第5話 イベント進行
図星を突かれムッとしてからの戦闘は早かった。
ムッとした俺は、相手を殴ることに対する決心が付いた。
「おまえ達の連携と覚悟はなかなかよかった。いい経験になったよ。私は、殺しは好まぬのでな、ヒーラーが起きたら回復してもらえばいい。」
「ゲホッ。」
剣士は、仲間をかばうようになんとか立っており、仲間は後ろで重なるように倒れている。
満身創痍だが仲間のために踏ん張っているのだろう。
なかなか骨のある奴だ。
仲間の三人は一発で沈んだのに。
リーダー格の赤髪の男には5発も殴った。
いや、自分や仲間の命がかかっている戦闘だ。必死になるのは当然のことか。
最初に殴ったランサーには、強く殴り過ぎた気がする。
盾の上から殴ることになったから力一杯殴りつけたのだが、ボールのように吹き飛んでいった。
人があんなふうに飛んでいい物ではない。
生死が不安になってさりげなく様子を確かめたが、盾が大きくへこみ、その中心に拳の跡が付いていた。
呼吸音が聞こえるまで、本当に殺してしまったかと思った。
踵を返し助けた少女のもとへ歩き出すと、後ろから、どさっと倒れ込む音が聞こえた。
最後の盗賊も今ようやく倒れたようだ。
「大丈夫ですか。」
座り込んでいる少女に声を掛ける。
「えぇ、簡単な回復魔法を施したからもう大丈夫よ。誰かに助けてもらうなんてずいぶん久しぶりね。あなたずいぶんと強いのね。名前は?」
「私は、明日太郎おっと・・・。」
しまった。
咄嗟に前世の名前をほとんどはっきり言ってしまった。
途中で、気づいたけれど、男の時の名前を言ってしまった。
「ふぅーん。アスタロートね。助けてくれてありがとう。私はフルーレティー。東国の南西地域の領主をしているわ。」
フルーレティーは少し考えて、俺のことをアスタロートと呼んで、右腕を差し出してくる。
俺の名前は、アスタロートと解釈されたようだ。
この容姿で、太郎なんて呼ばれたくないし、今後そう名乗ることを心に決めた。
それにしても、大当たりだ。
最初に出会って助けた少女はまさかの領主様だ。
第一のイベントクリアってところだな。
少女は右腕から羽が生えている。
羽根の毛先は整っており、怪我おしている様子はない。
回復魔法は随分と効果があるようだ。
かわいらしい顔立ちをしていた少女に、傷跡は見当たらない。
さすがは、ファンタジーだ。
有翼人なんて初めて見たし、年齢がよく分からない。
ただ、しゃべり方からすると見た目よりも大人のように感じる。
この世界に来て初めて見る自分以外の亜人だ。
思わずつま先から頭まで凝視してしまう。
膝下は、鳥の足でかぎ爪が4本ある。
ももから胴は普通の人と同じようだ。
腕と翼が一体化しており、体のサイズに対して随分大きい。
そして、髪は、ストレートで毛先は肩甲骨に届くくらい。
そして、顔は、童顔でかわいらし・・・。
「ひぃぃぃ。」
思わず、悲鳴をあげてしまった。
少女をつま先から顔に向けて順に観察していると、少女が盗賊のことを般若のごとく形相でにらみつけていた。
あんなにかわいらしい顔が、あそこまで歪むなんて信じられない。
異世界怖い。
もはやさっきまでの顔の原型をとどめていない。
鋭い目つきを見て、思わず背筋が伸びてしまう。
少女の眼光に物理判定があったら、あの盗賊どもは今頃チリも残っていないだろう。
美人の怒った顔は怖いと聞くが、かわいい少女の怒った顔も怖いのだな。
盗賊の方に目を向けると、先ほどまで意識があった剣士も倒れている。
あいつら生きて帰れるか少し不安になるが、あまり考えないようにしよう。
「とどめは刺さないのかしら?」
「さらっと、怖いこと言いますねぇ!」
少女は、当たり前のことをなぜしないのか不思議そうな顔をしながら聞いてくる。
少女の般若のごとき顔を見てから、このかわいい少女が得体の知らない存在のように感じてきた。
「で、やるのやらないの?」
少女は、大股で一歩私に近づき値踏みするように聞いてくる。
ちょ、近い。
少女の身長はちょうど俺の鳩尾くらいだ。
先ほどの、盗賊たちは俺の肩くらいの身長だった。
どうやら、かなり高身長な種族になったようだ。
それにしても、この少女はかわいい顔をしているが、怖い。
あと発言内容も怖い。
真下から見上げてくる瞳は、小動物のようだが、人の命を奪うことになんのためらいもない。
「やらないです。人殺しは嫌いでね。」
少女が可愛怖くて直視できない、直視すると発言内容と容姿のギャップで脳が爆発してしまう。頬を掻きながらそっぽを向いてしまう。
この世界での人殺しの価値観が分からないが、無駄な殺生を好まないのは悪いことではないだろう。
異世界転生ものでは、ほとんどすべてと言っていいほど日本より人を殺めることに対する罪の重さが軽い。
「でしょうね。あんたの戦い方を見ればすぐに分かるわ。あなた戦闘で一度も魔法を撃たなかったのですもの。それだけの力を持ってして、調和思想なんだ。」
「ん?調和思想?」
ここで、知らない単語が出てきた。
ポピュラーな単語なのだろうか?
知らないことで、怪しまれるかもしれないが、知らないことや分からないことを変に取り繕う必要はない。
自然体で裏表のない性格は他人から好感を得やすい。
「あら、あなた知らないのね。調和思想とは、人族、亜人族、魔族の共存思考のことよ。ちなみに私が作った造語よ。」
「いや、造語なのかよ。知るわけ無いじゃん。」
この世界の一般常識をしらないことを怪しまれるかと思った。
この女性は、見た目はかわいい系なのに、かなりクールなしゃべり方をする。
「あなたは、見かけない種族ね。どこから来たのかしら?」
「あの山の向こうから来た。」
この手の質問は想定済みだ。
遠くに見える背の高い山脈を指さす。
「うそ。あなた、窪地の外から来たの?」
「窪地?」
「そうよ。この土地は、超高高度級山脈に囲まれている。ここにいる人は、この地を窪地と呼んでいるの。極一部の種族しか山越えは出来ないと聞いているわ。」
「へぇ。確かにあの山を超えるのは過酷だったよ。」
しまったなぁ。
適当に遠くにある大きな山を指さしたけど、行き来出来ないほどの山だったのか。
こうなれば、とことんそういう設定にしよう。
「それは、そうでしょうね。どおりで、見かけない亜人種なのね。」
「フルーレティーはどうしてこんなところに1人で?」
「私は、東国西南地域の領主をしている。今日は王都まで、会議に行くの。」
ほらきた。あたりだ。異世界ものの王道展開だ。
助けた女性は、領主様。
これは、褒美も期待できる。
「あなたが良ければ会議まで同行しないかしら。お礼もするわ。」
イベントが進行したな。
同行してイベント終了時には勇者の仲間になれるだろう。
「いいけど。ついて行ってどうなる?」
同行を依頼すると言うことは、道中の安全確保だろうが、念のため聞いておこう。
「王都で開催される首脳会議に参加してほしい。あなたほどの強者がこの窪地に来たのだ。各領首や王に紹介したい。あなたが旅をするのにも役に立つだろう。まぁ、私としては、私の領土でこのまま住んでくれても構わないのだが、それは、おいおい考えておいてくれ。」
よしよし、いいぞ。
王との面会、王道展開だ。
「分かった。」
「よし、そうと決まれば、行きましょう。」
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