▼006『自分達の至る地平』編【05】

◇これまでの話



◇第四章



 ミツキは、ヨネミと共に走りながらそれを見ていた。


 おかしな動きだった。

 牛子が確実な一撃をボスワイバーンの首元に叩き込んだ瞬間。


 ……え?


 時間を無視したように、ボスワイバーンが”飛翔した”のだ。

 真上へ。

 高さ十メートル程か。

 その直前。牛子の一撃は、確かにボスワイバーンの喉元にぶち込まれていた。

 当たったのだ。

 だが、


「キャンセルされた!?」


 ……これって……。


 知っている。

 矛盾許容だ。

 大空洞範囲に生きる者なら、冗談のようにこう言う台詞を知っている。


 ……その攻撃は 当たった そして かわされた。


 同じ事が、今、生じた。

 当たった攻撃が当たっていない。

 それを許容するのは、


「牛子君の攻撃を、回避では無く、必殺技でキャンセルしたのであります!

 恐らく、――当て身型のカウンター爆圧咆哮!」


 結果は一つだ。


『……!』


 爆圧咆吼が来た。



《――白魔様のホストで言定状態に移行しました》



《ウワ――! 間に合った!?》


《早めに。早めに。早めに御願いしますわ》


《アーハイハイ。

 これ”必殺技”で、既存のボスワイバーンは持ってない筈!

 エディション違いだから気にしたら駄目だかんね?

 あと、――強制結晶化する?》


《ダメージ算出は?》


《恐らくカウンター系必殺技だから、ダメージはデカイけどそれなり?

 観客席の鑑定集団の話だと直近だと重傷値2で定格ダメージ。

 そうでないならば重傷値1から軽傷5くらい? 距離任せで》


《じゃあ続行で――》


《――――》


《――牛子様の反応がありません》


《うわトンじゃったかな! 他、まだ大丈夫?》


《え、ええと、DE子は――》


《ちょっとすみません! コレ、”恐怖”ついてますよね!?》


《食らってみないと解らないけど、ほぼ確。

 ――あ、でも、言定状態保ってたら、外の状況が解らない一方で、そういうメンタル系デバフは食らわないからね?》


《アーそういう手もあるんですね……。ってか、言定状態出ます! やっておきたいことがあるんで!》


《――DE子様が離脱しました》


《え!? あ、うわ! いきなりな子だね全く!》


《……オカンムーブ?》



《――言定状態を解除しました》



■必殺技

《素人説明で失礼します

 必殺技とは 術式類の一つで 主に個人創作されたものを示します

 多くはスキルの組み合わせでつくられた”複合一動作”です

 その発動には特定の条件などを必要とし 硬直などのデメリットが必ずつくことと引き替えに 強力な効果を発揮します》



《ええと、じゃあ、今食らいつつあるのは――》


《恐らく 逆鱗打ちをトリガーに発動する 当て身型の自動カウンター技です

 既存の大型ボスワイバーンに見られないものなので 特殊技だと判断出来ます

 コレを最初に食らった牛子は 命名権を持ちます》


《要らんサービスだ……》


《ともあれどうしますか? あと二秒チョイで食らうと判断出来ます》


《何でアバウト表現なんだお前……。

 でもまあ、まだ言定状態に入れてくれてるの、お前のサービスだろ?》


《私は私の所有者の保全を第一としますので

 白魔様の言定状態を解除した後も チュートリアルの役目として 貴方のサービスとして言定状態を継続しています》

 

《オッケ、有り難う。

 でも大丈夫。解除してくれる?

 やっておきたいことがあるんだ》



 ミツキは、ギリギリのタイミングでヨネミに手を伸ばした。


 ……ヨネミを爆圧咆哮の範囲外に出さないと!

 

 自分は駄目な気がする。


 爆圧咆吼を食らうのは初めてだが、レンジャーとしての知識を使って、効果範囲を検知する。


・爆発咆哮の効果範囲予測

:タスク3


 ……タスク3? なあんだ楽勝。


 とか思ってはいけない。今はレベルカウントの判定では無く、スキルカウントの判定下なのだ。

 自分は今川焼きが4。

 タスクが3だから、4つスキルを使えばクリアだ。ならば発想としては、


 ……爆圧咆吼を自然災害として考えて、効果範囲を知る……!


 さすがに得意の”楽”は使えない。

 今の状況、焦りを代用出来るのは”怒”だろう。

 だから、そこを起点に、知識としてINTを使う。


「焦ってるけど、頭を働かせて行くよ!」


 一回頬を自分の両手で叩く。

 意識をハッキリと持った上で、


「――爆圧咆哮を回避しつつ、周囲を確認!」


・回避+1 気付+1


「爆圧咆哮の範囲を予測するため、自然災害と大空洞範囲における竜属の知識を思い出す……!」


・博学+1 大空洞+1


「これで行けるよね!」


 判定は即座だ。


・ミツキ

 爆圧咆吼を自然災害として考えて、効果範囲を知る

 :回避×1 気付×1 博学×1 大空洞×1

 :アンサー:4




『判定クリア! どういう目的ですか!? この判定は!』


『コレはアレだ! ほら、――きさらぎ!』


『仲間を突き飛ばす際、どの方向が安全か、どのくらい突き飛ばすべきかを測るためですね。

 何しろ現場は断崖絶壁です。爆圧咆哮が届くならば、吹っ飛ばされて落ちないように寧ろ引き留めた方がいいかもしれませんから』


『地味だけど生存戦略の良い判定だ。

 スキル重ねる理由として、回避運動中に知識系の行動するってのも、まあ天然だろうけどセンス良いな。

 運動系と知識系のスキルは重ねられないように錯覚するが、実際は運動中にも知識系の判断は可能だ。

 今回のスキル選択はアンサー稼ぎだろうが、発想としちゃあ悪くねえ』


『成程! では”しまむら”リーダーには、何が見えていますか? 今!』


『判定に成功したので、爆圧咆哮の効果範囲が”見えている”と思いますよ?』



 見えている。


 ……こんな風に見えるんですね!


 範囲だ。

 視界の中、線や色で示されてはいないが、咆吼範囲が”見えている”。


 ……”ここ”から”ここ”まで、みたいな感覚が”見えてる”。


 明暗? 揺らぎ? デプス表現? それとも単なる勘?

 解らない。

 しかし確かにそれは”見えて”いて。


 ……うん。


 解る。

 今、自分とヨネミがその効果ぎりぎりにいるということも。

 そして、


 ……私が間に合わないということも。


 解った。

 だから、


「ヨネミ!」


 ヨネミを己は突き飛ばした。

 範囲の外へ。しかし、


「え!? 何!?」


「堪えないで――!」


 後ろからってのがいけなかったのか。

 強引に張り手で突き押す。


 ……あ、私、今、力士みたいですね……。


 だが押した。

 押せた。

 ヨネミが前につんのめって数歩。

 でもこれでヨネミは大丈夫。



『いい判断だ』


『”しまむら”の中で回復系の術式を持っているのは、突き飛ばされた子ですからね。

 彼女をここで負傷させたら駄目です』


『いや、そうじゃねえよ。

 いや、それもそうだが――』


『ハナコ君? ものごとには順番があるでしょう? 解ってますよ、――この裏で進行していた良い判断』


『えっ? えっ? どういうことです?』


『まあ見てろ。――こりゃあチュートリアルに投げ銭だな』



 ミツキはヨネミを突き飛ばした。


 ……良かった。


 ヨネミは救かる。

 自分は無理だ。

 だけど、これが最善。

 ユニットリーダーとして、そして今回のパーティリーダーとして良い判断をしたと思う。

 まだこちらに合流できていないトレオも、これは支持してくれるだろう。


「……OK! 問題無いです!」



 爆圧咆哮を食らったとしても、”負けていない”。



 これは勝つための最善。

 そう思いながら、自分はミツキを”見えている”効果範囲の外に送った。

 そして、


「――――」


 ヨネミがこちらを見て、目を見開いた。

 突き飛ばされたことの意味を知って、驚いたのだろうか。

 だが、彼女が、いきなりこう叫んだ。


「DE子……!」



 一瞬だった。


「は!?」


 己は、自分が後ろから抱えられるようにして、押されたのを悟った。


 ……誰に!?


 そんなこと、答えは充分に解っている。

 だが、信じたくなかっただけだ。

 しかし耳元で声が聞こえた。

 それは、


「――ミツキさん。ちょっと頼むね?」


「DE子さん!?」



 DE子に押された。


「わ!」


 押されて宙に浮いた自分の全身。

 それが”見えている”効果範囲の外に達した。

 直後に、来た。


『――!!』


 爆圧咆哮だ。

 無論、自分にはもう通じない。

 DE子によって効果範囲に押し出されたからだ。

 だが、


「DE子さん!?」


 叫んだ横を、自分以外のカラダが吹っ飛んで行った。

 DE子だ。

 爆圧咆吼に吹っ飛ばされたダークエルフが、地面を勢いよく転がっていく。



「……!」


 視界の中で見知った姿が二転、三転。

 明らかに、三転目では全身から力を失っていた。

 倒れて伸びた今は、動きもしない。

 一瞬遅れたら自分がそうなっていただろう。

 そのことに、


 ……うわ。



 ヨネミを庇って満足していた自分は、何処に行った。



 倒れるDE子さんを見て、ああならなくて良かったと安堵もしている。

 そんな自分が彼女に”護って貰えた”なんて、不相応だ。

 おかしいと、そう己でも思うが、


《ミツキ ――解っていますね?》


 画面の問いかけ。

 DE子さんに駆け寄ったヨネミの、彼女を呼ぶ声。

 ああ、本当に。

 本当に。

 私は、


「ああならなくて良かった」



 ああそうです。

 私は。

 私は。

 今、そこに転がっているDE子さんのように、私は、ああならなくて良かった。

 何故なら、


「ああなったら、――DE子さんに”頼まれた”ことが、出来ませんから」



 そうだ。


 ……私は頼まれたんです。


 それも”ちょっと”って。

 ちょっとって何?

 ちょっと?

 ちょっとだけ?

 先っちょだけでも?

 そういう?

 違いますよね。


 ……うん。


 これはミッションです。

 現在進行中。

 そしてあのボスワイバーンを倒して終わるミッション。

 だけど、反則くさい爆圧咆吼着きの回避挙動が”必殺技”としてあるなんて。

 どうなるか。


「あの、DE子さんは――」


《はい 爆圧咆哮の効果範囲から出る事は不可能と そう判断しました》


 だとすれば、選択は一つしかない。



 私です。



 自分がヨネミを押し出したのが、回復系の彼女を活かす戦術だったように。

 DE子さんがこちらを押し出したのも、彼女なりの戦術です。

 ではDE子さんは、私に何を望んだのか。


「決まってますよね、そんなの」


 彼女は以前、こう言ったんです。


「――終わらない限りは、って」



 自分は後ろに振り向きます。

 空、ボスワイバーンが、ホバリングから降りてくる処です

 爆圧咆吼から1ターン経過。

 恐らくこのターン、先ほどの必殺技のデメリットとして、無防備になっている筈。


 ……こちらに攻撃手段が無いのが悔しいですね。


 今、出来ることはない。

 でも、これからすべきことは解っている。

 後ろ手に、ヨネミに荷物を預けて、幾つかの表示枠を出して準備して、


「ミツキ……!」


 ヨネミの声に力がある。

 先ほどDE子さんに駆けつけた彼女がそういう口調をするなら、決まりだ。


「4ターン。それでもう一回立たせる」


「解りました。――御願いします」


 言って、自分は前に身を振った。

 正面。こちらを見据えたボスワイバーンが、


『……!!』


 チャージ。

 解っています。

 その流れは。

 だから己は、


「行きます……!!」


 行く。

 先ほど、このフロアに来る前。

 DE子さん達を追い詰めて、突き放そうとした自分の疾走で。

 一歩目から全力を。




◇これからの話


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