「はぁ。それを聞いて安心したよ。」


「確かお前、この前も最近この辺りに来たって、言っていたけど、どこから来たんだよ。西国も東国もそんなに、違わないだろ。まぁ、王都近くは特殊な気候だが、これくらいだ。」


「あっちの方の窪地の外から来たんだよ。」


アスタロートが南の山脈を指さす。


リザリンの顎が外れたのではないかと思えるほど、口が大きく開く。


「おいおい。まじなのかよ。外の世界の話聞かせてくれよ。どんなんなんだ。」


「窪地の外のことは聞くな。ここの方が楽しい。」


窪地の外がどうなっているかなんてアスタロートも知らないため答えられない。


適当に話すこともできるが、今はそんな気分になれなかったため、バッサリと話を切った。


「果実に寄生虫がいてもか?」


「それは、嫌だけど・・・。」


リザリンが、先ほどの寄生虫の話を引き合いに出してきて、アスタロートが素直に嫌な顔をする。


アスタロートの分かりやすい顔をみてリザリンが笑う。


「ブルァーッハッハッハッハ。お前がこの地にとどまってくれるなら俺はうれしい。だが、まさか窪地の外から来てたとはなぁ。道理で今までお前の話を耳にしなかったわけだ。普通、お前ほどの実力であれば、話くらいは聞くもんだが、お前の話は聞いたことがなかった。フルーレティー様が隠していたのかと思ったが、まさかなぁ。お前が、変なところで知識が抜けていると思ったが、合点がいったよ。」


「そうか。ならいい。だけど、ほかの人には言いふらすなよ。」


リザリンの饒舌な姿をみて、窪地の外から来たことが言いふらされることを嫌ったアスタロートはくぎを刺した。


「あぁ。分かったぜ。安心しろ。俺は約束を守る雄だぜ。」






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