2. 本の虫の知らせ

 灰色の雲が空を覆い尽くす。

その景色はまるで、覚めない夢のよう。


日向は窓から外を眺めていて……


「――っ」


突然――

勢い良く店内に飛び込んで来るひとつの影。


ドアベルの音が乱雑に鳴り響く。


「いらっしゃ――って、詩織ちゃん?」


着崩した制服に、ズタズタのバッグ。

……ぼさっとした髪の毛。


「はぁ、はぁ……っ」


息を上げた少女の姿。

彼女の表情は、冷静さを保ったまま――けれど普通の様子ではなくて。


「……これ、見た?」


急に差し出されたスマホの画面。

それを日向は、前屈みで見つめる。


どうやらテレビ局のニュースのようだ。


『……今朝未明ごろ、東京都武蔵野市・三鷹市の井の頭恩賜公園で男性の遺体が発見されました。警察は遺体の身元を、作家の塩口昭介さんと公表しており――今月14日に遺体で発見された田邊一郎さんの事件と関連があると見て調査を……』


動画は、つい一時間前に投稿されたのにも関わらず12万回という視聴回数を誇っていた。


「うん。さっきよりも再生数すごいことになってる…」


日向は思わず絶句する。

これほどの人が、事件に注目しているなんて。


でも――それもその筈だった。


「……第二の、事件?」


詩織は息を殺して彼に尋ねる。


「……とりあえず、どこか好きな席座ってて。お茶入れるから」


――閑古鳥の鳴く店内。

彼女は、昨日と同じ窓際の席に座った。





「はい」


 冷たい麦茶を差し出す。


「ありがとう」


彼女は、それを受け取ると――


「……日向さん」


「ん?」


「この事件……どう思う?」


「え……ど、どうって」


その真剣な眼差し。

じっと見ていると吸い込まれてしまいそうな。


日向は額にそっと手を当て、考える。


「……他殺であることは、間違いないと思う」


「……それはどうして?」


「まず、あんな場所で……それも――塩口先生が」


唇がわなわなと震える。

自分で思っていた以上に、日向は動揺していた。


「……ごめんなさい。いきなりこんなこと聞いて」


「い、いや。良いんだけど……」


「……」


「未だに信じられない。昨日までそこに――」


指し示されたカウンター席は、誰を乗せることもなく…佇むばかりで。


「……塩口先生は事件の解決を強く願ってた。そんな人が、あんな……模倣自殺みたいなことをする訳がない」


「模倣自殺…?」


「……ああ」


日向はスマホを取り出し、マップを立ち上げる。


「これは?」


「井の頭公園の地図」


続けて地図のとある場所を指し示した。


「……ここで、田邊先生の遺体が発見された」


「……」


「そして今回の事件」


日向はポケットからスマホを取り出し、先ほど詩織が見せた動画を再生した。


朝陽の差す井の頭公園――その敷地内を埋め尽くすほどの人だかり。

画面越しでも分かるほど、異様な空気が漂っている。


「ここ」


と、日向は動画を一時停止して。


「……ブルーシートの掛けられてる場所、見える?」


「うん……」


「ここと、地図の航空写真を……」


もう一度マップを開き、照らし合わせる。

すると――


「あ……」


詩織の表情が、一瞬にして凍り付いた。


「これ……おんなじ場所?」


「……そう。田邊先生と、今回の塩口先生の事件――遺体の発見場所が完全に一致してるんだ」


「……」


「事件のが仕組んだ……意図的なものとしか思えない」


偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。

これが日向の意見だった。


「でもそんなのおかしい……」


「え、おかしい……って?」


「どうしてわざわざ……そんなことする必要があるの?」


「……それは、確かに」


今回の事件において――

最初の事件を模倣することが、犯人にとってなにかのだろうか?


「そもそも今回の事件と最初の事件……まだ犯人が同じっていう確証はないけど」


「……うん」


「こんなことされたら確実に、最初の事件と関係あるって思われるはず――」


そこで日向は、ハッとする。


「……日向さん?」


「――」


導き出した一つの仮説。

その異様さに思わず言葉を失ってしまう。


(もしかして……それが狙いなのか?)


――と、その時。

店のドアがけたたましい音を立てて開き。


「――はぁ、先輩っ……あ、詩織ちゃんも」


「あ、明彦……?」


息を大きく荒げたその姿。

今にも、たおれてしまいそうで。


「……見たっすか?アレ」


「――?」






「……何だよ、これ――」


 先ほどの動画。

その、コメント欄に――







『犯人は桐谷日向』







そんな言葉が、連投されていた。

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