▼006『自分達の至る地平』編【11】

◇これまでの話



◇第九章




 トレオは、何故、自分が前に出たのか、解っていなかった。


《――ミツキ様のホストで言定状態に移行しました》


《ちょ、ちょっとトレオ君! 何を無駄死にに来てるんですか!》


《ミツキ? 無駄結晶化、無駄結晶化。

 言葉を選ぼう》


《アルェー!? 何か扱いが悪いでありますよ!?》


《というか何で前に出たんですか!?》


《それは、あの》


《自分が盾になってる間に、君達には逃げて欲しいのであります》


《……ハア!?》


《いや、ハア、って》


《あのねトレオ君? あえていつもの顔アイコンで言うけど、――トレオ君、盾としての性能低いと思うんですよ》


《き、キッツイのが来たでありますよ! で、でも》


《でも?》


《――嬉しかったのであります》


《嬉しかった?》


《ええ。

 ――僕は元々、メジャーユニットに入りたいと、そして、巫女ではない身ですが、可能な限り大空洞の中に入って、地上側の農地などと連携した事業を行いたいと、そう思っていたのであります》


《御免なさい。

 短くまとめられます……?

 今、多分、かなり時間が無いので》


《す、すみませんね! でもまあ、本音でありますよ。

 ――君達がいた御陰で、今日、ごっこ遊びのレベルかもしれないのでありますが、メジャーユニットに入っているような感覚を得たのであります。

 だから――》


《メジャーユニットのように、自分はここで振る舞うのであります》


《ハイ話聞いたよ!》


《ファ!?》


《トレオ君? ちょっと言定状態出てくれる?

 それでね?

 DE子さんの声、聞いてくれるかな?

 ちょっと、ちょっとでいいんだよね。

 先っちょだけでも! そんな感じで!》


《――言定状態を解除しました》



 トレオは現実を見た。

 正面。

 飛びかかってくる手負いのボスワイバーンが居て、DE子君はと言えば、右の方にてデカイ女性に抱えられて退避しようとしている。


 ……この状況で一体何を――。


 今、ここで、DE子君が、結晶化確実な自分に対して、何を聞かせるというのだろうか。

 だが、彼女がこちらに振り向いた。

 口を開け、聞こえる一言は、


「――信じて!!」



 訳が解らないであります。

 大体、主語が不明。

 信じて、って。

 否、目的語も不明であります。

 誰が、何を、どう信じるのか。

 否否否、


「――――」


 解っている。



 解っているのであります。



「――!!」


 今、この状況。

 呼びかけられた声。

 その行き先は自分であります。

 トレオ十六歳。

 東京大空洞学院一年梅組。

 男子。

 出席番号十二番。

 そのような自分を、自分こそがまず信じろというのでありますね。

 しかし自分が今、何を信じるべきか。

 それは、


「おお」


 両の手に握り、掲げるように構えているもの。

 IZUMO製ロングソード”SATORI-025S”。

 自分がグダグダの役立たずであっても、この剣はホンモノであります。

 高級品という以上に、研究されたがゆえの性能を持っている。

 自分を信じることが出来ずとも、この刃は信じて良いだろう。

 そして己は、理解している。

 剣を信じるならば、今、ここで、どうすべきか。


「……!」


 深く息を吸い、己は叫んだ。


「ホーリィ・フォーサー奥義”BBB”!」



 BBBは、聖女が召喚するような聖剣を1ターン自分の刃に宿す術式だ。

 だが、条件が厳しい。


 ……己の正義と、それを応援する声と、――答える一撃を振るえる事!


 無理だと、心が叫んでいる。

 悲鳴のような叫びだ。

 だってそのようなことが出来るならば、ここにいない。

 メジャーユニットに参加して、活躍をしているだろう。

 誰も自分には期待していないのだ。

 だから、


 ……くそ。


 ここで自分が”BBB”を宣言しても、誰も信じない。

 見世物かと思う人はいるだろうが、聖女匹敵の技を、ファッションユニットに所属する自分が放てるとは、誰も期待しない。

 よくて”囮”だと、そう見られるのが精一杯だ。

 応援する声は無い。

 だけど、


 ……自分の中に、正義は無いのでありますか?



 あるであります。



 己は叫んだ。



「――僕を助け、ここまで連れてきた皆を護る事を、それを正義として、刃を振るうものであります!」


 言った。

 そして、


「――――」


 ああそうであります。ここでいつも、空白が来るのであります。

 誰も己の正義に応えない。

 何それ、と苦笑が聞こえる気がする。

 小さくなって、何処かに行きたくなる。

 だが、


『言えるじゃないか! トレオさんよ!!』



 実況席では無く、下の通路からマイクパフォーマンスで皆を指揮していたテツコは、通路に降りてきた巨体に黙ってマイクを渡した。


「――言ってあげるといい」


 おう、と頷くピグッサンの横、ハコが軽く頭を下げる。そして、



『いいじゃないか!

 正直、アンタが大空洞に入るって聞いた時、そっちのがやっぱ楽しいのかよ、って思ったんだぜ、あたしはよ。

 だけど――』


 ははは。


『苦労してんじゃないか!

 それで意地張ってんじゃないか!

 だったらいいぜ!

 この東京大空洞の未来について、話をする価値がある男だよ!

 アンタは!』



 トレオは、表示枠から聞こえる声を聞いた。


「――!」


 充分であります。

 今の言葉は、万人の応答に値する。

 もう何も怖くはないであります。

 そして、


「トレオ君!」


 声に振り向く。

 すると背後で、ミツキ君とヨネミ君が、表示枠を大きく広げていた。

 そこに移るのは、総合アリーナの観客席だ。

 これまで何度となく通ったところ。

 通るたびに、俯きの角度が深くなり、聞こえる声を聞きたくないと、逃げるようになっていた場所だ。

 だが今、そこにいる皆が、立ち上がっている。

 図書委員長がピグッサンからマイクを返して貰い、叫んだ。

 そこにいる総勢が同時に、



『――我ら前を見る者なり”!』



――我ら前を見る者なり

  我ら全ての行動を感情によって始め

  我ら理性によって進行し

  我ら意思によって意味づける者達なり

  我ら何もかもと手を取り

  我ら生き

  我ら死に

  我ら境界線の上にて泣き

  我ら境界線の上にて笑い

  我ら燃える心を持ち

  我ら可能性を信じ

  我らここに繋がる者である


「解る!?」


 解る。


「――皆、トレオ君を応援してますよ!」


 解りすぎるくらいに解る。

 ならば決まりだ。

 もう恐れないであります。

 前を見て、向かい来る脅威に対し、声を上げて咆吼する。

 BBB。

 その正しい名称は――。



「叫べ!!! 全員! 言ってやれ!」



 誰も彼もが同時に叫ぶその言葉。

 響く台詞の最先端で、トレオは咆哮した。、


「ブレイブリー・ブレッシング・ブレイド……!」



● 

 勇敢なる祝福の刃。




「――ええ。

 応援しますよ! 私は見ていました」


 聖女は、手指を絡め直し、記憶と共に言葉を作った。


「あの少年は、――ユニコーンと対峙したときも、敵わぬ事が、己に力が宿らぬ事が、そして自らに応援の無い事が解っていても、それを止めようとしたのです」


 報われることを望まぬどころか、出来ぬと思っている自分自身をも無視して、動く。


「――それを人は正義と呼ぶのです」


「計画性はないけどな」


 苦笑して、しかし己は言葉を作った。


「そのような人を、助けぬ者はおりますまい。

 ええ――」


 当然です、と言おうと思って、少々堅いですね、と判断した。

 だから言い換える。

 Ofcourse。

 その意味の日本語として、自分は告げた。


「モロの! チンです!!」



 DE子は、ミツキ達の掲げた表示枠の中で、誰もが両手で顔を覆っているのを確認。

 その上で自分を抱えている牛子に視線を向けたが、彼女が顔を逸らしているので気にしないことにした。


 ……大体、よく考えたらセクハラくさいよね……。


 だが、祈りは来た。


 聞け四方の風

 聞け天地の風

 正しき者に正しき風を

 止むことなく吹く風を

 栄光の風

 祝福の風


 ――届け世界



 トレオは、力を確信した。

 その直後に、画面が来た。


《遣り取りのための情報密度を上げます》


 言定状態までは行かないが、加護による情報密度の上昇だ。

 何事かと思えば、バックアップの先輩達からだった。


《既に判定状態に入ってるから、これ終わったら宣言してね!》


《一応、相手のタスクを計上しておく》


 はい、と頷くより先に、言葉が来た。


《ボスワイバーンの方は、重傷値ペナルティ1がある。

 だが、その他に、外傷ペナルティ1と、出血ペナルティ1が掛かっている筈だ》


《疲労ペナルティは無いのでありますか》


《クリーチャー系は地上だとなかなか疲れないのよねー……。

 外傷ペナが頭部だけでも入ったのは良いことかな》


《了解致しました。では現状は》

 

《ああ。

 基本タスクは6-3=3だと判断する。

 だが今回のパワーチャージはタスク+2

 更に”決死”ボーナスを採用している筈だ》



■決死

《素人説明で失礼します

 ”決死”を採用した場合 現重傷値と同じターン数の後に死亡が確定します

 しかし それまでの間 ――アンサーを倍に出来ます》



『ウヒョー。コレ、あたし達持てねえボーナスなんだよな。

 敵の大物専用。

 この仕様作ったヤツは冷食が溶ける呪いに掛かれよ畜生』


 よく解らないが、合計タスクはどれほどとなるか。


『――本来のタスクが5ですが”決死”効果で二倍に!』


 一息。



『――タスク10!! ――大きなハードルが来ました!』




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