第70話 帰ってきた町 フルーレティー

薄れゆく記憶のなか、誰かに体を支えられながらそれなりのスピードで移動しているのを感じながら、アスタロートは安心して眠りについた。




アスタロートが目を覚ますと、見覚えのない藁に包まれていた。


体を起こして外の様子を確かめると、東国の広場の木の上にいた。


広場からは見覚えのある魔物ギルドが見える。


木の上にはアスタロートが体を丸めてすっぽりと入る大きさの鳥の巣があり、巣の中には藁が敷き詰められていた。


翼が生えている亜人だから鳥の巣に寝かされたのだろうか?


どやら、気を失っている間に治療されて、ここに寝かされていたらしい。


バクには感謝しないといけないな。


それと、もう一人、眠りにつく前に誰かに抱えられて安心して眠りについた記憶がある。


それが誰かまでは分からないが、感謝を伝えなければいけない相手であることには違いない。


「はぁ。あんたやっと起きたのね。」


上のほうから声が聞こえたので振り返るとフルーレティーが一つ上の木の枝に止まっていた。


フルーレティーは、アスタロートが寝ている巣のすぐ隣の枝へと飛び移ってくる。


「あんた、バクバクとノーズルンに感謝することね。あともう少し遅ければ死んでたわよ。全く、私が強化してあげたんだから特記戦力ぐらい楽勝で勝ちなさいよね。まぁ、バクの話を聞けば倒したみたいだし、おおめに見てあげるけど。」


最後に運んでくれていた人物がすぐに分かった。


ノーズルンだったのか。


つんけんしながら話していたフルーレティーは、最後に頬を掻きながらほんの少しだけ照れくさそうに大目に見てあげると告げた。


あれ?


もしかしてフルーレティーってツンデレ属性なのか?


体は小柄だが普段クールなフルーレティーはクールビューティーな見た目の中にかわいさを少し残したような容姿をしているが、少し照れくさそうにしているフルーレティーは普段とは逆で可愛らしさが前面に出ている。


そんな、可愛らしいフルーレティーにアスタロートは爆弾を落とす。


「ピィカを倒したのは、俺じゃなくてバクバクだぞ。」


「はぁ。あんた何言ってんのよ。バクバクが勝てるわけないでしょ。あの子は、非戦闘員の魔物よ。」


先ほどまでの可愛らしさはどこへ行ったのか、フルーレティーは腰に手を当てて大声で指摘する。


耳元で聞くフルーレティーの声をバクと移動していた時にこの声を聞いたのなら、音量でアスタロートはノックアウトしていただろう。


あの頭痛や熱が嘘のようにすっきりしていてよかった。


今の体調はすこぶる良く、間違いなくアスタロート年間寝起きの良さランキング上位に入賞するだろう。


「ねぇ。聞いてるの?あの子に助けられたことを恩義に感じてそういうことを口にしているのなら大きな勘違いだからね。」


アスタロートが余計なことを考えていると、フルーレティーが聞き返してくる。


「あぁ。聞いてるよ。でも、そうなんだよ。」


あまりの寝起きの良さに、寝起きの余韻にまだ浸っていたいアスタロートは、熱心にフルーレティーへ説明する気になれず、一言ですましてしまう。


「はぁ。あんたついに、頭がおかしくなったんじゃないでしょうね。どんな回復魔法の使い手でも、脳の治療はできないわよ。」


フルーレティーがさらりと告げる。


どうやら、信じていないようだ。


「いや。正常だからいいよ。」


この心地よさから離れたくないアスタロートはまた今度、フルーレティーに会ったときに説明しようと心に決めた。


「はぁ。で、体調はどうなの?私が応急手当したから大丈夫だとは思うけど、完治はしていないからしばらくは安静にすることね。」


「あぁ。頭はすごくすっきりしているよ。頭痛もしていない。」


「そう。私はあんたの脳みそに異常が無いか心配だわ。で、体の方は?」


「体は、動かすとまだ痛むな。」


「まぁ、そりゃそうでしょうね。応急手当しかしていないもの。動けるようになるまで安静にすることね。」


「そう言わず。魔法で直してくれよ。」


魔王の側近だったウサギの魔人ウサコは、魔王との戦闘で死にかけたとき、瞬時に直してくれた。


フルーレティーもウサコと同等の回復魔法を使用できると思ったアスタロートは綺麗に直してもらうようにお願いするが、瞬時に全回復できるような魔法の持主はなかなかいない。


回復魔法は、受けた傷の大きさだけではなく、魔法に込められたオーラ量や技量によって完治に至るまでの難度が変わってくる。


アスタロートが最後に受けた技は、正真正銘ピィカの奥義だ。


魔王が模擬戦で見せた技よりも数段上位の技であり込められた魔力量も技術も桁違いで、そう簡単に回復できるような技ではない。


フルーレティーは、強化魔法やサポート系の魔法は世界屈指の実力を持つが、回復魔法はウサコには及ばない、自分の回復魔法では完治できなかったことを知られたくなかったフルーレティーは誤魔化すことを選んだ。


「はぁ。あんたピィカの雷魔法で脳みそがショートしているんじゃないでしょうね。魔法で怪我を完治させるのは戦闘中ぐらいのものよ。それ以外はある程度治療してあとは、自然治癒力に任せるのが体に負担がかからなくて一番いい方法なんだから。それくらい常識でしょ。」


確かに自然治癒力に任せると体にいいと言われることはあるが、迷信で実際のところはそれほど体に負担は掛からないため、どちらでもよかったりする。


完治できなかった苦し紛れの言い訳だったが、そんなことは知らないアスタロートは、フルーレティーの苦しい言い訳を簡単に信じる。


「あぁ。そうだったな。」


フルーレティーは、アスタロートが完治できなかったことを知り、ほとんど信じられていない迷信をフルーレティーの尊厳を傷つけないためにあえて信じたと思いこんだ。


実際は、ただ何も知らずに騙されただけなのだが、アスタロートの怪我を治せなかっただけではなく気まで使われたことにいら立ちを感じたフルーレティーは逃げることを選択した。


「もういいわよ。あんたと話してたら疲れたわ。誰かに食べ物をもってこさせるからじっとしてなさい。」


そういうと、フルーレティーは翼を広げ飛んで行った。


急に立ち去ってしまったフルーレティーをなんの悪びれることもなく見えなくなるまで眺めていた。


フルーレティーがいなくなったアスタロートは、もう一度藁に包まれて、寝ようとも思ったが、自分の状況が気になったため体の調子と状況を確かめることにした。


自分の格好を見直すと服はいつも来ていた古代ローマ人が来ていたような背中が開けている白い服ではなく、町の住民たちがよくはいていたぶかぶかのズボンで裾が地面に擦れないように足首で絞ってある


上半身は、翼を挟まないように丁寧に包帯が巻かれているだけで、それ以外は何も身に着けていない。


巣の中には藁が敷き詰められていて服を着ていなくても肌寒くはない。


もともと、アスタロートは寒さにはめっぽう強い体質であるためそう感じないのだ。


外の様子を確かめると朝の早い時間であることが分かる。


巣の中から外を見ると、人はまばらにしか居らず、魔物ギルトの食堂の仕入れ作業が行われているのか、見覚えのある職員が荷台からの荷物の搬入作業を行っている。


亜人や魔人は朝の早い時間のためまだ、自分の巣でくつろいでいるのだろう。


そう考えると、フルーレティーは自分の看病のため、近くにいてくれた可能性が高い。


また今度、きちんと礼を言わないといけないな。


アスタロートはもう一度ぐっすり寝られそうな春の寝起きのようないつまでも布団に包まれていた気持ちが湧いてくるが、先に傷の具合を確かめてみることにした。


包帯が丁寧に巻かれており、血が滲んでいる様子も見受けられない。


血は止まっているようだ。


アスタロートの木は葉が生い茂っており上からも下からも見えにくい形状になっている。


ここなら包帯を外しても外からはそう見えないはず。


右手を左肩へ伸ばし、丁寧に包帯をはがしていく。




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