第六話

 夜が明ける――重たい体を引きりながら、回らない思考の海の中、夜宵王は他人事のようにそう思った。


 そろそろ自分が起きていられる時間が終わる。今夜は、あまり休まる気がしない。とても気の落ちた夜であったと苦笑する。

 それもそうだろう。愛する〝月〟のを告げられたのだ。夢を見るには最悪な心地だった。


 勿忘草の庭から天蓋宮を出て、帳の境界へと足早に向かえば、すでにそこに先客があった。


「……照胤」

「――お、漸くお出ましか、我が兄上殿」

「早いな」

「いやいや。兄上が遅れてきたんだろ。夜が長くて今夜は冬至かと思ったぜ……って、なんだ、えらく機嫌が悪いじゃねえの」

「……何も訊くな。耳障りだ」

「くはッ、ひでぇな」


 仮にもだろうに、と小言を続ける照胤を横目に、帳の境界にある自身の寝台へと体を沈み込ませる。照胤は何を思ったのか、夜宵王に近付きその顔を覗いた。


「……なあ、具合でも悪いのか?」


 その声音は案外優しさの色を含んでいて、夜宵王は思わず伏せた瞼を持ち上げた。不思議そうな表情をして覗く弟に、この気持ちをどう説明すればいいのか思案する。


 感情というものが己の中にあること自体、危うい変化だと思う。そのことを随分と昔に照胤王に告げたことがあったが、あろうことか彼は、感情は生きていれば誰でも持ち合わせるものだろうと答えたのだ。


 人ではない、人の形をした世界の歯車に、感情があってもいいと言い切った。

 これは、そういう〝王〟であったと不意に思い出す。


「……たわけ。私たちに民のような概念など無いだろう」

「まあ……そうなんだけど、よ」


 バツが悪そうに眉をひそめる照胤王を、夜宵王は可笑しく思った。もう慣れてしまったこの〝当たり前〟に、照胤王はそれでも心を揺らがせる。そんな優しい日の光が少しだけくすぐったく、同時に嬉しくも思うのだ。

 帳が明ける。夜宵王の意識は微睡みの海へ沈み始めた。


「……ほら行け。私はもう寝る」

「分かったよ」


 帳に振り返った照胤王の背は、太陽のようだった。


「照胤……〝日〟の王よ。世界を照らせ。〝夜〟は、明けた」

「……心得た」


 照胤王が帳を飛び出す。

 朝日が昇る頃、夜宵王はその温かさに目を細めるとふっと微笑んだのだった。

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