第十九話
事が終わり、少しだけ顔を見せ始めた宵の星は、どこか寂しげに輝いていた。
月詠姫は遠くに覗く暁を目視で認めると、小さく溜め息を吐いた。
寝台の奥から服装を整えた夜宵王が、静かに月詠姫の傍らに腰を下ろし、そして彼女の肩を自身に寄せた。星が煌めく宵の空は暁と重なり、実に幻想的だった。
「眠れ、月詠姫。身が持たぬぞ」
「はい……。けれど、決して死ぬことの無い体でも、眠ることは怖ろしいです」
きっと目覚めた時、わたくしはわたくしでなくなるから。
幼子になるから。何も憶えていないから。
月詠姫がぽつりと呟いた言の葉たちは夜宵王の胸に鋭く刻まれた。
「……知っているのだな。代替わりの代償を」
夜宵王は彼女の長く美しい艶髪を梳かすようにして触れる。これは彼女の心を落ち着かせるための行為であったが、実際のところは自分が落ち着くための行為なのかもしれないと思い始める。夜宵王は険しげな表情をし目を伏せた。
「……ええ。歴代の、始まりの〝月〟の姫が遺した記憶を、見てしまいました」
困ったように笑う月詠姫が今にも消えてしまいそうで、夜宵王はゆっくりと彼女をさらに自身に引き寄せ、そして抱き締めた。
月詠姫の体は小さく震えていた。嬉しさからか、恐怖からか。どちらでもよかった。ただ彼女の心が休まるなら、と。
少しして「ふふっ」と微笑む声がした。震えは、なくなった。
「……どこまでもお優しい、わたくしの宵闇の君……。どうかかなしまないでください」
「……」
「代替わりをしても、次のわたくしを愛してくださいませ」
「……当たり前だ。幾度、そなたが替わろうとも、私は必ずそなたを愛すよ」
それが始まりの〝月〟の姫と交わした、最期の約束だったのだから。
月詠姫は一瞬目を見張り驚いた表情を浮かべたが、すぐにその美しい双眸を潤ませ「嬉しい」と笑った。
彼の見る世界の先に自分がいなくとも、それは仕方のないことなのだと、言葉を呑み込んで。
暁が、東雲に変わる。
もうすぐ日が昇る頃だ。これから照胤王が照らす民の国は、どれほど美しいのだろう。それを知る術が夜宵王にはなくとも、想像することは容易にできた。
一刻でも長く、長く、今日という日を記憶に刻み込むため、二人は肩を寄せ合いながら変わりゆく空を眺め続けた。
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