第7話
「魔法なら異世界の人を召喚させることができるんだ」
異世界からやって来た学生に差し出した飲み物が本当に口に合っていたかを確認する方が優先されるべきだろうが、講師の職を非常勤であろうが担う彼にとって生徒の一人が仮にどこか異世界に転移してしまったらと思うと不憫でならない。まさに目の前にはどこぞからやって来たと言う女子がいるのだ。これに心を揺さぶられないウエルではない。
そのせいであっけにとられているアイを他所に彼はとうとうと語り出した。
長いので簡潔にまとめると、こうである。
かつてこの世界には魔法があり、人であろうとも魔族であろうとも共通に行使できていた。ところが、いつからかそれは分岐してしまった。人は魔道を生み出したことで魔法が使えなくなり、魔族は魔法の系統を継承・変換させ魔術を使うようになった。ところが魔道も魔術も召喚術はない。使えない。が、魔族の、とりわけ高位の魔族は魔法をその成功率はかつてほどでなくとも行使できるらしい。
「だからきっと君を召喚したのも魔族、いや、魔王とかだな、きっと。なんと腹立たしい。か弱き女子を異世界から……」
実に苦渋な表情で語るウエルはそこまで言うと、目を見開いてアイを見た。アイはすっかりウエルの御高説を聴講していた。
「君には特別な力があると言うことか」
アイの顔が渋った。が、それをウエルは見なかった。再び瞼をぎゅっと閉じて、
「なんということだ。異世界の女子を召喚してまで、その力を借りてまで奴らは」
絞り出すようにもはや独り言になっていた。拳をテーブルの上にこすりつけ始めさえした。
「いや、それならば」
またしてもかっと目を開いてアイを見つめた。
「君を奪い返しに来るのかもしれない。いや、きっとそうだ。君は召喚された直後か、召喚された魔族から逃げて来たのだろう。いや、きっと後者だ。召還されたばかりならこんなに落ち着いていられないはずだ。僕が異世界に召喚されたら、きっと動揺する。君がずっと言葉を離さなかったのも、僕が魔族でないか確認していたからだろう? うん、そうだ。だとしたら、公安か軍に報告をして」
両手を握ってテーブルの上で今や叩きつけようとしているほどの力がこもっている、その手にアイが手を添えた。温かかった。柔らかかった。滑らかだった。ウエルは正気に戻った。
「それは、やめてほしい。大事にはしたくない」
憂いを帯びた懇願だった。
「健気だ」
「ん?」
ウエルの瞳が震えていた。感動をしているらしい。その真意をアイには察することができない。
「異世界から召喚されてきて、魔族の恐ろしさを知ってなお、この国に迷惑をかけることをよしとしない、その心根。分かったよ、アイ。その代わりにもう一度浴室に入ってもらえないか?」
もはやこの男は何を言い出しているのだろうと心配するほどの視線を向けられていることにまだ気づいていないウエルは、
「魔族が君に刻印とか装飾類を施してないか確認して来てくれないか。僕が見るわけにはいかないだろ。それらは君の居場所を探知できるかもしれないから。さあ」
劇団員のような身振りとなって浴室の方へ手を向けた。
「じゃあ」
渋々と言った具合でアイは立ち上がると、何度かウエルの方を振り向きながら浴室に入った。
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