第5話 続 概説・王国競馬

「でも、国が賭博を奨励しちゃいけないのは当たり前じゃない。あなただって賭博で身を持ち崩す事例は知ってるでしょう」

「お嬢様の先先代のヘイリー閣下がそうですね」

「言ってくれるわね」

「持ち崩す者は持ち崩させておけば良い。そのような者は結局どのような環境でも身を持ち崩します」

「言ってくれるわね…」

「むしろ国が賭博を主催することで、野放図な詐欺師まがいの賭博師を一掃できる。国には売上として税収が入り、大多数の国民は適度な娯楽を楽しめる。いかがですか」


 エトワールは考え込む時の癖で唇に触れる。淡々と説明するオルカの言葉には、いつも言いくるめられそうになる。落ち着いて。私の右腕だけど、もしかするとこれは顔が綺麗で細かいことを気にしないだけの悪魔の化身かもしれない。


「詭弁よ、やっぱり。それに、王国競馬には『あれ』があるじゃない。たとえ馬券を発売できても真っ当な予想がやりづらい。売上が上がるとは思えないわ」

「私の申し上げることを疑うのは良い傾向です。『あれ』とはどれですか」

「あれよ、ええと、…『ペガシード』」

「そこですか」


 他にも問題はあったのにな、という口調でオルカは首を振る。


「走ってる途中で馬が急にペガサスになっちゃうやつ。そしたら他の馬は混乱しちゃってレースは不成立。でしょ?」

「王国競馬に出られるような一流の軍馬は使命感に燃えている時がありますからね。急に魔術系統上の進化を遂げてしまうことはあります」

「ほら、そうでしょ。だからと言ってペガサス化を妨害はできないし、かと言ってペガサスになるかどうかの馬券を売ることもできないわ。数十レースに一頭くらいなんだから」


 ペガサスは軍馬として大変優秀だが乗りこなしづらい。軍としては、本当はペガサスとペガサス騎手の双方をもっとたくさん育成したいはずだ。

 とはいえペガサス化した馬には繁殖能力がなくなってしまう。普通の馬に魔術的・身体的負荷を与えて自発的進化を促すことでしか生まれないのがペガサスなのだ。ペガサスの供給は安定せず、年間を通しても少ない。

 その結果ペガサスを乗りこなせる騎兵も育たず、競馬で稀に生まれるペガサスは『オーバースペックな余り物』として飼い殺しにされている。


「それは単純な話だと思うのですが。『ペガシード』の率を上げてしまえばよろしい。100%に近いように。そうしたら我々は、初めから『ペガサスのレース』に賭けることができます」


 そう言いながらオルカは紙の上に、巧みなペガサスのイラストを量産している。そう言えばこいつ、何のために紙とペン取り出したのかしら。見た目も立ち居振る舞いも完璧なのに、どうして微妙にずれているのだろう。


「そんなことできるわけないじゃない」

「そうとも言えないとは存じますが。しかし私はお嬢様の執事ですので、最終的にはご判断に従います。いずれにせよ、今の我々にすぐにどうこうできる話ではございません。今お話ししたのは大きな目標のお話」


 オルカは切れ長の瞳を光らせる。

 

「さて、当面我々が考えるべきは、『当座の資金を稼ぐこと』でございます」

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