▼006『自分達の至る地平』編【10】


◇これまでの話



◇第八章




『あ――っと!? どういうことかDE子選手!

 何故かボスワイバーンの遙か上空にいる!

 この状況は文字通りの急転直下!

 瞬間移動か移動術式か、それともフォーラスタワー立川(113m)を飛び越えてきたのか、さあどれだ!?』


『きさらぎ、どう思う?』


『超加速と、降下術式のバグ技でしょうねえ』



 きさらぎは、既に正解を一度見ていた。


『要はDE子君が一度見せた通りですよね。

 注連縄回廊を滑走で加速して抜けた後、降下術式で着地しようとして、大きく吹っ飛んだのありましたね?

 アレのもっと派手なバージョンですよね』


『え? でも、あれは注連縄回廊を加速して、相当な速度付けたから発生したんですよね。

 ――さっきのDE子選手、加速するもなにも立ち止まってて、しかもボスワイバーンをかわしたとしても、滑走距離が無いですから、……加速は足りないのでは?』


『いやいや、あの馬鹿、ちゃんと加速していたぜ?』


 そうですね、と己は応じた。


『DE子君は加速し続けていましたよ? ボスワイバーンと向き合って、右の足を前に出してね。

 ――あれ、全身は滑走状態にあったのを、右足で”止めていた”んですよね』


『5th-G系の階層拘束。

 ・――ものは下に落ちる

 ってな? コレ、落ち始めたら加速は累積されていく一方だ。

 だけど”落ちているかどうか”は、認識次第なんだぜ?

 落ちている認識と、足で身を止めるのは両立する』


『あ……』


 境子君も理解したらしい。ならば説明は単純でいいだろう。


『腰を後ろに落とし気味にして、正面を”下として認識する”。

 もう、垂直の壁に立っているような気分だったでしょうね』


『だとしたら、DE子選手は――』


『累積する加速を堪え、しかしそれをボスワイバーンの攻撃に合わせて一気に解放したわけですね。

 ボスワイバーンは、突然の加速と、相対速度もあって、流石に視認出来なかったでしょう。

 あとは降下術式で自分を”吊り上げる”訳ですが――』


『降下術式は”対地”発動だ。

 超加速で落下しながら、降下術式を発動させるとどうなるか、知ってるか?

 大地にぶつかる勢いを消すために、降下術式は”対地”発動し、大地面に対して180度逆につり上げる』


 結果、どうなるか。


『正面への超落下移動から、真上への吊り上げジャンプ……!』


『どっちもバグ技みたいなもんだ。降下術式の方はたまに見かけるが、想定外の使い方であることに間違いはねえ』


『高速であるために、滑走直後から発動しても吊り上げ距離が大きく、ボスワイバーンの頭上にまで至ったと、そういうことですね』


 見事ですねえ、と内心で褒めておく。

 うち、一応はライバルユニットですからね。

 そしてこの先、どうなるかと言えば、


『聖女君や、黒魔君、白魔君の出番ですね』



 聖女は、落下するDE子の姿を表示枠で視認していた。

 眼下の竜に向け、一直線に落ちていく後輩。

 彼女の援護が出来るとすれば、



「私の出番ですね」


 両の手を合わせる。

 握る。

 そこに込めるのは祈り。

 祈り。

 詠唱。

 念じる。

 そのプロセスを持って、


「聖剣召喚! 行きます!」




「出来るの!? 聖剣召喚って――」


 落ちていくDE子には悪いが、聖剣召喚が出来るとは思えない。

 あれはエンゼルステアのユニットアーツだが、聖女の祈り以外に必要なものがあるのだ。

 それは、


「白魔先輩と黒魔先輩の、ナンタラ成形機が必要なんだよ!」


《フウ ナンタラとか ――流体式3D射出成形機ですよ? ヨネミ?

 ちゃんと憶えて帰って下さいね》


「あ、煽りやがってチキショー!」


 だが声が聞こえた。

 加護範囲内に貫通する聖女の声だ。それは、


 全天の晴れ

 全地の萌芽

 聖なる声は響いて止まず

 止まぬ響きよ届け彼方に

 ――謳え世界



 己が見ていた表示枠。

 地上側の状況を伝えるものから、大声が響いた。

 図書委員長が音頭を取る総合アリーナ観客席から、皆が足を踏み、こう叫んだのだ。


『――謳え世界!!』


 誰も聖剣召喚が失敗するなどと考えては居ない。


 ……これが、メジャーユニットへの信頼感か……!?


 解らない。

 だが、次の声が聞こえた。

 それが自分達に指示を送ってくれていた白魔先輩の表示枠だ。

 そこから届くのは、


『行くよ聖剣……!』


 地上側で、成形機を作ろうとしている。

 何故だ。


「どうやってここにそれを送るの!?」




 聖女の祈る声を聞きながら、白魔と黒魔は同時に動いた。

 地下東京府中。

 霧の舞う、浅間山公園の丘上だ。

 白魔と黒魔。

 お互い、己のガンホーキを向かい合わせるように横に掲げ、


「白き籠に 白き豊穣

 白き窯に 白き採石

 果て白き 此処白き」


「黒き箱に 黒き報償

 黒き泉に 黒き流水

 此処黒き 果て黒き」


 二人が同時に叫ぶ。


「――”相反の棺”!!」


 そこで全てが終わらない。

 白と黒の双方が、視線を合わせて声をあげた。


「――相反巫女転換!」



 総合アリーナにいる者達は、荒幡富士の山頂を映すサブ表示枠の中に、それを見た。

 刹那という時間。

 白魔と黒魔の二人が、流体光の波を浴びて、


『――■■■■』


『――ああ、■■■』


 お互いの真名を呼ぶ姿は、女子のそれではない。


『おおっと!?

 白魔選手と黒魔選手の禁断の秘技!

 ――本来の姿に戻るこれは、どうなるのか!?』


 制服すら男子用となった姿に、観客席の女子達が歓声を上げる。


『白と黒。

 ”相反の棺”自体が有り得ない矛盾許容ですが、あの二人はお互いの真名と存在を触媒として、有り得ない矛盾許容状態を一瞬作れるのですね……!?』


『儀式の上で、呼び合った一瞬だけだ。

 元々はアリーナでの一発回避技として作ったらしいけどな。

 だけど今のアイツらには大空洞範囲の”元々のルール”が通じねえ』


『では、現状、あの”相反の棺”も……!?』


『ああ。”ありえねえもの”だ。

 だがそんな”ありえねえもの”に対し、あのフィールドには明確な、目ー瞑っても解る正解ってのが一つある。

 何だと思う?』


 答えは一つだ。


『――止まぬ響きよ届け彼方に』


『”あり得ないもの”に対し、聖女の声が、道標となります……!』



 ミツキは見た。


「来る……!!」



 空上。

 落下するDE子さんに着いていくように、白と黒の棺がパワーダイブしてくる。

 ”相反の棺”。

 ”有り得ない者達”によって作られた機械は、正解である聖女の声に導かれ、ここに来た。



 此処に”有り得る”のだ。



 光が来た。

 空を貫通する聖女の声が、まっすぐな来光として届く。

 そして、天上が砕けるような音とと共に、表示枠が無数に展開。


『届きました!

 生成射出許可致します!

 種別は聖剣!

 生成レベルは+2にて認可!

 威力はグラム級としての生成が可能です!』


 許可が来た。

 だが疑問がある。


「DE子さん、……剣は!?」



『あるんだなコレが』


 一息。


『最初に預けた短剣、まだ持ってるだろ?

 ――あれ、結構いいモンなんだぜ?』



 DE子は、ハナコから預かっていた短剣を掲げた。

 黒の一振り。

 頭上に上げたその刃を、”相反の棺”が噛んだ。

 あとは引き抜くだけだ。

 眼下のボスワイバーンに向かって、背後からの赤いワーニングランプに照らされながら、


「おお……!」


 振り抜く刃は五メートルを超えていた。

 対するボスワイバーンが、顎を開いた。

 竜砲。

 喉奥に光が見えたが、


「――!!」


 己は、構わず一撃を叩き込んだ。



 牛子の視界の中、力が破裂する。


 ……竜砲が砕かれましたのね!?


 威力が聖剣によって断たれたのだ。

 それは爆発を呼び、しかし威力は通った。

 破砕して散る竜砲の、真空と断裂。

 それは周囲の地面を切り刻み、空中を打撃する。

 だが全ては流体光の欠片として舞うだけだ。

 あとはDE子の一刀が、


「――っ!!」


 ボスワイバーンの目元から喉を叩き割る。

 入った。

 だが、


「……浅い!?」



 初動ですわね、と牛子は判断した。

 本当だったら頭部から首の根元までを割る。

 その軌道の一撃だ。

 だが、


 ……ボスワイバーンが、撤退のために後ろへと身を振っていましたのね!?


 更には竜砲が砕かれたことが、竜にとっては幸運だった。

 破裂した威力で、頭部が後ろに押されたからだ。

 結果。

 落下軌道を変更出来ないDE子とは違い、ボスワイバーンの頭は後ろに揺らいだ。



『ボスワイバーンの耐久度、重傷値は残り3でした。

 今のダメージは如何ほどですか? ハナコ君』


『は? 牛子みたいに”不意打ち”か”硬直”入ってれば倍打ちの問答無用で即死案件だろ』


『いえいえいえ! 気付かれてますし、動けていますからどちらも入りません!』


『仕方ねえなあ。

 あの短刀。あれでも加護入りで重傷値1は出す。

 それに聖女の聖剣化で+2がついたろ?

 重傷値3は確定だな』


『おおっと! 何とDE子の即席聖剣、ダメージは重傷値3と相当なものです!

 しかしハナコさん! ボスワイバーンは直撃を逃れました!

 どう思いますか!?』


『どう思うも何も、ダメージ半減だとしたら重傷値1に、割れた軽傷値が残ってることになる』


『ボスワイバーンのHPは元々が重軽8/16です!』


『だとしたら今は重軽1/8前後だな。

 致命傷って言って良いが、重傷値がある内はまだ動くぞ?』



 牛子は、画面から現在のボスワイバーンの状況を聞いた。


《ボスワイバーンのHPは 推測で重軽1/8です》


 深手である。

 だが、


「――まだだよ!」


 声を上げて落下してくる彼女を、己は受け止めに走った。

 竜の次の動作がどうなるか。

 それは、


「再度のパワーチャージですの!?」



 己の終焉を、ボスワイバーンは悟っていた。

 強靱なバイティングを行う顎は縦に割られ、その裂け目は喉にまで至っている。

 重傷値は1。

 自分の”残り”だけで生きているような状態だ。

 聖剣による攻撃は、自然治癒を赦さない。

 毒と同じだ。

 放っておいても、出血によって自分は死んでいく。

 ならば、


『――!!』


 最後の一撃として、己は飛んだ。

 撤退ではない。

 後ろに振った身体を反動として、前へ。

 眼前に着地し、拾われた敵だけではなく、その向こうも。


『……!!』


 一掃する。

 疲弊して腰を落としている元走者と、今や加護の一つも打てなくなっている術者。

 無力ではあるが、全て、ここまでの状況を生むには必要な”敵”だ。

 だからあれらを討って、最後の成果とする。

 そのために行くのはパワーチャージ。

 最後の一発。

 もはや相手側も、対応出来まい。

 だが、数歩を下がり、身構え、


「――――」


 飛び込みの直前。

 己は見た。

 無力な二人の前に、一人の男が立っているのだ。




 トレント。

 白の長剣を構えた姿は、強く震えているが、


「――来い!」


 その叫びは見事。

 ならば貴様が最後の敵だ。

 ただ、前へ。

 自分は瞬発した。




◇これからの話


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