第十八話

 不安に揺れる瞳が〝夜〟を掴んで離さない。震える声で、彼女はまるで確かめるように夜宵王を呼んだ。


「……夜宵王様」

「なんだ」


 素っ気ない声。けれども決して冷たくはない、温かい声。震えていた。

 彼の表情は、俯いてしまって読むことは難しい。月詠姫は柔らかく微笑み、以前から胸に秘めていた事柄を夜宵王に願ってみた。

 今日が、彼と触れ合える最期の日なのだから、これくらいは許してほしいものだ、と天を睨んで。


「月詠は我儘を言いたいです」

「構わない」

「手を、繋いでください」

「いいだろう」

「わたくしが眠るまで、ここを去らないで」

「ずっといてやる」

「月詠と、接吻キスをしていただけませんか?」

容易たやすい願いだ」

「ふふ、嬉しい」


 ゆっくりと月詠姫の口が夜宵王の口元へと近付く。優しく触れ合えば、夜宵王は彼女の後頭部に手を回し、支えながら深く接吻を求めた。


 甘く蕩けてしまいそうなほどの愛情を受け、月詠姫は無意識の内に涙する。多幸を感じて、身も心も可笑しくなりそうだった。


 これが最期となるのだから、幸せな夢を見たところで誰からも咎められることはないだろう。月詠姫は恥を捨て夜宵王を求めることだけに意識を向けた。あとは簡単である。月詠姫だけの王は、彼女が望むままに、彼女を愛し尽くした。夜宵王もまた、今宵が彼女に触れられる最期の日だと、理解していたから。


 蒸気する頬を冷ややかな指が撫でる。触れられた場所がすぐに熱を帯びては失せていく。失せゆく愛おしい熱に、まだいかないでと叫びたくなった。


 童じゃあるまいに、と、誰かが後ろで囁いた。


 その声は知っていて、知らない声だった。おぞましくて、思わず力加減を忘れて月詠姫は夜宵王を抱き締める。少しだけ腕が震えた。それを気付いてか、夜宵王は優しく彼女を抱き締め返した。


 嗚呼、幸せだ。

 いつまでもこの温もりが残っていてくれればいいのに。


 月詠姫のささやかな願いは、この夜限りは消えることはなかった。

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