第22話 異世界料理
あたりを見渡すといつの間にか、夕食を食べにきた人や亜人があふれかえっていた。
気がつくと、随分時間が経っていたようだ。
「では、悪いが、私は路銀がなくてな。すまないが、今日の分の給料をもらえないだろうか?」
「えぇ。いいわ。今準備するわね。」
「おい、お前、飯を食う金もないのかよ。良かったら、俺と一緒に食わねぇか?新入りなんだ。おごってやるぜ。」
受付の女性が席を立つと、リザリンが声を掛けてきた。
普通の異世界者なら、リザードマンも料理を食べるのだろうが、この世界の魔人は人間の行動をまねることを嫌う傾向にあるようなきがする。
働かないし、料理もしない。
絶対、生肉よりも料理されたご飯のほうがおいしいと思うんだけどな。
「あなたとも行かないわ。どうせ生肉を食べるんでしょう。」
「当たり前じゃないか、俺はリザードマンの魔人だぜ。あっ、お前、もしかして草食なのか?」
「モコモッコ羊と一緒にしないでくれますか?雑食よ。」
会う人会う人に言われると腹が立ってくる。
少し魔力が漏れてしまった。
「おっ、おう。そうだな、その巻角は少し俺が知っている角と違う気がするよ。俺も腹が減ったから行くわ。賞金の上げ方のこつを知りたかったら俺のところに来な、力になるぜ。」
そう言って、リザリンもそそくさと立ち去っていった。
私の漏れ出た魔力にびびって逃げていったんだろうか?
リザリンと入れ違うように、受付の女性が戻ってくる。
「お待たせしました。リザリンさん帰ったんですね。」
「あぁ。ありがとう。それとここでご飯を食べていくわ。あと、近くに泊まれるホテルはあるかしら?」
「えぇ!料理はともかく、ホテルに泊まられるんですか!人用のホテルしかないんですが、どうされますか?」
「わぁぁ。あなた変わってますね。あぁ、悪い意味ではないですよ。いい意味で変わってますね。宿泊施設はいくつかありますが、一番いいホテルは町の中央にある一番大きな建物よ。」
「へぇ。一番大きな建物は、フルーレティーの屋敷かと思ったよ。」
「アハハハハ。ご冗談を魔人様が屋敷を構えるはずないではありませんか。」
「そうですよねぇ。アハハハハ。」
空笑いしか出てこない。
異世界に来てからこんなことばっかりだ。
カルチャーショックと言うべきか、前世の異世界小説がまったく通じない。
亜人や魔人は、思っていたより野生に近い生活のしかたをしているのかもしれない。
まさかホテルに泊まるだけでこれほど驚かれるとは思わなかった。
領主のフルーレティーも屋敷を持っていないとわ。
この町はどうやって管理しているんだか・・・。
案外何も決まり事はないのかもしれない。
「屋敷は、空から見られるとすぐに分かると思いますよ。夜も一際明るいホテルですから。」
「そう。ありがとう。では、後でメニューを持ってきてくれるかしら。」
そう言って、空いている席に座る。
新入りだからだろうか、妙に注目されているようだ。
遠巻きに亜人が見てくる。
周りを観察していると、亜人は、生肉か軽く焼いた肉か生野菜をそのまま食べている。
そして、人はスープやパン、米もあるようだ。
いろいろな料理を食べている。
クリームケーキを顔面に受けてから思っていたが、この世界の人の料理はなかなか期待できそうだ。
「お待たせしました。こちらが亜人用のメニューになります。」
メニューをもらって、パラパラとみていると、どうもおかしい。
この世界の文字を読めないアスタロートには親切でメニューの絵が描かれているが、見たこともない動物の絵と、野菜や果実の絵しか描かれていない。
人が食べている料理のメニューがない。
なるほど、これが亜人用のメニューなのか。
周囲の人間が食べている料理は一つも描かれていない。
「あのー、すみません。」
「はい。ご注文ですね。何にされますか?」
「いやぁ、注文は決まってないんだけど、人用のメニューももらえますか?」
「えっ。はい、分かりました。」
すぐに、メニュー表を届けに来てくれたが、周りの客がこちらの方を見て、ざわざわしている。
凄く、ご飯を食べにくい。
まるで、ジョッピングモールで身バレしたときを思い出す。
あの時も、妙に視線を感じて、何も楽しくなかった。
あの時は何をしてもSNSに上げられそうで、結局何も出来ずに帰ってしまったのだ。
実際、他の俳優は、財布を買ってただの、アイスを買ってただのとSNS上に晒されていた。
有名な俳優になると何をしても、SNSにアップされるようになるが、ここは異世界で、俺はそこまで有名な人ではないはずだ。
確かに、フルーレティーの側近として、この領に突然着たことにはなるが、そんなに変なことはないだろう。
前世で言うところの知事の側近が変わったような者だ。
前世の知事の名前すら覚えていない。
都知事の側近が変わっても、住民は何ら取り立てることはない。
普通に自分が食べたいご飯をたべよう。
「はい。こちらがメニューになります。あのぉ。失礼ですが、人が多いので、ご飯を投げるのだけは・・・。」
「いや、投げないよ。食べますから。」
思わず席を立って、抗議してしまった。
メニューを持ってきてくれた、女性は、ごめんなさいと叫びながら戻っていった。
まったく、俺のことをなんだと思っているんだろうか。
メニューを広げると、いくつかのコースメニューが描かれていた。
なるほど、ほとんどどんな料理か分からん。
とりあえず、あそこの、農家風の男が食べているスープとパンをもらおう。
あまり値段も張りそうにないし、ちょうど良いだろう。
「あそこの男性が食べている。パンとスープをお願いします。」
「はい、分かりました。」
女性が妙に嬉しそうに帰って行った。
「おい、スープってなんだ。」
「あれだよ。あれ、あの男が食べてる奴だよ。できたては、熱いぞ。熱に弱い奴は焼けどものだぞ。」
「おい、マジかよ。おれ、炎に弱いんだよ。」
「静かにしておけ、目立たなければ、標的にならないだろう。いざというときは、お盆を盾にして身を守れ。」
なにやら、周りで何かの果実を食べていた亜人や人たちが、ざわつき始め、完食間際の人は、急いでご飯を駆け込んで帰っていく。
メニュー表をもらった女性の発言から、おおよそ見当がつく。
俺が、リザリンのようにスープを投げると思っているのだろう。
周りを見ても、料理を食べている亜人はいない。
魔人だけではなく亜人も料理を食べる習慣はないのだろう。
本当に心外だ。
だが、人を説得する難しさは、ツチノッコンで経験済みだ。
相手にするのはやめよう。
スープは投げないのだ。
彼らの心配は杞憂に終わるのだ。
よし、このまま、出された料理を普通に食べて、ホテルに行こう。
何も投げなければ、騒ぎになることもなく、誤解も解ける。
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