第73話 完治までの日々 受付嬢
リザリンと少し話をしていると、木の幹に梯子がかけられた。
どうやら、誰かが昇ってきているようだ。
リザリンやフルーレティーの現れ方を考えるとわざわざ梯子を使って登ってくるような知り合いは、絞られる。
知り合いがそれほど多くないことと身体的に梯子などつけなくても登れるような魔人しかいない。
大方、バクバクやツチノッコンだろう。
ツチノッコンのことが嫌いなわけではないが、少し苦手だからいやだな。
「誰か来たぜ。おっ。クリームケーキか?」
リザリンが昇ってくる人物を見て嬉しそうな顔をする。
リザリンが、放ったキーワードで自分の想像していた人ではなかったことが分かった。
梯子から顔をのぞかせたのは、バクバクやツチノッコンではなく、魔物ギルドに登録してもらった、リザリンと初めて会ったときに顔を拭くタオルを持ってきてくれた受付嬢だった。
「アスタロートさん、リザリンさん。おはようございます。それと、私を見てクリームケーキかってどういうことですか?いつも言っていますが、私の仕事は魔人ギルドの運営と併設している食堂での調理です。あっ、あと、アスタロートさんのお世話です。リザリンさんのためにクリームケーキを作る仕事は請け負っていませんからね。」
「あぁ。魔物ギルドに登録した時の!」
名前を聞いていたかったので、誰だか分からないが、これで、こちらが覚えていることは知ってもらえただろう。
まったく、想像していなかった人物がここに来たことに少し嬉しく思う。
「覚えていてくれてありがとうございます。リザリンさんは私の顔を覚えるのにかなり時間がかかったんですよ。失礼しますよね。」
受付嬢が、梯子を上り切り木の枝から巣の端に入ってくる。
「おいおい。お前、人間の顔を覚えるの早いんだな。」
リザリンが信じられないものを見たかのように言う。
「いや、質問の意味が分からないのだが。」
人の顔を覚えるのはそれほど難しい話ではない。
「いえ、リザリンさんの言う通りですよ。魔人や特徴が魔人よりの亜人と違って人間は見た目が似たような種族ですから、魔人や一部亜人にとって人間の顔は覚えにくいそうなんです。そして、アスタロートさんは、かなり魔人の血が濃いようなので、少し以外でして・・・。」
「へぇ。そうなんだな。考えたことなかったよ。」
アスタロートが適当な返事をしていると、受付嬢は背中に抱えている荷物から包帯を取り出す。
「さぁ。アスタロートさん包帯を交換しますよ。」
受付嬢がリザリンの方を見つめ無言で帰るように促すが、リザリンはもう一度ラッキーチャンスが来るかも知れないと思い気づいていないふりをする。
リザリンがチラリとアスタロートの方を確認すると、アスタロートはリザリンが帰らないことを気にしていないようだ。
「おいおい。そんなに見つめてどうしたんだ?」
アスタロートはリザリンがいることを気にしていないが、受付嬢がそれを許しはしなかった。
なかなか帰ろうとしない、リザリンに受付嬢が少し回りくどい表現で、リザリンをこの場から帰るように促す。
「リザリンさんがここにいるってことは、私の仕事を手伝ってくれるんですね?」
その言葉を聞いたリザリンは、この場に留まることを諦める。
「うぇぇぇ。なんで俺が、クリームケーキの仕事を手伝わないといけないんだよ。分かったよ。帰ればいいんだろ。」
リザリンがぶつくさいいながら枝から飛び降りていった。
「全く、女性が包帯を巻き直すと言っているのにこの場に居続けようとするなんて、魔人はデリカシーが欠けていますよね。困ったことがあれば、仕事を手伝ってくれるのかって言えば、大体の魔人は尻尾を巻いて逃げていきますよ。今度、困ったときに言ってみてください。まぁ、アスタロートさんは今や有名人ですから、アスタロートさんの頼みなら誰でもいうことを聞くと思いますがね。」
受付嬢がなぜリザリンを追い出したのか考えれば、アスタロートは、さきほどしてしまった自分の勘違いに気づいたのだろうが、それよりも気になることがあり気づくことはなかった。
「え!?俺、有名人なの?」
「そうですよ。フルーレティー様の強化魔法があったとしても、No.2の雷光のピィカを単独で撃退するなんてとんでもない戦績です。町では、連日その話でもちきりですよ。では、包帯を交換しますね。」
「ちょっと、待ってくれ。」
受付嬢が、包帯を取るためにアスタロートの背後に回ろうとするが、聞き捨てならないことを聞いたためそれを止める。
「えぇ。どうしましたか?」
「ピィカを撃退できたのは、バクバクのおかげなんだ。バクバクがいなければ俺は、負けていた。」
「バクバクさんって、あの一風変わった気が向いたときに仕事を無償で手伝ってくれるあの?」
受付嬢が、少し困惑したような表情で答える。
「あぁ。おそらくそのウェーブのかかった白い髪のバクの魔人のやつだ。」
「あはははは、何言っているんですか。バクさんは戦闘が苦手な魔人で有名なんですよ。しかも、バクバクさんが、最後の一撃を与えていたのをしっかり目撃したって言っていましたよ。」
「いや、確かに、気絶してもらうために一発入れたが、その最大の隙を作ったのはバクバクなんだよ。」
「バクの魔人が何をしたのかは知りませんが、最後の一撃を与えたのはまぎれもないなくアスタロートさんではないですか!誇ってくださいよ。さぁ。包帯を交換しますね。」
受付嬢は強引にアスタロートの背後に回り込むが、丁寧に包帯をはがしていく。
その手つきは手慣れたもので素早い動きであった。
バクバクのことも包帯を交換することに関しても抗議の声を上げようとしたが、あまりの手際の良さに、黙り込んでします。
見る見るうちに包帯がはがされていき、アスタロートの体があらわとなる。
改めて自分の体を見て前世の体とは大きく変わったところをまじまじと見た瞬間に、痛みが走る。
「いた。」
「すみません。まだ傷が染みるようですが、我慢してくださいね。今から薬をたくさん塗りますから。」
背中越しに後ろを確認すると、カバンの中からたくさんの小瓶を取り出している受付嬢がいる。
「いや、塗り薬って、おおくない?」
「町の人が、人狩り成功の立役者が大けがを負ったと聞いて、みな塗り薬を作って来てくださったんですよ。今から、1つずつ塗っていきますから、我慢してくださいね。」
「いや、1個でいいから。」
「はいはい。みなさんが作って来てくれた薬を無駄にしてはいけませんよ。それに、よく聞く薬は染みるんですよ。こんなにたくさんの染みる、薬があればすぐに治りますよ。」
「それ迷信だから、いだたたた。」
受付嬢が、アスタロートの隙を見て塗り薬を左肩に塗る。
くそ、自分の体を確認しようと思ったけど、それどころじゃねぇ。
「いでぇぇぇぇ。」
「ほう、今までで一番良い反応ですね。この薬は少し多めに塗っておきましょう。」
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