第十六話
今宵の天帝はえらくご機嫌のようで、顔から笑みが離れない。訊くなら今かもしれない。そう思い立った月詠姫は一度こくりと喉を鳴らすと天帝の正面に向き直った。
「天帝、お訊ねしたい儀がございます」
「我は今気分がいい、申してみよ」
「……何故我らに『心』というものをお与えになったのですか?」
それは純粋な疑問だった。
今までの記憶が無い彼女の、ただただ真水のように澄んだ問いだった。
天帝は特に考える素振りも見せず、
「面白いと思ったからに決まっている」
と言い捨てた。
「煩わしいだけでございます」
「だがその『心』をどう扱うかは、結局のところお前たち次第ではないか?」
「――――」
「分け与えたのは我であれど、その先は己の気一つであろう」
月詠姫は、目を見張った。天帝の言っていることは、悔しいが正しかった。確かに、与えたことに関与はしていても、その先の、人格形成には天帝は関与をしていない。
ただ傍観し、面白がり、飽きたら
天帝の行っていることは、まるで我儘を言う
彼女が黙ったことをいいことに、天帝が
「――ああ、そうそう。次の満つ月の頃に月蝕を行おうと思う」
「……はい」
「日の狼が飢えているようであったから、今回は少々早めにしたくてなあ」
「……左様でございますか」
「なぁに。痛みなど無く儀式は終わる。安心せよ、我が〝月〟よ」
「はい」
天帝は湯呑を縁側に置くと、すっと音もなく立ち上がり、感情を落とした月詠姫に静かに近付いた。「知らぬというのは、時に、怖れをも打ち消すか」と低く小言を呟いたかと思えば、すぐに口角を上げ彼女に嗤った。
「ではまたな、月詠姫。我が美しき月の子よ」
そして彼女の肩に一度触れると、天帝は気分を良くして天蓋宮から姿を消した。
痛みなど、どうでもいい。幸せが崩れ去る音が、遠くで鳴り響いている気がした。
湯呑の中身は、既に冷め切っていた。
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