1-9 岩永朝司
ここ一週間ほど、岩永朝司は咲那と会っていなかった。
五月も中頃を過ぎ、そろそろ蒸し暑くなってきた頃合いだ。中間テストのテスト期間ということもあって、朝司も朝司で咲那にコンタクトは取らなかった。
だが、テスト期間も終わり、冬月の件はどうなかったのかと疑問に思ったので、朝司のほうから咲那に聞きに行くことにした。
昼休みである。上城北高校には食堂は無く、購買がある。それを利用しない生徒は弁当持参だった。部活動に所属していなければ、大抵、教室で友人と昼食を摂るのが普通である。
だが、二年三組の教室に咲那はいなかった。人とのコミュニケーションが苦手だと言っていたので、おそらく一人でいるのが好きなのだろう。朝司には理解しがたかったが、その手の人種がどこで昼ごはんを食べるのかの知識はあった。
さすがにトイレで食べるというのは都市伝説だと思いたかったし、女子トイレに入り込むわけにはいかない。ひと気の無い場所と言えば、校舎裏か、屋上に続く階段だ。校舎裏はやや素行の悪い連中が集まる傾向にあるため、屋上だろうと当たりをつける。
「やっぱりいたか」
屋上への扉前のスペースで咲那はアンパンを食べていた。上城北高校の屋上は解放されていない。扉には鍵がかけられており、人がほとんど来ないのだ。日当たりも悪く、風も通らないため、少しジメジメしている。
「よかったよ。君がトイレでごはん食べてなくて」
「トイレは試してみようとしたのですが、さすがに衛生的にちょっと……」
言いながらアンパンを食べていく。はむはむと小動物が餌をかじるような食べ方だった。
「あのアカウントの件はどうなった?」
咲那は決まり悪そうに食べるのを止め、視線を逸らす。
「うまくいってないの?」
言いながら朝司は咲那から少し離れた場所に腰をかけた。咲那はうめくように口を開く。
「……開き直られちゃったんですよね」
「説明してくれない?」
「いろいろありつつも途中まではうまくいってたんですよ。先ず、私は当初の計画どおり、相談者こと冬月拓志に弄ばれた女子Aとして悪口アカウントにコンタクトを取りました。でも、無視されました。何度かDMを送ったのですが、反応は無かったので、今度は情報をタレこみますというアプローチをとったんです。そしたら、反応があったんです」
「それで仲良くなれたの?」
「はい。いろいろテクニックを駆使したら簡単でした」
「テクニック? 例えばどんなことをしたのさ?」
「先ず、タレこみ、という時点で一つのテクです。相手の好奇心を刺激します。そのうえで、相手を持ち上げ、こっちは何も知らないバカの振りをするんです。それでいい気分にさせて油断させてしまえば、人は自然と口が軽くなります」
つくづく詐欺師の手法だなと思った。
「そのうえ、相手の趣味趣向を把握。男性アイドルが好きだそうなので、共感する風を装い、今度一緒にライブに行く約束までしました」
「めっちゃ仲良くなってんじゃん」
「で、どこの学校に通っているのかまではそれとなく把握できました。直接は聞きませんでしたけど」
「なんで触接聞かないのさ?」
「だって、次に脅すんですよ? 私から情報が流れたと思われると、いろいろ厄介じゃないですか。友達に裏切られたと思われたら、彼女も傷つくでしょうし」
「騙してるのに変なところで優しいんだね……」
「岩永さんも言ったでしょ? 嘘の中には優しい嘘もあるんです。どうせなら、優しく終わらせたいじゃないですか」
「それで、学校は特定できて、個人まで特定できたの?」
「静水女子高等学校。私立の女子校です。で、相談者の中学が東船橋中学ですよね?」
朝司が通っていた中学なので「うん」とうなずいた。
「東船橋中学の卒業者で静水女子高等学校に入学した生徒の数は四人。そのうち三人が相談者とつきあったことがあるそうです」
「そこまで調べたんだ?」
「……それが一番大変でしたよ」
疲れた顔でうつむいていた。
「なにかあったの?」
「先ず、悪口アカウントに羅列されていた相談者の過去の女性遍歴をリスト化し、クラスメートの東船橋中学出身の人にいろいろ尋ねました。これがしんどかったです」
思い出しただけでも疲れてしまうのか、声に張りが無い。
「その後、その人の伝手で三年生の先輩を紹介してもらい、いろいろ教えてもらいました。あとは一応、一年生のほうにもいろいろ聞いて回り……」
「小井塚さんって、コミュ障なのに行動力はあるよね」
「あー! コミュ障って言ったー! 私はコミュ障じゃないです! 自ら進んで孤独を選んでるんです! 孤高の戦士なんです!」
ぷんすか怒りながら睨んできたので「ごめん」と謝っておく。
「それで、いろいろ情報を精査した結果、東船橋中学から静水女子に進学した生徒は全部で四人。そのうち三人が相談者の毒牙にかかっていました」
「それはすごいね……静水ってお嬢様学校じゃん……」
「それで、三人のうち二人には彼氏がいると判明したんです」
「そこまで調べたの?」
「まあ、SNSを追っていけば簡単ですよ。直接彼氏がいるって公言しちゃう人もいますし、匂わせ発言とかもありますし」
この行動力だけはすごいなと思った。
「じゃあ、犯人は四人にまで絞れたってこと?」
「一人ですよ。先ず、あんな嫌がらせをするのは直接的な恨みがある人物です。となると相談者の被害者である三人の女性が怪しい。ただ、そのうち二人は新たな恋に向けて進んでいます。今さら、過去をほじくり返したってなんの得もありませんよね?」
「まあ、たしかに。てことは、彼氏のいない元カノが犯人ってこと?」
「と思って、当初の計画どおり、脅しアカウントを作って犯人はお前だろ! とつきつけたのですが、反応が悪いんですよね。友人Aアカウントのほうにも相談は無かったですし。で、強めに言ったら開き直られちゃって……」
「じゃあ、その四人全員の名前を順番に告げていったら?」
「当てずっぽうだってバレるじゃないですか。もうチャンスは次の一度切りです。次は間違うわけにはいかないんですけど、誰だかわからなくて……」
「その冬月の元カノたちに新しい彼氏がいるのは嘘だって可能性は?」
「ありえませんよ。当事者の友人たちだって見てる可能性が高いんですよ? それに、彼ピのアカウントも全員特定しました。そりゃあ、仲睦まじそうな会話をしてましたね」
「じゃあ、もう残りの一人しかいないだろ?」
「残りの一人って、相談者の被害にあってない方ですか? それこそありえませんよ。犯行の動機が無いんですから。彼女が相談者を恨む理由がありません」
「恨む理由は無いかもしれないけど、動機はあるんじゃない?」
「どんな動機があるんですか?」
これは本当にわかっていなさそうな顔だった。恋愛をしたことのない恋愛小説家だからなのだろうか?
「だからさ、悪口アカウントの人って冬月のこと好きなんじゃない?」
咲那は眉間に深いシワを作る。
「好きなら、あんなひどいことするはずないじゃないですか」
「まあ、普通はしないだろうけど……でもさ、あんな噂が流れてれば、冬月とつきあおうと思う人は少なくなるんじゃない? 実際、そのせいで別れ話にまで発展してるわけだし。それに、アカウントの主は男性アイドルが好きなんだろ? 冬月の顔って、そっち系じゃん」
咲那は「たしかに」とうなずいていた。
「推しのアイドルと自分がつきあいたいと思わなくとも、誰かとつきあってるなんて許せないファンは多いんじゃない? そういう感情が暴走した結果、悪い虫が近づかないような行動に出ちゃったんじゃないかな?」
「でも、好きなのにそういうことするものなんですか?」
まだ納得がいっていない様子だった。朝司は苦笑まじりに肩をすくめる。
「人を好きになると、いろんな自分を知ることになるよ? 嫉妬とか独占欲とか、まあ、綺麗なものばかりじゃないんだよ」
「そういうものなんですかね……」
「少女漫画とかにもそういう表現くらいあるだろ?」
「そういうドロドロしたの読まないので。私が少女漫画に求めてるのは現実を忘れさせてくれるスパダリという名の麻酔です」
「……なんか、逆に君が書いた小説を読んでみたくなったよ」
「逆にってどういう意味ですか?」
睨まれたので誤魔化す意味も込めて話題を変える。
「とにかく、冬月とつきあってない子が俺は怪しいと思う。その子の名前を出して、聞いてみたらいいんじゃないかな?」
咲那はあんぱんを食べながら熟考していた。
「……岩永さんの意見を参考に情報を精査してみます」
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