第二話 FLOAT

2-1 小井塚咲那

 恋塚咲夜――小井塚咲那のペンネームである。


 SNS上でエゴサーチをすれば『恋塚咲夜 次作』とか『恋塚咲夜 次巻』とか検索候補にあがってくる。代表作――というか、一作しか出版してないが『君の背中で涙する』略して『きみせな』は、高校を舞台にした恋愛モノで、スパダリなイケメンが病弱で引っ込み思案な主人公を助けてくれたり、別れたりして、紆余曲折あって最終的にハッピーエンドになる物語だ。


 大手ネット通販サイトのレビューには辛口コメントもあったりするが、おおむね好評価であり、重版もかかった。ネット番組でドラマ化の打診もあったとか編集者に言われたが、途中で流れたらしい。そういうことは、よくあることだそうだ。


 最初はネットの投稿サイトで細々と書いていた。ランキング上位に食い込むような作品ではなかったが、PV数だけでも一日一万程度は越えていたのだ。応援してくれるコメントに応えたくて、一年ほどかけて完結させた結果、出版社から声がかかり書籍化することになったのだ。


 だが、それ以降、恋塚咲夜は新作を発表していない。


 求められているのはわかる。

 正直、ありがたいし、応えたい。


 だが、書けないのだ。


 端的に言って、書くべきことが無かった。

 少女漫画に出てくるイケメンに自分もチヤホヤされたい、という衝動の赴くままに『きみせな』を書いた結果、褒められ、認められた。ファンもできた。だから、承認欲求は満たされてしまったのだ。


 それに、承認欲求を満たすためだけならファンの「新作待ってます」という言葉だけでも充分だし、なんならゲームで事足りる。


 女性向けビジュアルノベルゲームいわゆる乙女ゲーに咲那はハマっていた。

乙女ゲーはいい。

 登場人物は全員イケメンだし、主人公である自分をチヤホヤしてくれるし、何よりCV寺島拓篤である。

 推しキャラとのイチャイチャシーンをニンマリ笑いながら楽しんでいたら、不意に手が止まった。


「うあっ! またやっちゃってる!?」


 小説を書こうとパソコンに向かっていたはずが、気づけば携帯ゲーム機で乙女ゲーをしていた。しかも五週目だ。CGもシーンもボイスも全て回収済みなのに、これ以上、なにをやると言うのだろうか?


「やめられない止まらないとか、ほぼ麻薬じゃんこれ……おっかない……」


 咲那はセーブを終え、ゲームの電源を落とし、ため息をついた。


(スランプだ……)


 処女作である『きみせな』のような話は書こうと思えば、いくらでも書ける。量産は可能だ。だが、それをやろうとすると、歯車がかみ合わないような不快感に襲われ、手が止まってしまうのだ。そうなると手持無沙汰になり、逃げるように乙女ゲーに向かってしまう。


あるいは新作が失敗した時のことが、怖いのかもしれない。


 前作のほうが良かったとか、一発屋だとか、つまらないとか言われたら、それこそ筆を折ってしまう自信がある。


 だから、次に書くものは今の自分を越えなければならない。だが、そんな考えは根っこの部分にある自分自身の衝動や欲望には沿っていなかった。そんな向上心だけで、小説が書けるなら、世の中全員意識高い系になればいい。


 咲那は印税で買った椅子にもたれかかりながら天井を見上げた。蛍光灯の灯りを見たところで打開策が出てくるわけでもない。


(早く書かないと……)


 ネット小説業界は移り変わりが早く、流行り廃りも激しい。人気が出れば、一気に読者が集まり、廃れれば、それ以上の速さで消えていく。


「とは言ってもさ~……」


 マウスやキーボードをいじりながらも、意味のあるテキストは生まれてこない。


「ネタが無いんだもん……」


 明日、朝司に愚痴りながら、コイバナを聞き出そうと思う咲那だった。

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