第6話 クソ執事と少女馬丁
「オルカ!やめろクソ執事!!」
リュネット公爵邸の厩。赤毛の小柄な少女が用具入れから、黒ずくめの長身の執事に引っ張り出されてくる。
「ぼくにはこいつらの世話があるって何回言えばわかるんだよ!」
「餌もやり、馬房の掃除もして体も洗って蹄の手入れもした。お前は優秀な馬丁だろ、グレイス。この時間になって他に何の仕事が残ってる?」
「餌は一日三回なんだよ!それに時間があったら用具の手入れも…」
「馬丁はお前一人じゃないだろ」
「他のやつなんかに頼めるかよ」
厩の扉を掴んで抵抗する少女のそばに、エトワールはすらりと身を寄せる。
「悪いわね、グレイス。ちょっと手伝ってくれないかしら」
「おおおおおおおお嬢様!!」
ドッターン。
少女は咄嗟に捕まっていた扉から手を離し、そして彼女を引っ張っていたオルカともども、地面に盛大にひっくり返った。
「何すんだよ!物音で馬が驚いたらどうすんだ?!」
「お前の怒鳴り声はどうなんだ」
「ぼくの声には慣れてるからいいんだよ!」
「グレイスちょっと話聞いてくれる?」
「はははははいお嬢様」
途端にグレイスと呼ばれた少女は畏まる。彼女こそがもう一人、エトワールが心を許せる従属だった。
「あなたの力が必要なの」
「お嬢様!!」
「20億リーブル、これから馬券で稼ぐために」
「…お嬢様?」
「今から一緒に競馬場、来てくれないかしら」
「お嬢様……!」
グレイスは髪と同じくらい頰を真っ赤にして。
泣き出した。
「グレイス?!」
エトワールの声に涙をまたこぼし、グレイスは叫ぶ。
「おいクソ執事!」
「何かな」
「お前は何をしてんだよ、執事のくせに!!おじょ、お嬢様はあれほど悲しい目に遭われて…そ、それなのに傷心のお嬢様をお支えするどころか、お前は!何吹き込んでんだよ!」
「おいおいおい残念だが冤罪だ。競馬で20億リーブル稼ぐというのは、傷つきながらもまっすぐ前を向く強さをお持ちの我らがお嬢様、そのお心の奥深くから出た固い決意。私も若干呆れてお前に助けを求める羽目になった」
「お嬢様の前で何言ってんだ!あんなにお好きだったベスティオ様とあんな、あんなことなって……お嬢様は取り乱してるだけだって何でわかんないんだよ!!」
「取り乱していらっしゃるのですかお嬢様」
「悪いわね、グレイス」
エトワールは流石にきまり悪くなって小声で答える。
「正気でしてよ、私」
「ああああああああお嬢様!!!」
地面に倒れ伏し泥まみれになって、馬丁グレイスは泣き崩れる。
彼女の愛馬たちが、気遣わしげに嘶く声がした。
*
公爵家の紋章をもぎ取ったお忍び用の馬車が街道を揺れながら走って行ったのは、その数十分後のことだった。
「言うまでもございませんがグレイスはちんちくりんのあんぽんたん、世間知らずの小娘ですが馬のことだけは超一流」
「聞こえてるぞ」
御者台に上がったグレイスはボロボロ泣きながら馬車を操っていた。それでも手綱捌きは滑らかで何の拙さもない。
「グレイスはいい子よ。わかっているわ」
オルカはそれを聞き流して続けた。
「さてお嬢様、これまで民立競馬で購入してきた我々の馬券。この結果を検討したところ、我々に一番足りないものというのはすぐにわかりました」
「何かしら?」
「勝ち馬を見抜く力です」
「それがすべてじゃない。それこそがすべてじゃない」
「そこで小娘の出番。……競馬は嫌いのようですが、しっかり役に立ってもらいましょう」
クソ執事、とグレイスはもう一度しゃくり上げた。
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