第4話 概説・王国競馬

「お嬢様、ご自身の回収率はわかっているのですか?」


 執事のオルカが呆れて首を振る。


「わかってないわ」

「私がお嬢様のためを思って買い足す馬券を除けば…48%です」

「微妙な数字ね…」

「まったくです。ちなみに私が買い足した馬券を含めると45%」

「あなたトリガミばかりじゃないの?!」

「つまりこれまでの我々のやり方では、20億リーブルを稼ぎ出すことは不可能」


 20億リーブル。ちょっとした都市の年間の税収にあたる。

 それを馬券で稼ぎ出すなんて、冷静になれば不可能なことはわかっている。


「でも、そうしなければ私はもう二度と競馬を…」


 それに、私だけではない。疫病に苦しみ、今も荒れ果てた領地で困窮している領民たちも救えない。

 無い大金を在らしめなければ、公爵令嬢としての誇りも幸せも失われてしまうのだ。


「致し方ありません。せいぜい知恵を絞りましょう。私はお嬢様の執事ですので」


 今はピシッと着こなしたタキシードのポケットからすらりと手控えの紙を取り出し、最近発明されたインク内蔵式のペンのキャップを開ける。


「頭の整理には、まずこの国の競馬についておさらいするところから。よろしいですね?」


 そう言って、紙にさらさらと必要な用語を書き出していく。


「そもそも我が国の競馬は、100年前に偉大なる転生者…競馬の祖と呼ばれるイザニコス・ヤスーディーが現れたことに始まります。イザニコスはそれまで軍の内部にとどめられていた軍馬のレースを一般公開することを主張し、全国の4か所に王立競馬場を開設。これが王国競馬の始まりです」

「フテウ・モンサントル・キオト・トレゾールね」

「イザニコスは全国11か所に王立競馬場を設立するつもりでしたが、軍の内部の反対で断念。代わりに、大きな勲功のあった民間人に、競馬場の設立権を下賜することとしました。これが民立競馬です。お嬢様のお得意先のオウィニアも民立競馬場ですね」

「そこまではいいのよ……それで?」

「今お話ししたいのは、『当座どちらが儲けやすいか』そして『最終的に、我々が最も利益を出せる競馬はどちらか』です」

「……は?」

「お嬢様、私はお嬢様のために本気で馬券で稼ぐ方法を考えているのですよ」


 オルカはそう言って、やれやれと言わんばかりに首を振った。


「王立競馬場と民立競馬場で、馬券の発売者が異なっているのはご存知ですね?」

「というより、王立競馬場は馬券を売れないでしょう。仮にも王立なんだから、国民に賭博を奨励なんかできない。だから巷の賭け師ブックメーカーと賭けをすることになる。民立競馬も建前上は競馬場の設立者が胴元にはなれないけれど、実際には親族が経営する企業で公式の馬券を売らせている。これでどう?」

「そうですね、現状の説明としては80点というところでしょうか」

「何が足りないのよ」

「王立競馬場が馬券を売れない理由。『国民に賭博を奨励できない』。これは本当にそうでしょうか。国家が賭博を奨励してはいけない理由は何ですか?」

「え……」

「先に申し上げましょうか。我々の最終目的は、王立競馬場に直接馬券を売らせることです。胴元が大きくなれば馬券売り上げも上がり、払い戻しの規模も増える。規模がとてつもなく大きくなった競馬で、ドカンと一発大きい馬券を当ててはじめて20億リーブルに手が届く。よろしいですか?つまり、『最終的に、我々が最も利益を出せる競馬はどちらか』の答えは『王立競馬』と考えております」


 この男、もしかして悪魔か何かだったのかしら。

 エトワールは初めて、この捉えどころのない執事を怖いと思った。

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