第68話 バクバク唯一の魔法

「おい。起きろ。お~い。」


バクを起こそうと声を掛けてもみても起きる気配が全くない。


アスタロートの手は血で汚れているため、不用意に触れるとバクを血で汚してしまうことになる。


バクの魔法で寝てしまったのならピィカも明日の朝までぐっすり寝ていることだろうから時間に猶予はあるだろうが、このままバクが起きるまでここでじっとしているわけにはいかない。


今までいろんな人の魔法を見てきたが、自分が扱う攻撃には耐性があるように思っていたが、バクは例外なのかも知れない。


実際バクは、睡眠魔法に対して耐性は持っており寝てしまうが睡眠時間が短い、睡眠時間に個体差があり全く寝ない個体もいる。


バクの種族は外敵を眠らせて安全に逃げる種族なのだが、そのようなことアスタロートは知り得ないし、バクの種族はかなりの希少種で知っている魔人も少ない。


「おーい。バクバク~。」


落ちていた木の枝でバクの頬をつついてみるが反応がない。


頬がくすぐったいのかムニャムニャと口を動かすだけである。


「いい加減起きてくれよ。」


「追いつきましたよ。」


アスタロートが声を掛けていると背後から声が聞こえてきた。


声の方に瞬時に振り返ると、そこには先ほどと同じ格好で寝ているピィカがいる。


「なんだ。寝言かよ。驚かせやがって。」


ピィカはバクの魔法に包まれていたため何の拘束もしていなかったが、今振り返ると霧が晴れていた。


どうやら、結構な時間バクを起こすことに専念していたみたいだ。


「このまま、放置して起きられても嫌だから拘束するか。」


「ばぁさま、僕を拘束するの?」


アスタロートの独りごとに反応するピィカ。


ショタボになっているが鮮明にはっきり喋るピィカ。


こいつ本当に寝ているんだろうな。


速く拘束しよう。


「あはぁぁぁん。大好きなおばぁさまに触られるなんて!!!」


拘束するためにピィカの腕を掴むと変な悲鳴を上げる。


その悲鳴はどこか嬉しそうだ。


一体どんな夢を見ているんだか・・・。


元々男である自分に触られて嬉しそうにしているピィカを見て生理的に受け入れられないアスタロートは、拳を作りどつこうとしたが、すんでの所で留まる。


「はぁ。フリーズ。」


握っている拳を開き魔法を掛け、腕ごと凍り付かせる。


「冷たい。冷たいよ!ばぁさま。氷魔法も使えるなんて流石です。」


氷で拘束したら冷たさで起きてしまうかも知れないと後になって気づいたが、心配事は杞憂で起きる気配はない。


ここで、ピィカにとどめを刺さない自分はやはり甘いのかも知れないが、無抵抗な相手に一方的に殺すことは、先ほど殺され掛けた相手でもアスタロートには出来なかった。


「これで、少しは安心か。」


「ばぁさまぁ。どこにおられるのですか。」


ピィカは、寝返りを打ってアスタロートの膝の上に乗る。


「さすがは、ばぁさまです。さぁ、拘束をといてもう一度私とお手合わせお願いします。」


「ひぃぃ。」


腕を背中側で拘束していたピィカは寝返り俯せの状態でアスタロートの太ももに密着してくる。


俳優時代では女性と密着したシーンを取ることが苦手だったが、男とのラブシーンはもっと嫌だ。


アスタロートは、咄嗟にピィカの首元へと手刀を落とす。


バキ!


ピィカの首元から嫌な音が聞こえたが、後悔はない。


「この変態が!」


俯せに倒れ込んだピィカを脚でひっくり返すとスヤスヤと寝息を立てているピィカがいる。


やっと静かになった。


ここでゆっくりしていて、ピィカが本当に起きたらやっかいだ。


担ぐと血で汚れてしまうバクには申し訳ないが、移動しよう。


「おぉぉ~~~。やっぱりあなた、強いんだねぇ~。」


「いや、バクバクほどではないよ。やっと起きたんだね。このまま、起きなかったらどうしようかと思ったよ。」


「あたしは、睡眠魔法しか使えないからねぇ~。それにしても、ひどい怪我だねぇ~。大丈夫なのぉ~。あたしが、回復魔法使えれば良かったんだけど、魔法は一つしか使えないからねぇ~。」


「気にしないでいいさ。フルーレティーの領までは大丈夫さ。向こうに着いたらフルーレティーに回復してもらうさ。」


「本当に、大丈夫なのぉ~。」


バクは少し長い首を前に突きだして、指をくわえながらこちらの様子を確認してくる。


「あぁ。大丈夫さ。それにしても、バクはどうしてこんなところにいるんだ?そのおかげで、助かったよ。」


「助かったのはあたしの方だよぉぉ~。ここへはねぇ~。花を探しにここまで来たんだぁ~。助けてくれてありがとうねぇ!あたしの睡眠魔法が通用しなくて、あなたがそんなに怪我を覆うほど強い相手だったんでしょう。本当に危なかったよぉ~。」


バクは、目をキラキラさせながらこちらを見つけてくる。


「いや、私が追いついたときは、もうピィカは寝ていたよ。」


「またまたぁ~。何を話しているかまでは聞き取れなかったけれど、話していたのは知っているんだよぉ~。話しているってことは、起きていたんでしょぉ~。あたし分かるんだよぉぉ~。」


「いや、本当にピィカはバクの魔法で眠っていて、寝言を言っていただけなんだ。だから、バクの魔法に助けられたのは私の方なんだ。」


「ふぅ~ん。あなたって、結構恥ずかしがり屋さんなんだねぇ~。あたしは人がよく眠っているところに出くわすけど、あんな風に喋っているように寝言を言う人には出会ったことないよぉ~~。」


「いや。確かに、びっくりするような寝言だったけど・・・、うぅ。」


バクと話していると、左肩の痛みが強くなってきた。


フルーレティーの強化魔法が徐々に弱くなってきているのだ。


「まぁまぁまぁ。あなた、大丈夫じゃなさそうねぇ~。ほぉら、はやく行くわよ。こういうときは、動けるときに動いた方がいいんだぁ~。」


「あぁ、そうするよ。」


バクは、森の奥へと軽く走り始め、バクを追うようにアスタロートも走り始める。





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