第八話

 照胤王は〝日〟の化身である。


 太陽のように燃え上がる短髪が勇ましく、筋肉質な体はどのような苦境に立とうとも負け知らずだろう。元来明るいその性格は〝日〟の王と云われるだけあり、民の世界を日々明るく照らしている。


 今朝も無事に世界に日を灯した照胤王は、夜までの暇を過ごそうと天蓋宮に足を運ぶ。きっと今の時間帯は起きていることだろうと確信しての来訪だった。


 先刻の夜宵王のことが気になったのだ。彼がああなる理由は決まって「彼女」に何かが及ぼうとしている時だ。



 真昼の月というものは儚く、その姿を把握するのにも一苦労する。

 さらに今宵は新月だったなと一人胸の中ごちる。新月の日は酷く体調を悪そうに顔を青くして眠っていることが多い月詠姫。生きる力を失ったような顔色に、毎度ながらぞっとする。

 それでも彼女は生きている。今日も、明日だって。

 全ては〝夜〟に一刻でも早く長く触れたいが為と、照胤王は知っていた。


 勿忘草の庭を抜けると、目の前の光景に照胤王は素直に驚いた。くだんかたである月詠姫が庭に咲く花を愛でていたのだ。新月に動く彼女を見たのは、実にいつ振りだっただろうか。そんなことを考えていると、照胤王の姿に気が付いたのか月詠姫は彼に振り向き微笑んだ。


「よお、月詠姫」

「照胤王、お久し振りでございます」

「本当にな。元気そうで何よりだ」


 最近、見かけなかったから、余計に。

 その言の葉たちを照胤王はぐっと飲み込む。不自然な呼吸をしてしまったおかげで胸に空気が詰まったような感覚がぎった。表情を変えずにいられたことを褒めてほしい。


「そう……今宵は漸く、夜宵王様と手を繋げるのですから、居ても立っても居られず……」


 月詠姫の言葉が萎んでいくので最後の方は聞き取ることが難しかったが、彼女の赤面する姿を見れば何を言っていたのかは一目瞭然だった。この日をどれだけ心待ちにしていたことだろう。それは彼女の目元が物語っていた。


 手を繋ぐだけで。

 手を繋げるだけで、彼女は幸せなのだ。


 彼らの悲愛は今に始まったことではなかったけれど、照胤王には多少なりと思うところがあり、彼らを見かける度に心を痛めていた。照胤王は儚くも心の底から幸せそうに微笑む月詠姫を眺めて「そうか」と静かに微笑み返した。


「はい。ふふ、早く〝夜〟の君がいらっしゃらないでしょうか? ねえ、照胤王?」

「くはッ! 〝日〟の王が照らす世界を目の前に〝夜〟の話題を出すか〝月〟の姫よ。まったく、貴殿は予想外のことを言う」

「それほどまでに今宵を焦がれておりましたから」

「目の前にその弟がいるのにか?」


 照胤王は月詠姫の前に立ち、彼女に影を作る。


 くつくつと笑うその端正な顔立ちは、兄である夜宵王に似ているものの、似ているだけで心は動かない。

 彼に対する「好き」と目の前の王に対する「好き」は持つべき感情が違うのだと月詠姫は自覚していた。


「貴方様と夜宵王様は違いますでしょう?」


 だからこそ彼女はそう言い切った。貴方に向ける感情は、恋慕のそれではないと。照胤王も分かっていて、敢えて訊いたのだ。彼女の意志の強さに思わず笑いが込み上げる。


「ここまで言い切り捨てられるとは! いっそ清々しい! ……安心せよ、月詠よ。俺に貴殿への恋慕の気は無い」

「存じ上げておりますとも」

「……ただ、家族として、友人として、愛していると。それだけは憶えておいてほしいところだがな」

「ふふ、そちらも存じ上げておりますよ?」

「本当か?」


 月詠姫との会話には「家族」の愛を感じる。居心地が良くて、いつまでもこの時間が続けばいいと思っていた。

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