▼006『自分達の至る地平』編【06】


◇これまでの話



◇第五章



 おお、という観客席からの反応を、きさらぎは聞いた。

 ボスワイバーンのカウンターを受け、エンゼルステアの一年組が倒れてから1ターン後。

 無事だったしまむらのリーダーが走り出したのだ。


『あ――っと! しまむらリーダー、ミツキ選手!

 ボスワイバーンのチャージに対してダッシュ開始!

 まさか一人で戦うつもりか!?』


『そりゃあねえよ。

 囮として、他の連中が復帰するまでの時間を稼ぐ。

 つまり徹頭徹尾、ファッションユニットで通すか、あのリーダー。

 ――芯が入ってるぜ』


『? どういうことなんです?』


『英雄は間に合っている、ってことですね』


 ほう? という境子君の視線がちょっと恥ずかしい。

 これはもう、解っていることなのだ。


『しまむらのリーダーはレンジマスター。

 レンジャー系で、野外かつブッシュ環境に近いならばスニークアクションも取れるでしょう。

 しかし今回のような場では、ブッシュなどを活かした有効な行動は取れません』


『――成程!

 ですが、可能性を捨ててしまっていませんか、それは?

 大空洞にアタックを掛けるならば、自らも勝ちに行く可能性を望むべき、そう思いませんか?』


『――境子、お前、解っていて疑問してるだろ。

 きさらぎも付き合いで答えてやるか?』


『ええ当然。私、サービスが大事ですからね』


 言う。


『――チャンスが無くても、自らが勝ちを狙う。

 それは英雄のすることですよね。

 でも彼女はファッションユニットです。

 勝てないと、そう思える勝負はしないのですよね。

 それは私達から見たら弱い選択かもしれませんが、蛮勇と慎重は違うのです』


 一息。


『――英雄は間に合っている』


 そうでしょうとも。


『今、動けなくなっているエンゼルステアの面々がそれです。

 ならばファッションユニットはどうするか。

 第一階層における”滑走”すら出来ないとなると、出来る選択は一つでしょう』


 それは、


『――走ることですよね』



 ミツキは走った。

 着地からのチャージを掛けてきたボスワイバーンに対し、左斜めに、全力で行く。

 必死で、真剣に。

 急いで、AGLで。


「……っ!」


 使用スキルは、まず”疾走”。

 そしてこれは回避行動でもあるので”回避”と、走るルートを確定させるための”気付”が使える。

 更には何よりも、


 ……”度胸”――ッ!


 これにヨネミの加護による”身体強化”も入れて合計アンサーは5。

 だけどボスワイバーンのチャージのタスクは6。

 これを越えるには、


 ……スタックを狙うしかないです!

 

 だから自分の動作を”追加”する。

 では今、この状況で出来るのは何か?

 己はそれを考えて、


「……前を見てまっすぐ走ります」


《それは既に ”疾走” の要件に含まれて居ます》


 うわ失敗!


《ペナルティとして ”疾走”の使用が一回に固定されます》



『今、クソ仕様のスメルがしなかったか?』


『拝気1使ったらこのペナルティをキャンセル出来るとか、そういう風にすべきですよね』

 

『おおっとミツキ選手、やはり不慣れなのかスキル使用をミス!

 他のスキルでアンサー2を稼がなければなりません!』



 だったら、とミツキは思った。


「ぶ、無難な処で、”度胸”を追加で使って堂々と行きます!」


 恐怖心を撥ね除けるだけではなく、それ以上の堂々として行くための度胸。

 これは要件が違うので通るでしょう。

 でも、


《――貴女 こういうの 堂々とやったことあります?》


「御免なさい! 無いです――ッ!」


《フウ いいですか?

 スキルは基本的に 自分の経験した行いの再現です

 初心者でも解っていることですよ?

 さあ 憶えましたね?》


「あ、煽りに来ましたね!?

 そうですよね!?」


《ペナルティとして ”度胸”の使用が一回に固定されます》


 あっ、無慈悲……!



 ともあれ急いでスキルの使い方思案。

 残りは”回避”と”気付”だから、


「”回避”で囮としてのフェイントって、入ると思う?」


《おやおや 相談に来ましたね?》


「いや、さっきDE子さんがやってたじゃない? 囮としてのフェイント、あれ、私の方で”回避”使って出来ると思う?」


 これはDE子さんもやっていたこと。

 だから通る気もしたが、


《やはり 一度も自分で行っていない動作は スキルの動作として発動出来ません》


「クッソー! 頭下げても駄目ですか!」


 希望が見えて来ない。

 だけど、


「あとのスタック候補は”気付”だけですか!」


『――オッケ! だったら行けるよ、ミツキさん!』


 不意の応援に、ちょっと心がポジティブになりました。

 だけど、


『白魔先輩!? ――”気付”で行けるんですか!?』


 うん。と三年生の応答が来た。


『”気付”でDE子さん見て!』



 言われた意味が一瞬解らなかった。


「だけど……」


 言われるがままにした。

 右手側の背後、こちらにチャージしてくるボスワイバーンの向こう。

 そこにDE子さんが倒れている。

 見れば解る。

 ヨネミが回復の術式を掛けている相手、倒れたままのDE子さん。

 彼女に対し”気付”を向けるとは、どういうことか。


 ……ああ、そうですね。


『――目標設定ですね!』



 彼女の処へ戻るのだ。



 解った。

 

 ・4ターン走りきること。

 ・彼女の回復を願うということ。

 

 その両方は、帰るべき処があれば一つになる。


 ……だから”発見”ではなく”気付”!


 ”気付”だと、単にそこを見るのではなく、DE子さんの状況を見定めるものになる。

 だから”気付いた”。

 彼女はまだ、駄目だ。


 ……早く!


 早く。

 身動きでもいいから、して欲しい。

 でも4ターンが必要だ。

 4ターン。

 これから”それ”を、私の脚が刻むから――。


・ミツキ

 ――真剣に急ぎ、ボスワイバーンから逃げ切りながらDE子の元へと戻る第一歩。

 :疾走×1 回避×1 度胸×1 身体強化×1 気付×2

 :アンサー:6



『通った……! これでアンサー6!』


『よくやった。

 しかしBボタンで”選択を戻す”がねえとか、ホントにクソ仕様だよな』


『ああ、ありましたよねレトロゲームで。

 戦闘のコマンド選択したら、戻せない地獄仕様』


『ある意味リアルですよね! ああっと、ですがミツキ選手、ここでスタック終了! 難度6ではボスワイバーンのタスクと並びますが、いいのか――!?』



「大丈夫です!」


 下手にスタック失敗したら、スタック分も失われた上で固定されかねません。

 だからこちらはアンサー6で終了。

 追ってくるボスワイバーンのタスク6と並びますが、


「かわせます……!」



 白魔と共に実況の表示枠を見る黒魔は、ボスワイバーンの吶喊がミツキに当たるのを見た。

 当たった。

 だが、


「……当たらなかった……!?」


 姿の見えない聖女の言う通りだ。

 今、ミツキは進路を変更して、まっすぐ走っている。

 だがさっき、自分の目にも、確かに当たったようには見えたのだ。

 となるとコレは、


「……判定のクソ仕様だな。

 否、この場合は良仕様か」


「どのような仕掛けなのです?

 アンサーもタスクも6同士。

 しかしそういうときのレベルカウント勝負では、レベル12のボスワイバーンの方が上ですよね?」


「――うん。

 でも答えは簡単。牛子さん達がよくやっていた、ってことね」



『――ボスワイバーンにペナルティが入るくらいのダメージが通ってんだよ』


『同意ですね。

 実況用の撮影術式からの映像。

 今は上からの視点になってますが、水平のログか何かで確認出来るんじゃないでしょうかね。

 ――ボスワイバーンの逆鱗と右前足の負傷が、あると思いますね』


『逆鱗!? さっきのボスワイバーンのカウンターアタックは、それを防ぐためのものじゃ無かったんですか?』


『防いではいるだろ。

 だが、あのカウンターアタック、恐らく”必殺技”としては、攻撃じゃなくて防御系だ。

 効果は多分、――逆鱗に受けたダメージを重傷値1で止める。

 その上で右脚の累積ダメージもある、ボスワイバーンへのペナ1は確定だろ』


『とはいえまだまだ強敵です。

 上級レベルの連中なら正面から殴りますが、初心者だと弱点の逆鱗狙うので、あのボスワイバーンの必殺技は初心者殺しではありますね。

 また、中級、上級レベルであっても、トドメに格好付けて逆鱗を打つと、アレを食らうでしょう』


『一言でまとめてみ?』


『――第一階層に出すボスじゃないですよねえ』



 かわした。

 当たらない。

 だから走り続ける。

 疾走。

 それを連続して、


「……!」



 第一階層における”滑走”の練習、やっておけば良かったと今更思う。



 ……全く。


 後悔ばかりです。

 大体、この第一階層には二度ほど入ったことがあるのだ。

 どれも他のユニットのパーティとの合同アタックで、資源回収の大規模ミッション。

 野草や石拾いがメインで、最後はこの断崖の壁をロープで下りて、底面のゲートから第二階層経由で地表帰還。


 ……ピクニック感覚でしたね!


 今回も、そのようなつもりだった。

 下に居るボスワイバーンが上昇して来るかもしれないと、そんなリスクはあった。

 が、ネットにある中央大空洞自治体の大空洞攻略サイトでは、昼ならばボスワイバーン達は休息をとっていると書かれていた。

 実際、その通りだ。

 今、自分に襲いかかってきているボスワイバーンも、出現条件を満たしたから来たのであって、イレギュラー。

 だが今、確かにボスワイバーンは”いる”のだ。

 そしてDE子さん達は一発食らってダウン。

 自分が為すべきは、


「――は……!」


 呼吸を確かに、走って行く。



 背後、結構近い位置を巨大な風が通過した。


 ……来た――!


 上手く言い方解らないですが、”谷間”みたいな感覚。

 大量の風圧が壁となってこっちの背を押してくれて、


 ……あ、走るのちょっと楽になったかもです。


 と思ってる背後で、ソッコの地響きが四足+尻尾分。これはつまり、


《後ろ こっち見てますよ?》


「あれあれ? 私の方に実況ですか!?」


 ともあれ急いで進路を右斜めに。

 このフィールドの南辺中央に向かって行きます。

 すると、


『……!!』


 一気に来ました。

 さっきまで私が居たところに”谷間”が。


「速……!!」


 DE子さんは、それなりに余裕持ってやっていたように見えましたが、滑走の有利性を考えてもコレはかなり恐ろしい。

 こんなこと、DE子さんは行っていたんですね、と今更ながらに驚きと感謝します。

 そして背後、遠くなった先ほどまでの位置から、また地響きが五つほど。


 ……来ます!


 一瞬。空白のような音の無い”間”が生まれるので解ります。

 これを合図に進路を変更すればいい、と。


「……!」


 走ります……!



 実況のカメラは、真上からの視点になっていた。

 ボスワイバーンの吶喊からの九十度ターン。

 これを避けて、ミツキが走って行く。


『――ミツキ選手頑張ります!

 目標は4ターン分の時間稼ぎ!

 四角いフィールドを九十度ずつ回るとして、ボスワイバーンは1ターン2度行動ですから、吶喊と方向転換の1セットで1ターン消費!

 つまり――』


『最初の正面、北側への吶喊と方向転換で1ターン。

 後は東、南、で2、3ターン。今向かっている西側を回りきれば4ターンですから、後は元の位置に戻るだけですね』


『――でもちょっとヤバくねえか。

 初心者パーティだと、そろそろ来るよな』


『ええ。

 少し危険を感じますね。

 何か仕込みがあればいいのですが』


『え!? どういうことです?

 今の処、スキルの使用は安定。

 ボスワイバーンによる対策も生じてませんから、このまま逃げ切り行けますよね』


『そうとも言えねえ。

 MLMは、あたし達に対して基本的に”ゼロからプラスを積む”ってのをやらせねえ。

 基本、アイツがあたし達にやらせるのは”マイナスから積んでゼロにする”ってヤツだ』


『今の状況も、それだ、と?』


『ああ。今の判定もそうだろ。

 先にボスワイバーンのタスクが決まって、それを越えなくちゃならねえ。

 越えてようやくノーダメ。

 マイナスをゼロにするゲームがMLMは好きなんだ。

 つまり――』


『初心者にとっては、この状況、思わぬマイナスが発生するということなんですよね』


 という解説が発された直後だった。

 おお!? という声が観客席から上がった。

 その理由は、画面上に見えている。

 しまむらリーダーの脚が、止まっているのだ。



 え? というのがミツキの感想だった。

 脚が動かない。

 否、動いてはいるが、遅い。


「……!?」


 さっきまで全力で走れていたものが、重く、歩いているようだ。

 いきなりの変化に戸惑うが、確認すべきは自分の現状だ。

 表示枠を見れば、


《加護状況:

 ・身体強化(聖術):継続中

 ・疲労軽減(聖術):継続中》


 どちらも効いている。しかしこの鈍化は、


《疲労度のレベルが上がっています

 長時間の行動によって 現状の疲労軽減術式では制御仕切れない疲労となっています》


《ええと、御免。どういう数値状況?》


 はい、と画面が答えた。



《現状 ヨネミから得たミツキの加護は 次のように機能しています

 ・身体強化(聖術):アンサーを+1

 ・疲労軽減(聖術):疲労によるペナルティを-1》


《しかし 現状 ミツキには 以前からの疲労と 現状の疲労が重なり 疲労ペナルティとして2が課せられています》


 つまり、こういうことだ。


「疲労ペナルティが2だから、ミツキによる疲労軽減(疲労ペナルティ-1)があっても、疲労ペナルティ1として残ってるんだ!」


《はい ペナルティとしてアンサーが-1されます

 MLMの判断で 最初に使ったスキル分のアンサー+1がゼロになりました

 ”疾走”分がゼロになったため 足が止まったのです

 これはMLMの判断によるものなので 浅間神社を経由して抗議が可能です》


「遠すぎる――!!」

 


 結果は一つだ。

 走れない。




◇これからの話

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る