ふたつの面
@suny
第1話 花子と太郎
俺の住む集落では毎年盆祭りが開催されていた。
色んな出店から漂う美味しそうな匂い、祭り独特の浮かれた雰囲気、いつもなら怒ることでも許してくれる父母。
村人たちは色鮮やかな浴衣を着たり、露天に売られている面を被ったりして、いつもは質素な暮らしをしているみんなが、まるっきり別人に見えてドキドキする。
俺は祭りが大好きだった。
はし祭りの催しで大きなものはふたつあった。
ひとつは神輿担ぎ
もうひとうは盆踊り
神輿担ぎは、大きな神輿を大人達が担ぎ、その周りを俺たち子供が小さな神輿を担いで会場一帯を練り歩く。
大人たちは担ぐ人が決まってたけど、子供たちは自由参加、言うなれば早いもん勝ちだ。招集がかかると我先にと駆け寄って、籠に入ったはっぴを取った人が勝利者となって神輿を担げる。
今年も大きな声で号令がかかった。
「急ぐぞ」らはす
友達にそう促されて背中を叩かれた俺は、走り出そうとして、しかし強い尿意を感じて思わず足を止めた。今並んだら、神輿をかついだら、多分間に合わない。しばらく友達の背中を見送りながら悩んだけれど、恥をかくわけには行かない。将来ずっと笑いものにされてしまう。
俺は会場近くの草むらに走った。
「……間に合った」
ふぅ、と大人の真似事のようにおでこの汗を手の甲で拭い、身支度を整えていると、届くから神輿の掛け声が聞こえてきた。今年は神輿に参加出来なかった。
そうなると少し悔しさもあり、俺はしばらくその草むらを足蹴にしながらふらふら歩いていた。
気づけば森の麓まで来ていた。もう日も暮れており、祭りのあかりが届かない森の中は、しんとした暗闇の中にあった。
1人でここまで来ていた事がバレると、また親父に怒られる。
ゲンコツを想像してぶるっと寒気がした俺は、腕を擦りながら踵を返そうとした…………そこで、俺は生涯忘れられない人と出会ったのだった。
「寒いの?」
急に聞こえた人の声に、俺は振り向きながらもしりもちをついてしまった。
その少年はそんな俺を見て、驚かせてごめんね、とくすくすと笑った。麓にある大きな石に腰掛けて居て、身につけている古い麻の着物は丈が足りておらず膝小僧が見えている。
まさか人が居ると思ってなくて俺はしばらく放心していて、やがて笑われた事に恥ずかしくなって俯いてしまった。
「笑ってごめんね、顔をあげてよ」
「……もう笑わない?」
「笑わないよ」
顔を上げると、少年は笑顔でこちらを見ていた。それは友達にからかわれている時のそれとは違う、優しい笑顔だった。
その笑顔に安心して、俺は少年に話しかけた。
多分祭りで浮かれてたんだと思う。
「祭りには行かないの?」
「うーん、行きたいんだけど、1人では行けないんだ」
「親がダメって言うの?」
「うんん、誰かと一緒じゃないと行けないの」
「ふうん。じゃあ俺と一緒に行こ!神輿担げなくなって暇だったんだ。一緒に遊ぼう!」
「いいの?」
少年は、ぱあっと顔を輝かせた。その顔が可愛らしくて、俺は嬉しくなって少年の手をとって祭囃子が聞こえる方に引っ張った。
「名前はなんて言うの?」
「うーん、秘密」
「秘密だと名前呼べないじゃん。不便だよ。教えてよ。俺の名前は……」
「じゃあ君のことは太郎って呼ぶ。俺の事は……花子って呼んで」
「えー、俺太郎じゃないし、花子って女の子の名前じゃん。おかしいの」
「ふふ、お祭りだもん、少しくらいおかしくてもいいでしょ?」
花子はとにかく楽しそうに草原を掛けていくから、俺もまあいっか、なんて思って、それよりも可愛らしい友達が出来たことに胸が高鳴って楽しみの方が強かった。
祭りの会場に入る1歩手前、花子はピタリと足を止めた。
「花子?どうした?」
「太郎、この面をつけて欲しいんだ。俺も付けるから。祭りの間、貸してあげる」
花子に差し出されたのは、木で出来た狐の面だった。
受け取りながら、なんでだろうと思い花子を見ると、花子は既に面を装着していた。
目元に朱が入った狐の面は、不思議と花子に似合っていた。
俺も花子を真似て狐の面を被る。すると不思議な気分になった。
視界は悪くなるし花子と手を繋いでないと直ぐにはぐれてしまいそうだ。しかし、いつもの俺とは別人なれたような、違う世界に来たような、ふわふわとした感覚。毎年見ている祭りの屋台のあかりすら、何重にも光が重なりキラキラと輝いているようだった。
「何これ、楽しいね!行こう、花子」
「うん、行こう、太郎」
それから毎年、俺は花子と祭りに参加した。
待ち合わせ場所は森の麓。
毎年、件の狐の面を被りながら。
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