第3話 やくそく
俺は2年連続で花子との約束を果たせなかった。
その歳俺は10の歳を迎えた。今までよりちょっぴり大人になった気分で、花子にも自慢しよう、そう思っていたのに。
祭りの当日、俺はとてつもない高熱を出してぶっ倒れた。
親父は手伝いやらで出かけてしまい家には母ちゃんと俺が留守番をした。行けなくなってしまったことを花子に伝えなくては。そうしないと花子はいつまでもあの場所で待ってるに違いない。
狐の面をふたつ持って、寂しそうに遠くの祭りの灯りをひとりで眺めているんだ。
そんなら光景がありありと浮かび、俺は考えるよりも先に身体が動いて布団を抜け出そうとして、でも身体が半分くらい出たあたりで力が抜けてへたりこんだ。
すぐに母ちゃんにも見つかって、怒られながら布団の中に戻された。
「母ちゃん、友達に行けないって伝えなきゃ……」
「何言ってんのこんな熱出して。父ちゃんがお前が熱出して私が来れないことを伝えてくれてるから、直に友達にも伝わるさ」
「それじゃあダメなんだよ……」
それじゃあダメだ。花子はひとりで祭りの輪に入れない。
花子は俺が来れないって事を知ることが出来ない。
約束を破ってしまった。花子を悲しませてしまう。
花子を待たせていることへの申し訳なさと同じくらい、来年花子が来てくれなかったらどうしようという不安が熱にぼうっと浮かされた頭の中を渦巻いている。
怒られるならまだいい、でも、嫌われたら、拒絶されたら……
俺はその夜ずっと、花子……花子……とうなされていたらしく、翌朝元気になった俺に、母ちゃんがにやにやした顔で花子って誰?って聞いてきた。
「知らね!」
おわんで顔を隠しながら朝飯をかき込むと、俺は早々に花子との約束の場所に向かった。
いる訳がないのは分かってるけど、念の為。何か置き手紙とかあるかもしれないし。
でもやっぱりそこに花子からの伝言も何もなく、ただただ寂しげに森の木々が揺らめいてるだけだった。
その次の年は、夏祭りの3日前に嵐がやってきた。家が崩れるのでは無いかと思うほどの強風と雨の中、夏祭りがちゃんと開催されるのかどうかだけが心配だった。
「母ちゃん、あと3日で嵐終わるかな」
「3日って?ああ、夏祭りね。でもこの嵐じゃ村の大人たちはそれどころじゃないと思うよ。それにこの風じゃ組み立てたやぐらもどうなってることか……。」
「えぇ!夏祭りやらないの!?」
「母ちゃんもわかんないよ。嵐が去ってくれないことには……。それよりもあんたはうちの畑の心配しなさいよ……ってねえ、聞いてる?」
母ちゃんの話は当たっていた。
幸いにも翌日には嵐は去ったものの、村は嵐の後の回復作業に追われていた。俺も親父に連れられて、畑の見回りと隣家の壊れた屋根の修復の手伝いをした。大人も子供も忙しなく動いていて、夏祭りの直前の浮かれた気分なんてなくて、日常を取り戻すのにみんな必死だった。
「……うわぁ、」
「やばいな……」
「大変なことに……」
祭りの会場には村の男たちが集まっていた。俺も親父の後ろにくっついて会場に向かうと、みんな何か嘆くような言葉を口々に漏らしていた。
大人たちの隙間をぬって俺も会場に目を向けると、俺もまた、うわっ、と驚いた声を漏らしてしまった。
夏祭りの会場は、大量の泥や折れた木の枝に埋め尽くされていた。
「親父、これなにがあったの……?」
「山が崩れたんだよ、ほら、上見てみろ」
そう親父が指さす方向に顔を上げると、山の斜面の1部が削り取られたように土色に変わっていた。木々のある場所と山肌がむき出しになった境目がはっきりとしているのが妙に印象的で、俺はいつもと違う山の景色に凄く怖くなって身震いをした。
「この規模で済んでよかったな。もっと大量にくずれていたら誰かの家に届いていたぞ」
男たちの誰かがいった。
良かった、村の皆は無事らしい。
……花子は?山に暮らす花子は大丈夫なのだろうか?
「山に住んでる人は大丈夫なの?」
俺が漏らした疑問に、村の誰かが答えた。
「こっち側の山には今は誰も住んじゃねぇよ。だから大丈夫だ」
違う、花子は山に住んでで、みんなが知らないだけじゃんか。
でも俺は何故か花子の事を口に出せなかった。
親父に言えば村人を集めて捜索してくれるかもしれないけど。
どうしても言い出せなくて、俺は花子が無事であることだけを心の中で必死で祈っていた。
盆踊りの舞台であるやぐらは土砂の中に埋もれてしまった。
村人の中には命の危機に瀕している人や、畑が全滅してしまった人もいた。
その年の夏祭りは開催されず、山崩れが拡大する恐れから、会場から山の麓まで広く立ち入り禁止になってしまった。夏祭り当日にこっそり抜け出そうとした俺は親父に見つかりゲンコツをくらった。
俺はその年も花子との約束を破ることになってしまった。
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