第2話 祭りの夜

祭りの夜

祭りの日は毎年母ちゃんがお小遣いをくれていた。うちは裕福ではないからちょっとしたお金だったけど、友達と遊ぶには十分だった。


俺はそのお金で花子とふたりで遊び回った。射的はふたりで弾を分け合った。りんご飴はふたり揃って面をずらして交互に齧りあって、あっという間に食べきってしまった。ふたりで遊ぶとお小遣いはあっという間に無くなってしまう。それでも俺は、面の隙間から僅かに見える花子のほっぺたが楽しそうに持ち上がってるのを見るだけで、満足だった。

「……来年までに沢山お手伝いしてお駄賃もらわないとなー」

「太郎なんか言った?」

「……秘密!」

「あ、真似したな?」



花子と一緒にいるのはとても楽しいのだけれど、不思議な事がいくつかあった。


花子は俺たちの流行りの遊びや村のことを全然知らなかった。

「花子って学校どこに通ってるの?俺らの小学校じゃないよね」

「うーん、秘密ってことにしとく」

「えー、またそれ?花子変なの」

「ふふふ」

でも花子は俺が話す事に楽しそうに笑ってくれる。メンコ屋のおじさんがむかし俺の親父と酒を飲みすぎてふたり揃って母ちゃん達に土下座してた話をすると、腹を抱えて笑うものだから、俺はすっかり上機嫌になって色んな話をした。

代わりに花子は山のことに詳しかった。今の時期に咲いている花や山菜のこと、危険なきのこを村人が取ろうとしていたから俺を気をつけるように、と見分け方を教えてくれた。

「花子は山に住んでるんだね、だからそんなに詳しいんだ。ホントすごいよ!母ちゃんに教えたら絶対喜ばれるよ!」

「ふふふ」

「あ、また笑って誤魔化した。ずるい」


花子はまた、神輿を見ると身体を強ばらせて、避けるようにして背中を向けた。きっと初めて見たから大神輿や大人の掛け声が怖かったのかな、そう思って話しかけた。

「神輿担ぐの楽しいよ?見た目ほど重たくもないし、肩も痛くないよ。それに俺の友達も沢山参加しているんだ。絶対仲良くなれるよ」

でも花子はいやいやと首を横に振るのだった。

次の年に花子を子神輿の担ぎ手に参加しようと誘ったけれど、激しく拒否されてしまった。俺は毎年の楽しみなのにと少し肩を落とした。

「ごめんね、太郎。行ってきていいよ。自分はもう帰るから」

俺は慌てて花子を引き止めた。神輿は残念だけど、花子が帰るのはもっと残念だ。


花子は反対に盆踊りが大好きだった。盆踊りに参加する人々は各々面を被って輪になって踊る。花子はその輪の中に入ろうと俺の腕を引っ張って誘うのだった。

花子に借りた面をつけて踊る盆踊りは、いつもとは比べ物にならないほどの高揚感を感じた。中央の台から吊り下げられた提灯は、幾重にも重なる光で俺たちに降り注ぐ。太鼓の音、歌い手の声、踊る手足はもはや意識せずとも音に乗り、身体は浮いているかのように軽く、空が近づくような感覚にさえ包まれた。


夢心地の中踊っていると、ふと耳元で囁かれた。


「もうお祭りはおしまいだよ、さあ、帰ろう」

花子はそう告げると背を向けて山の方へ走り出した。


俺はしばらく夢と現実の狭間で惚けていたが、ようやく花子が帰ってしまったことを理解すると、慌ててその後を追いかけた。


「花子、祭りはまだ終わらないよ。これから花火をするんだ!小さな打ち上げ花火と手持ち花火をみんなでやって、祭りは終わるんだよ。もう少し一緒に遊ぼうよ」

「うんん、ダメだよ太郎。自分はここで終わり。さあ、面を返して」

気づけば草原をぬけて森の麓まで来ていた。くるりと振り返った花子は、手をこちらに差し出した。俺は面をとると、しかし花子には返さずに両手でギュッと握りこんだ。

これを返したら俺たちのまつりが終わってしまう。寂しい。俺はもっと花子と遊びたいのに。

花子は、そんな俺の感情を察したように、落とすように笑った。

「来年もここにいる。迎えに来てくれる?」

「…………いく、絶対いく。約束だからね」

「うん、約束」

「まって、約束は指切りしないとダメ!」


俺は花子の指を掴んで小指をたてさせると、俺の小指を絡めた。

「ふふ、太郎ってなんだか可愛いね」

「はぁ?可愛いってなんだよ。俺よりも花子の方が……」

「俺の方が、何?」

「……なんでもない」


森の中に帰っていく花子を見送る。俺達は毎年約束を守った。夏祭り以外の時期は、花子は来れないって言ってたから、夏祭りでしか会えないから。だから毎年必ず迎えに来てたのに。


先に約束を破ってしまったのは俺のほうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る