第69話 バクバクとの帰路

「ハァハァハァ。」


走り始めて数時間が立った頃、アスタロートの体調は悪化の一途をたどっていた。


徐々に肩の痛みは激しさを増し、頭も熱でぼうっとし始めてきた。


しばらくの間はバクバクに心配を掛けないためにも体調を取り繕って横に並んで走っていたが、次第にバクバクのペースについていけなくなり、ついには後ろを付いて走る形になっている。


バクバクはそれほど速く走っていないし、当初走り始めたとき遅いなと感じたほどだが、今は後ろをついて走るのがやっとだ。


バクは時折後ろを振り返りアスタロートの様子を確認しながら走っているが、それに気づかないほどアスタロートは疲弊しきっている。


その疲弊は、バクの持久力がアスタロートより優れているのではなく、単純にアスタロートがピィカから受けたダメージが大きいことと、今まで耐えることが出来ていたフルーレティーの強化魔法の効果がどんどん薄くなってきているからだ。


このままでは、途中で力尽きてしまいそうだと感じたのは、バクバクのほうが先だったが、バクバクにはどうにかする知恵も体力もなかった。


後、どれくらい走ればいいのだろうか。


アスタロートは、徐々に暗くなってくる視界の中心で、前を走るバクバクの足元だけが見えている。


薄暗い視界の中微かに見える白い足を追いかけながらなんとか走っているアスタロートだが、次第に二人のペースは落ちていき、早歩き程度の速さで移動している。


バクはバクでアスタロートの状況を見て東国まで体力が持ちそうにないことを確信するが、解決するすべを持たず、困ったなぁ~困ったなぁ~と思考をループさせながら歩いている。


バクバクの中でアスタロートは、新しくできた友人であり脅威から身を挺して守ってくれた恩人でもあるため、アスタロートを見捨てていく選択肢はなかった。


視界の中心で微かに見えるバクの足元を見ながら歩いていたが、ふとした瞬間にバクの足が視界から消えて、何かに躓いた。


バクは倒木をひょいっと飛び越えただけだが、今のアスタロートの体力では瞬時にそれに対応することはできなかった。


ドシャ。


後ろで、倒木に躓いたアスタロートが地面に倒れた音がして、バクが振り返る。


「おぉ~~。大丈夫じゃないねぇ~。」


すぐに、アスタロートの元へ駆け寄り様子を見るが、もはやアスタロートに自力で立ち上がる気力はなさそうだ。


「困ったなぁ~。」


倒れた状態で起き上がろうとしないアスタロートをこのまま放置するわけにもいかない。


「フルーレティー様の領まで、まだもう少しあるんだけどなぁ~。」


バクバクは頭を抱え込みアスタロートの隣でしゃがんで、どうするべきか悩んでいると、ふと視界の端の方で倒木の幹の上で蠢く虫が見えた。


「おぉぉ~。力持ちだねぇ~。」


バクは思ったことを口に出したが、アリが自分よりも大きな獲物を顎で挟んで巣まで持ち運ぼうとしているのだ。


「おぉ~。こうすればいいんだねぇ~。ほぉら。アスタロート行くよぉ~。」


アリからヒントを得たバクは、アスタロートを強制的に運ぶために右肩を持ち上げようとするが、バクよりも体格の大きなアスタロートを腕の力だけで持ち上げることはできない。


自分の力ではアリのようにアスタロートを持ち上げることをできないと悟り何か別の方法を探そうとしたとき、先ほどまで持ち上げられなかったアスタロートの肩が持ち上がった。


バクの補助があってなんとかアスタロートが立ち上がることができたのだ。


「えらいねぇ~。えらいねぇ~。もう少しだから、一緒に歩いていこうねぇ~」


バクも再びアスタロートが自らの力で立ち上がったことに気づき褒める。


バクにもたれ掛かりながら立ち上がったアスタロートはなんとか歩みを進めていく。


バクの服はアスタロートの血で染まっていくが、まったく気に留めずアスタロートに寄り添いながら歩みを進めていく。


アスタロートの耳元でバクがいつも通りのおっとりした口調で励ますが、アスタロートには聞こえていない。


正確には、耳には入っているのだが、その内容をうまく頭の中で整理できていないのだ。


ゆっくりと歩みを進めていいき、やっとバクの覚えのある場所まで戻ってきた。


「ハァ、ハァ。もう少しだよぉ~。」


ほとんど、バクに体重を預けており、バクの体力も限界が近づいてきて、ついにバクの足が止まってしまった。


それもそうだ、普段トレーニングを積んでいない非戦闘員のバクが自分よりも体の大きなアスタロートを支えながらここまで歩いてきたのだ。


人間よりも体の丈夫な魔族であっても体力の限界は来る。


「ハァハァ。あれぇ~。おかしいなぁ。足が動かないなぁ~。普段は動くんだけどねぇ~。」


動けずにしばらくその場に佇んでいると、東国の方角から誰かがやってきた。


「バクバクさん!」


ノーズルンだ。


ノーズルンは一足先に領へ戻ったが、いまだに帰ってこないバクバクを気にして森まで引き返してきたのだ。


ノーズルンは、泥んこに汚れたバクバクがまた何か変なものを背負いながら歩いていると思って近づいてきたが、背負っているものが変なものではなく、アスタロートだと気づき慌てて近づいてくる。


「あぁ。あなたですか。どうしたものですかねぇ~。困ったことに、足が動かないのですよぉ~。」


「大丈夫ですかアスタロートさん!重症じゃないですか。そんな、まさか、雷光のピィカは?」


アスタロートの様態をみたノーズルンは、すぐにアスタロートが負けたのではないかと考え、敵の存在に思考を巡らせる。


「おぉ~。騎士団の人なら、意識無いよぉ~。」


ノーズルンの問いかけにアスタロートは返事すらできず、意識を保っていることで精一杯だ。


かわりに、バクバクが答える。


「すごい。すごいです。あの特記戦力No.2の雷光のピィカを撃破するなんて、すごいです。」


この怪我の深さを見るに相当も付かないような激戦だったのでしょう。


手傷を負ったとはいえ、あの雷光のピィカを倒すということは、アスタロートさんの強さは間違いなく3将レベルだ。


その事実に気づいた、ノーズルンは興奮から身震いする。


本当は、フルーレティーに強化されてやっと、そのレベルに到達するかというところであるが、その事実をノーズルンやバクバクは知らない。


返事をすることのできないアスタロートを見てノーズルンは早急に町へ行き治療をするべきだと判断する。


3将レベルの実力を持つアスタロートをここで死なせるわけにはいかない。


「バクバクさん、私がアスタロートさんを背負います。バクバクさんは、歩けますか?」


ノーズルンがオーラを纏い自身の身体能力を強化して、4本の細い腕でアスタロートを肩に担ぐ。


ノーズルンがアスタロートを抱えたことで、バクは自分の体が軽くなったことを実感し足が動くことを確認する。


「おぉぉ~。足が動くよぉ~。ありがとう、ノーズルンさん!」


「さぁ。バクバクさん。急ぎますよ。」


ノーズルンとバクバクは再び帰路へと着いた。




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