第11話 戦闘試験開始

手を前に突きだし、氷の斧を作りだす。

これは、異世界に来てすぐに試した技だ。

なんとなく、体が出来ることを教えてくれたのだ。


持ち手は長く、両手でも片手でも振り回しやすいちょうど良い重さだ。

斧をくるりと回して皮の前で構える。


うん。不思議と手になじんでいるな。


他にも、剣や槍なんかも試し方が、一番しっくりくるのが斧だった。


もちろん、斧の戦い方など前世で習ったことなどない。

俳優の役で剣を少し触ったことはあるが、ここまで扱えてはいなかった。

今では体の一部であるかのように操れる。


異世界に来てから、この体で出来ることと出来ないことがはっきりと認知出来ているのだ。

例えば、氷で辺り一面、凍り付かせることは出来るが、火の海には出来ないこと。


そして、こちらに来てから出来なくなったこともある。

泳げないことだ。

まぁ、代わりに空は飛べるが。


「ほう、斧も扱えるのか。」


「えぇ。」


俺は、さも当然と言った感じで答える。

まぁ、俺の人生で斧を扱ったのは、こちらに来て色々試した数分だけなんですけどね。

私は、役者だ。これくらいの嘘は簡単にはける。


さぁ。吊されている皮を切り裂こうではないか。


助走を付け、走りだす。

おおよその距離感は把握している。


ここだ。


体をひねり一回転し、遠心力の力を利用して、上から下へと斧を地面に叩きつけるように振るう。


どぉぉぉん。


轟音と共に、視界が土煙に覆われる。

地面を叩いた衝撃が強すぎて、皮を切った感覚がよく分からなかった。


土煙が収まると、そこには変わり果てた皮の姿がなかった。


「う、うそだろ。」


全く変わらずその場に吊されている皮。

そして、皮の少し手前の地面に突き刺さっている斧。


空振りしたのだ。


斧も使えるのかと問われて、どや顔で扱えると返事したのに、空振りしてしまったのだ。

恥ずかしい。

思いっきり助走して、遠心力を利用して力一杯全力で斧を振るったのに、空振りしてしまった。

恥ずかしいぞ。

周りが、ざわついている。

あぁ。消え入りたい。




冷やぶわっと吹き出してくる。

これは、運動したからではない。冷や汗だ。

どうしよう。台本はどうなっていたっけ、あ。そうだ。

台本なんてなかった。


俺が、この状況を打開できずに斧を地面に叩きつけた体勢で固まっていると。

皮が、スパッと切れた。


切れていたことを知るとすぐさま体を起こす。


切れてた。

切れてたよ。

あっぶねぇぇぇ。


心臓が、未だに早く脈を打っている。


「ほう。余波だけで、あの皮を切るか。」


力将が、何かをつぶやいているが、それに返事を出来るほど俺のハートは強くない。


深呼吸をして、落ち着こう。


「アスタロート、驚かさないでよね。空振りしたと思ったじゃない。」


フルーレティーが何かを言っていたが、手だけで返事をする。

平静を装うのに精一杯だ。


ほてっていた顔から熱が逃げていく。




「ふむ。すべて破壊できたのだな。では、次は、防御力の試験だ。」


力将が前にたつ。


悔しいが、やっぱりこいつはイケメンだなぁ。


「防御試験って、何をするんだ?」


「俺の攻撃を数発耐えてもらう。」


え、まじですか。モコモッコ羊の角を簡単に握りつぶすこいつの攻撃を耐えるの?

まぁ、この後、魔王と戦うのだから、こいつの攻撃くらいは耐えなければならないだろう。


でも、待てよ。攻撃に耐えるってどういうことだ。

攻撃を避けては、耐えることにはならないだろうし。

氷の盾で防御するのも、耐えていることにはならなさそうだ。


中学の頃、陽キャの友達が、肩にパンチを打ち合って、勝負をしていたのを思い出す。

友達は相手がパンチを打つのを身構えて動かずにただただ耐えていた。

つまり、防御試験は、ノーガードで攻撃を受ける試験なのだ。


自分の角を触ってみるが、簡単に粉々になるような強度とは思えない。

これを、いとも簡単に粉々にする筋力の持ち主の攻撃か・・・。


心を落ち着けろ。

深呼吸して、役に入り込む。

俺は、パンチを受ける役だ。

パンチを受けただ耐えるだけ、それ以上でもそれ以下でもない。

それ以外の余計なことはしない。

凄く簡単なことだ。


力将の目の前に立つ。


「この距離でよいのか?」


「あぁ。この距離の方が殴りやすいだろ。」


俺は、力将が殴りやすい位置に立った。

殴るなら、これくらいの距離じゃないとな。

そして、役者の時に習ったが、変に防御すると狙った箇所ではない場所に攻撃が当たるから、動かずに堂々としてほしいとのことだった。


今回も、同じだ。

役に入り込んだ私に、恐怖心はない。

後は、台本通りに腹が殴られるだけだ。


アスタロートもかなり背が高いが、こいつは私よりも頭一つでかい。


「では、まずは軽くいくぞ。」


「角を砕いたら許さないからな。」


俺は、手で角を触りながらそう伝える。


ほう、並の奴は、俺の魔力や存在感に気圧され強張ったり何らかの防御魔法を先に張るのだが、こいつは違うようだ。アスタロートは、俺の前に立っても防御魔法もなくノーガードで堂々としている。

つまり、こいつは攻撃を開始してから防御態勢を整えると態度で示しているのだ。


バールは、魔王を除き東国で最高の戦力。

そんな、バールを前にこれから殴られるというのに、その準備もしない。

そんなことが出来るのは、バールと同じ地位の技将ベーゼルと魔王、西国の特記戦力No.1と2くらいだ。


そいつらと、肩を並べる逸材が、目の前にいるかもしれなかったバールは、試さずにいられなかった。


こいつには、雷をまとって攻撃しよう。


力将の握りしめる拳に雷が宿る。


バチバチバチバチ。


これは、驚いた。

私が、魔法を試行して攻撃の準備をしているのに、アスタロートは防御魔法をしない。

それどころか、魔法を使用するそぶりさえ見せない。

技将バールに殴られるというのにその準備さえしないのは怠慢だ。


そんな怠慢が許されるのは、魔王様くらいのものだ。


それほどに、自分の力に自信があるなら見せてもらおうではないか。


えっ。ただ力を入れて殴るだけじゃないんですか?

なんか、雷みたいなの身にまとっているんですけど。


そう思った時、もう拳は顔面めがけて繰り出されている。


パンチが、ものすごいスピードで顔面に迫ってくる。


「ぎゃぁぁぁぁ。」


思っていた攻撃と違うアスタロートは、反射的に逃げてしまう。


「呆れた。あんたどこまで、逃げてどうするのよ。」


フルーレティーの呆れた声がすぐ隣から聞こえてくる。

とっさに、飛びのいてしまったので、可能な限り移動したのだろうか。


フルーレティーの隣まで移動していた。


「仕方ないだろ。あんなパンチ食らったら死んじまうよ。」


フルーレティーは、防御試験だというのに防御せずに逃げたアスタロートに苦言を呈していたが、そうではない。


普通はあの距離で、攻撃を振るった瞬間に逃げれるものではない。

速さだけなら間違いなく最高峰レベルだ。

今のをただ逃げたと判断するフルーレティーは、やはり戦闘技能で数歩劣っているといえる。


「ほう、今の距離で避けるか。なかなかのスピードだ。だが、これは防御試験だ。防がなければ防御試験にはならない。もう一度やるぞ。」


いや、褒められても全然嬉しくないし、もうやりたくもない。


「攻撃を避けられたのっだから、良くないのか?」


「だめだ。攻撃を耐えなければ、防御試験とはならない。」


ですよねぇ。


兎耳メイドが、私だったら、バール様の攻撃をこの身すべてで受け止めたのに、さっきから、なれなれしいのよあいつ、バール様と気軽に話しやがって気に入らないとブツブツ言っているがそっとしておこう。


ようするに、防御試験は、攻撃を逃げずにそのまま受けきれるかの試験なのだろう。

中学の友達も、パンチの受け手が逃げていると、お前逃げるなよとやじられていた。

あれと同じ考えなのだろう。


もう一度、力将の前に立つ。


先ほどは、普通に殴りかかってくると思っていたのに、雷をまとって攻撃してきたから取り乱して逃げてしまった。

だが、もう分かってしまえば怖くない。

後は、ただただ耐えるだけだ。


バチバチバチバチ。


力将の拳にまた雷が宿る。

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