1-13 岩永朝司

 岩永朝司は自宅の三和土の上に立ちながら「ただいま」と声をあげた。だが、返答は無い。いつからだろうか? 岩永家の空気は重く淀んでしまった。


 朝司の両親が事故で死に、母方の叔父にもらわれてきた時は、お互いに気を使いあっていたかもしれないが、それでも家族だった。中学高校と、うまくやれていていたと思う。


 朝司は玄関から、そのまま二階へ続く階段をあがっていき、廊下の手前にある部屋の前で止まった。


「ただいま、木葉」


 返答が無いのは、わかっている。

 引きこもりになってしまった木葉はもう、朝司と話す気が無いのだ。それもしかたがない。木葉が、こうなってしまったのは自分のせいなのだから。


 悔やんでも悔やみきれない。

 だからこそ、思うのだ。


「俺が必ずお前をここから出してやるからな」


 返答は無い。


「お前がどう思ってるのかわからないけど、義理でも俺はお前の兄貴だからさ」


 部屋の中から気配すらしない。もしかしたら、眠っているのかもしれなかった。


 朝司は奥にある自分の部屋へと歩いていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る