▼006『自分達の至る地平』編【07】


◇これまでの話



◇第六章




 危険だ、と黒魔は判断する。


「まだ3ターン目から4ターン目に入る隙間だ!

 4ターン目の方向転換を行ってないんだぞ……!」


 そうなると、どうなるか。


「4ターン目18フェイズ、ボスワイバーンの一回目行動となるチャージアタックで、しまむらリーダーは回避不能。

 それを食らってしまえば結晶化は確定だ」


 全てが瓦解する。

 だけど、


「大丈夫。

 このことは、解ってたから」


「――解ってた? じゃあ、さっきの、”しまむら”の仲間が彼女を送り出したのは――」


「ヨネミさんの疲労軽減術式は下級だから、難度を1しか下げられないものね。

 だから継続時間中でも、これまでの疲労蓄積でペナ増えする可能性が高いことは言ってある」


「……じゃあ、この状況を抜けるための何か仕込みが、あるのか?」


「うん。

 ――ミツキさん、英雄じゃないけど、やれることはやってきたから」


 だから、


「――走りきれるよ」



「ふふ」


 ミツキは足を動かした。

 前に。

 遅いが、動き出す。

 ”疾走”は潰されたが、MLMの判断だという。ならば、


「”回避”の方を潰しなさいよ!!」


 判断のアジャストは掛かるだろうか。

 解らない。しかし、


「――――」


 足を前に。

 急ぎ、可能な限り高速で動かす。

 動く。

 行く。

 これは、走っていることになるだろうか。

 走れているだろうか。


「……っ!!」



 走った。


「……ん!」


 疲労度が凄い。

 単純に1ペナした時にくらべて、2ペナが1軽減された今の方が、明らかに疲労が濃い。

 汗が出て、脚は腫れたように重く、膝が動かなくて、


 ……参りましたね。


 こんな疲れることがあるなんて、知らなかった。

 あ、小学校の時、何かテンション上がって狭山湖まで自転車で行ったときは軽く地獄を見ましたけど、あれ以来かもです。

 というか、


 ……あーしーがーうーごかなーい――ッ!


 何かつんのめってますねコレ。

 高いヒールを履いて爪先だって歩いているみたい。

 いや、そんなヒール履いたことないですけどぉ。

 しかし、


『――!!』



 来た。


『――!!』


 ああ、来てますね背後。

 ホントに全力ダッシュで。

 ケダモノめ。

 疲れないんですかね。

 参った。


《ボスワイバーンの二回目の行動として こちらへの攻撃が来た場合

 どのようなスキルを使用しますか?》


「現状の構成で構いません。ただ――」


《ただ?》


「”回避”をペナルティに食わせて。

 ”疾走”を戻して下さい」


《――了解致しました》 


 ええ、それでいい。

 疲労を食らいつつでも”疾走”が出来ればいい。

 ”回避”いらないから。


 大事なのは前に出ていることだから。

 だから背後から巨大な地響きが来て、真後ろに風が来て、


『……!』


 咆吼が耳の後ろで聞こえた時、私は前見てこう言うんです。


「御馬――鹿さん。何処見て走ってるんです?」



 巨体が横転した。

 辿々しく、歩くと言うよりも前に身を何度も投げていくような少女の背後。

 三十メートル級の飛竜が、前についた左翼の前脚から転倒したのだ。

 それは胸を打ち、顎を打ち、空転した下半身が持ち上がり、尻尾の挙動が全身を上から追い越し、


『――!?』


 竜は、自分の現状が理解出来ていない。

 何故、前に進んでいないのか。

 解らぬが故に二度、三度と後ろ足で空中を掻き、しかしすぐに無意味だと悟った。

 姿勢を直す。

 全身を一度上に強く振って、尻尾を地面に叩きつけてアジャスト。

 そして巨体は、左の翼でもある左前足を見た。

 手首とも言える箇所。そこに、赤と白の色が絡みついている。

 この空を浮かぶ島群。

 それを結びつけている注連縄だった。



『御見事かつ成程ですね! あれは最後の注連縄回廊に使った注連縄ザイルですよね!? それをミッションクリアと錯覚したときに回収していたのは見ていましたが、CBから再解放したんですかね?』


『いや、回収仕切れてねえだろ。こっち岸のパイル残ってんぜ?

 だから対岸のパイルを外して、ザイルを引き寄せた時点でボスワイバーン登場ってタイミングだろ。

 そしてそこから北側に退避するとき、本来の持ち主が一人で大外走ってたよな?

 アレ恐らく、ザイルを外から回してたんじゃねえかな。ボスワイバーンに気付かれないように。

 ――こういう風に使えるんじゃねえか、って』


『アー、画像あります? あります! ちょっと見てみましょう』



 白魔は、実況画面と共に出たログ画面で、それを確認した。

 確かにトレオが、皆とは違って大外を北向きに走っている。

 しかしそれは、自分のCBを己の陰に隠し、回収したザイルを地面に流していくものだった。


「ザイルの片方は、南側に残っているパイルに結びついたまま、と」


「そしてしまむらリーダーは、走り出すとき表示枠を幾つか出していたが、あれはトレントの彼から、ザイルのCBの制御権を受け取っていた訳か」


 あとは簡単だ。


「一回、大外を回した注連縄ザイルと、その内側を今度は逆に走るミツキさんという構図だよね。

 ボスワイバーンはその軌道のせいで大外のザイルと、今ミツキさんが曳いてるザイルの間に入るから、後はタイミングさえ合わせれば、何処かが締まるって話」


「ボスワイバーンは、負傷した右前足を気にしていたから、左前足にザイルが絡んだことに気付かなかった、か……」


 結果は今、目に見えている。

 注連縄回廊のパイルは、小型ながらも各島の移動によって発生する張力をかなり堪える作りだ。

 大物とはいえ、ボスワイバーンの引きに容易く外れはしない。


「柱に鎖で縛られたようなもんだよね」

 

 今、画面の中で、ゆっくりと移動するミツキのCBから、逆側のパイルが抜け落ちる。

 落ちた。

 聞こえないはずの金属音を聞いた気がした。

 そして、


「時間的に見て、4ターン目に入るぞ!」



 ミツキは前を見た。


 ……あは。


 急ぐ。

 急ぎます。

 後ろでぎゃあぎゃあ暴れてるボスワイバーンは無視して上等。

 だって、何処を見ていたのかも解らない飛竜とは別で、私はちゃんと見ていましたから。

 ”気付”。

 自分の出せるアンサーが疲労ペナルティで下がっていても、”回避”を捨てても、これだけは外しませんでした。



 私は”気付”の場所に”疾走”していく。



 ……”度胸”つきってのがちょっと笑えますけどね!

 

 でも、何故って。

 それはもう、解りきったことです。


 ……DE子さん。


 ゴール地点から視線を外すわけにはいかない。

 だから全力で。

 ”疾走”が後付けのようなぼろぼろでも。

 ただ前を見て、走って。

 走って。

 身体が動かなくても、脚が動いていなくても、心として。

 ああ。


『頑張って!』


 感情が私を動かしている。



 私は”楽”の顔をしているだろうか。




『応援しろ皆! ファッションユニットという、本来の大空洞攻略からは有り得なかった性質のユニットが、今、私達の本質を見せているじゃないか!』


 息を吸い、テツコは叫んだ。


『――我ら前を見る者なり!!』


 そして、


『――我ら全ての行動を感情によって始める者なり!!』



 ……ああ。


 参りました。

 ああもう。

 動いて。

 脚。

 前に。

 身体が動かないのは解ってるけど、視界も震えていて、前が涙で霞んでよく見えなくなっていて。

 ただ鼓動がこめかみのあたりにあって、うるさくて。

 呼吸も整ってなくて。

 でも、思いは、感情は、自分の望むことはただ前に。


 ……前に。


 負けない。

 それだけは揺るがない。

 だから、


「――――」


「ミツキさん!」


 不意に、正面から強く抱きしめられました。




◇これからの話


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る