第二十二話
「あの、あなたさまが、やよいおうさまですか……?」
その声にハッとして静かに振り向けば、そこには幼いながらも彼の想い人を彷彿とさせる容姿を兼ね備えた〝月〟の少女姫が、不安げな表情をしてその場に立ち尽くしていた。
一瞬、先程まで見ていた陽炎が実体を持って出てきたのではないかと疑心していた夜宵王であったが、すぐにそうでないと理解すると、身に纏う空気を柔らかくし彼女の前に立った。
「……いかにも」
「よかった、です。お会いできて、わたくしはうれしいです!」
あれから何度巡ったか知らない「彼女」は、夜宵王を初めて認識する度に怯え、微笑み、安堵し……それでも邂逅一番に宵闇の君の名を呼んだ。夜宵王は彼女から名を呼ばれる度、湧き上がるこの感情の名を、知っていた。
幼い月詠姫は頑張って、まだ拙くも一生懸命考えながら自分の名前を夜宵王に伝えようとしている。とても愛らしい姿だった。頑張れ、と応援したくなるほどにその姿は健気であった。
「わたくしはつくよみと……。……? やよいおうさま?」
触れられずとも良かった。「彼女」が忘れようとも、自分さえ憶えていればよかった。
「どうしたの? ……泣かないで、」
代替わりを無事に果たした幼い月詠姫が、その小さな両手を目一杯に広げて夜宵王に近付いていく。彼女の健気な姿に夜宵王は何も考えられず、ただ無意識下に涙を流しながら、気付けば彼は衝動的に月詠姫を抱き寄せていた。行き場を失った月詠姫の両手は、静かに彼の背に回し、そして優しく抱き締めた。
「よしよし、だいじょうぶですよ。つくよみが、あなたさまの心をてらしてさしあげます」
ぽんぽんと優しく小さな掌が、心地の良い感覚で彼の背を触れる。幼いながらも、彼女は「彼女」の中に息づいていた。
「……そなたは、温かいなぁ……」
ほろりと頬を伝う雨に、夜宵王は静かに微笑んだ。彼が微笑めば、月詠姫もまた嬉しそうに笑った。
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