第67話 バクバク唯一の魔法

アスタロートの意識が戻ったのは、ピィカが現場から離れてすぐだった。


空から墜落したアスタロートは、羽根を下にして倒れていた。


ゲホッゲホッ。


咳き込みながら寝返りを打つ。


どうやら、オーラ武装は解除されているようだ。


辺りを確認するも、どうやらピィカは近くにいないようだ。


おそらく、荷台を追って行ったのだろう。


大きく深呼吸をする。


熱が出ているのだろうか、頭が痛い。


反射的に頭を押さえると手にどろりと血が付着した。


起き上がるために地面に両手を突いて起き上がろうとするも、左手が熱を持っており、動かすと強い痛みが走り、仕方ないので右手で地面を付きゆっくりと上半身を起こす。


手を突いた大地は、焦げと自分の血で赤黒くなっており、辺りには自分の物と思われる黒い羽根が散乱している。


「ハァ、ハァ。」


東国の方を見ると、ピィカが全力で走って行ったのがよく分かる。


転々と歩幅の間隔で地面が抉れているし、所々木の枝が折れており、その断面は少し焦げている。


辺りは静まりかえっており、アスタロートの荒い呼吸音のみが聞こえる。


俺は負けてしまったのか。


せっかく、フルーレティーに強化してもらったのに、上手く立ち回れなかった。


それがスペック的には互角かそれ以上のはずだったのに・・・。


いや、まだだ。


まだ、負けたわけではない。


移民希望の人を無事東国へ送り届けることが出来れば、俺の勝ちだ。


地面は、まだ熱を持っており焦げ臭い。


戦闘が終わって気を失っていた時間は短いはずだ。


ピィカは速いが、この森の中ノーズルン達を見つけるのは用意ではないはず。


体中が、今すぐ休むように危険信号を発しているが、このまま休むわけにはいかない。


なんとか逃げ切ってくれていれば良いのだが・・・。


甘い考えがアスタロートの脳内をよぎるが、すぐにその邪念を捨て去る。


いや、ここは最悪を考えて行動するべきだ。


急がなければ、みんながやられるかも知れない。


今すぐ寝たい気持ちにあらがって、立ち上がる。


森の中を走るより空を飛んでピィカを探した方がいいだろうと思い、翼を広げようとするが、左翼の付け根に痛みが走る。


痛みが走って初めて気づいたが、服から血がポタポタと滴っており、白い服も左側はかなり赤黒く染まっている。


左肩から背中を確認しようと振り返ると、左肩から背中に向けて広範囲に火傷の跡と大きく皮膚が裂けている。


特に大きな痛みを感じていなかったが、怪我を認識すると急に傷口が痛み始めた。


「イテテテテ。」


かなりの重傷のはずだが、羽根や左腕に付加を掛けなければ、見た目ほどの痛みではない。


俺は、甘かったのかも知れない。


ピィカは確実に殺すつもりで攻撃してきていた。


それに対して、俺は戦闘不能にすることばかり考えていた。


甘い考えを捨てろと思ってはいたが、まだ捨て切れていなかったようだ。


この体でどこまで出来るかは、分からないが、覚悟を決めよう。


でなければ、次は本当に殺される。


はじめはゆっくりと傷を庇うように歩き、痛みに耐えながら徐々に速く歩いて行くといつの間にか痛みを感じなくなってきた。


「よし、これなら走って、行ける。」


塞がり始めていた傷を口が動いたことにより開き、そこから新たな血が流れ始め白い服が汚れるが、アスタロートは気にしない。


左肩を庇うように小走りで走り始め徐々にスピードを上げていき、やがてトップスピードに達する。


体を動かし始めた際は、体も重かったが、走り始めると徐々に体がほぐれて軽くなってきた。


依然として、頭は痛く体は燃えるように熱く動くこともままならないほどの怪我を負っているが、フルーレティーの強化魔法が未だに効いており、強化された肉体は怪我への耐久力も上がっておりなんとか動くことが出来ている。


左肩から背中に掛けて怪我負ったアスタロートは、上半身は脱力しながらも下半身に力を入れ走っている。


くしくも怪我を負ったことで実践できている柔らかいフォームは重心位置がずれず、無駄な力が抜けた理想的なフォームに近づいていた。


パルクールを彷彿させる走りは障害物が在っても減速することなく、軽い足取りで岩を越え、小川を飛び越え、木々の幹へと飛び移りながら走り去って行く。


アスタロートは、怪我により一時的にアドレナリンが大量に分泌されており、ハイになっている。


ピィカに追いつくことを最優先に掲げながらも、普段より上手く走れている自分に少しだけ酔っている。


熱でぼんやりとした思考の中、ただただ走り風邪が頬をかすめていくのが楽しくなり始めた頃、視界の奥で、紫色の霧が漂っているのが見える。


先を急いでいたアスタロートだが、その正体に気づき立ち止まる。


「あうぅ。」


高速で走っていたアスタロートは、体に力を入れブレーキを掛けた反動で体が痛む。


アスタロートは、口元を押さえながら周囲をよく観察する。


膝下くらいに、紫色の霧が所々対流している。


この霧は見たことがある、バクの魔法だ。


止まって気づいたが周囲に、生き物の気配がしない、足下には昆虫達が、ひっくり返って動かない。


おそらく、寝てしまっているのだろう。


バクの魔法で、在ることは分かったのだが、どうしてこんなところに魔法の痕跡が残っているのだろうか。


もしかして、バクとピィカが戦ったのだろうか?


だとすると、まずい。


あんな化け物相手に、バクバクがかなうはずない。


よく目をこらして見ると、二人倒れているのがよく見えるが、二人目はまだ紫色の霧に包まれていてよく見えない。


一人は、バクだ。


自分の魔法のくせに、自分も寝てしまっているのか、しゃべり方もおっとりとしており、どこか考えなしのような印象を与えるバクが呑気にも地面で寝ている。


すぐにでもたたき起こしたいが、少しでもこの霧を吸い込むとコロリと寝てしまうことは身をもって経験しているから容易に近づけない。


どうしてこんなところで寝ているのか分からないが、外傷はないためピィカにやられたようではないみたいだ。


良かった。生きているようだ。


紫の霧は徐々に晴れていき、もう一人の姿を見てアスタロートは、驚愕する。


雷光のピィカだ。


前のめりに地面に倒れている。


うそだろ。


この状況からして、バクの魔法でピィカが眠ったとしか考えられない。


バクは、戦闘は得意じゃないって言っていたが、実はかなり強いのか?


開いた口が、塞がらないとはこのことだ。


あれほど強かったピィカがあっさりとバクの魔法により眠りにつかされている。


だが、良かった。


これで、みんな助かったのだから。









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