▼006『自分達の至る地平』編【02】


◇これまでの話



◇第一章




 空が高い。

 ただ平たく広い断崖の上のボスフロア。

 正面には着地状態のボスワイバーンがおり、対する全員の顔横には、白魔から送られて来た作戦指示が表記されている。

 誰も彼もが相手となる巨獣を見据え、



「――スタートですわね」


 開戦だ。




『――ボスワイバーンの挙動は基本的に突撃。突撃後に翼の前腕でオイタして、場を仕切り直す際は90度ターンかバックダッシュ。

 そして竜砲ね』


 言う自分は今、山の上に居る。

 大空洞範囲の南東、府中の公園にある丘の上。頂上には御堂のような浅間神社があり、


「桜さん、こっちでも出てくるかー」



「大空洞範囲内にある浅間神社だったら、鳥居to鳥居なんですよねコレが!

 インフォメーション鳥居だと、チョイと情報量落とさないといけませんけど!」


 頂上。

 御堂を中央に置いた小広場は、風に舞う霧に満ちている。

 何故なら、


「――聖女、邪魔じゃないか? 私達」


「いえ、大丈夫です。

 私の方は、祈れるスペースがあればいいので」


 どこに居るか解らん。

 不可視の加護がかなり強烈。

 そして、


「既に護って頂いてますから、お気になさらず、そちらは仕事をなさって下さい」


「たびたび見るけど、凄いもんですねえ! 私のシマだってのに、ほぼ知覚出来ない状態ですよ!

 ――でもどうするんです?」


 そうだね、と自分は頷き、クロさんと持ってきたガンホーキ二本に視線を送る。


「可能な限りの援護はする、って処かな。

 ――あと現場、頑張って欲しい感」


 言っていると、声がした。それは実況側からの、


『おおっとボスワイバーン! いきなり吶喊だあ――ッ!』




『――!!』


 ボスワイバーンの思考としては、現地における侵入者の排除だった。

 今までも、多くの侵入者がいた。

 だがそれらは主に通過者や探索者であり、自分達の居場所を奪うような意図は持っていなかった。

 だが、違う者達が出た。

 この断崖の上。

 下の大森林を見下ろせるという、自分達を見下す場を”取りに来た”者達が居る。

 何故そう思うのかは解らない。

 これまでも、その断崖の上を通過し、寝泊まりしていった者達もいるのだ。

 しかし今回は違う。

 否、以前にもそのようなことがあったと、そんな記憶がある。

 彼らは、何かを、自分達から奪いに来たのだ。

 縄張りとか、居場所とか、巣ではない。


 ……?


 何だろうか。

 解らない。

 ただ奪われてはならないもの。

 そのために、


『……!』


 目の前にいる相手へと、翼の加速器を利用したチャージを掛けた。



 DE子は、最初からダッシュだった。それもボスワイバーンに背を向けて、だ。



 ……逃げる――ッ!


 超急ぐのは格好悪いとも思う。

 だが、


『うんうん。

 いいよいいよー。

 戦闘入る前からダッシュしてれば、行動順番関係無しでダッシュ状態になってられるからね!』


 戦闘が開始され、行動順番ごとに挙動していくと、早い者が圧倒的に有利になる。 

《貴方達のキャラシと 観客席の協力者より得た情報から推測すると ボスワイバーンを含む行動順番は以下の通りです。


梅子:19、09


牛子:18、09


ボスワイバーン:17、08


DE子:16、06


ヨネミ:14、07


ミツキ:14、07


トレオ:03


 梅子が最も早く、トレオが最も遅くなります。トレオが1ターン中、一度しか行動出来ないので気を付けて下さい》


『自分もすでに走っているでありますよ!』


 初期の位置関係もあったが、今は崩れている。ボスワイバーンの吶喊に追われる自分は、フロアの前側中央から前側左に走っており、トレオは前側右だ。



 とにかくトレオをボスワイバーンの視界に入れないこと。そして、


「こっちですわよ!」


 牛子と梅子が、戦場の左中央側に走っている。ミツキとヨネミは逆だ。

 全体の構図は、自分がボスワイバーンをフィールドの左前側にひきつけ、皆が左右後ろに回り込む形となっている。そして、


『……!!』


 ボスワイバーンのチャージが限界を迎えた。

 しかしそこで竜の前足がこちらを追った打撃となる。


 ……来る!


 思った瞬間だった。

 画面が叫んだ。


《判定拘束の変換を確認 ――スキルカウント判定です!》



■判定拘束

《素人説明で失礼します。

 判定拘束とは 一定領域内の判定方法を任意の方法に固定することです

 基本拘束である”ターン割・トータル判定”に対し 何らかの変更が行われた場合 判定拘束の変換が行われたものとみなします

 階層拘束も 広義の判定拘束です》



■スキルカウント判定

《――素人説明で失礼します

 難度判定は 判定拘束の一種です

 判定方法は 判定者がお互いに


 :「感情値と統括スキルの種類に基づいた行動宣言」

   +

 :「スキルの使用合計回数」


 でアンサー比較し 上回った方の勝利となります》



 これは一体、どういう仕掛けか。

 DE子の耳に、白魔の声が届いた。


「皆! ――派手にスタックして!!!」





 境子は、ハナコの声を聞いた。

 現場から聞こえるチュートリアルの放つ説明。

 それにに対し、半分以上の食い気味で彼女が笑ったのだ。


「――クソもりもが……! やっぱそういうバランスの取り方で来やがったか!」



 騒然としたアリーナは、やはり”解ってる連中”のいる場所だ。

 その中で敢えて己は問う。


「”スキルカウント判定”!? ハナコさん! これは一体どういう仕掛けですか!?」


「ああ! 上級者向きの判定であり、初心者向きの判定でもある、それが”スキルカウント判定”だ!」


 ハナコが叫んだ。


「きさらぎ!!」


「来ると思いましたよ!!」



 きさらぎは、先ほどまで黒魔が座っていた椅子を見る。

 誰もいない。

 白魔君もいないとなれば、


 ……ロジックで喋れる解説役、私だけですかねー。


 仕方ない。今は非常事態だと理解の上で、己は言葉を作る。


「”スキルカウント判定”は、――どちらがスキルを多く使ったか、その回数をアンサーとして勝敗を決めるものです。

 感情値の数値や、スキルレベルは無関係。

 ただ、行動に合った感情値と統括スキルを選び、行動宣言する必要が有ります」


『成程! 数値関係無しで、スキルの使用回数だけでアンサー勝負!

 これはどういう利点と落とし穴がありますか!?』


 ええ、と己は応じた。


「一般に行われているトータル判定、つまり感情値とスキルレベルを合算した比較ではないため、上級者と初心者の差が縮まりやすいのが特徴です。

 ポイントとなるのはスキルの重複使用と、スタックをするための発想。

 それが出来るならば、初心者でも上級者相手に存分な勝負が出来ます」


 しかし、


「――この判定、初心者救済策のように見えて、落とし穴がありますよね? ハナコ君?」



 解説席で答えを振られ、ハナコは笑った。


『クハ! 怪異系憑現者なんだからネガティブなことを言えよ、きさらぎ!』


『君だって怪異系だと思うんですけどねえ!』


『あたしゃカワイイ風のキャラづけがなってるからな! でも応えてやんよ』


 応じる。


『トータルの数値勝負じゃなくなったって、使用出来るスキルの種数はトータル判定と同じく今川焼きレベルに殉じる』



■今川焼きレベル

《素人説明で失礼します

 ”キャラシのレベル”の呼称が人それぞれなので 仮定呼称として 同様のミームが発生している”今川焼き”を接頭につける場合があります

 ミームをミームで打ち消す神道的所作とも言えますが 大空洞範囲ではだいたいこれで”キャラシのレベル”だと通じます》


「アー、自分にとっての”総合レベル”か……」



 そうだ、とハナコは告げた。


「結局の処、上級者は今川焼きレベルが高いし重複使用の経験も積んでる。

 だからフツーにシングル使用でスキルカウントを重ねてくる。

 しかし初心者はそうじゃねえ」


 さっきのランを見ていてもそうだ。


「初心者は自分の今川焼きレベルのスキル重複を行うのも手一杯で、スタックなんかほとんど使えねえ。

 行動宣言も、感情値や統括スキルの意味を考えねえと駄目だ。

 そして何より、数値をガイド頼りにして積んでた行動が、純粋に発想主体になる」


 これはどういうことか。


「”自分で全部考える”ってのが、初心者にとっては一番キツいんだぜ」


「成程! ではこのスキルカウント判定、普段はどう使うんですか!?」


 境子の問いに、己は応じた。

 今言うのはあまり意味が無いが、どういう判定なのかという説明として、


「発想が重要だし、何よりスタックをする必要が出て来る。

 だからアリーナでのエキシヴィジョンマッチや、多くのユニットが参加する総合イベント、または各ユニット内で、初心者メンバーにスタックを訓練する時に使うのがフツーだな」


「成程! ――意外に初心者殺しでもあるスキルカウント判定! では今回においては救いは無いのか!? 向こう正面のきさらぎ親方! どうですか!」


 コイツ慣れてきやがったな、と半目で境子を見つつ思う。



 きさらぎは、話を振られて脚を組んだ。

 ポジティブなオプションは自分の役のようだ。


 ……それは重畳。


 己自身が”そう”だ。

 きさらぎ駅。不穏な電車の行き先として辿り着いた駅は、束の間であれ、安心出来る場だろう。そんな小さなポジティブを自覚して、己は言う。


「今回のチャンスは、相手がケダモノであるということです」



 おお、とか、そうだな、という声や頷きが、アリーナから溢れる。

 その響きを聞きつつ、自分は言葉を重ねた。


「ボスワイバーンは初心者にとって強力な相手ですが、それは主に巨体から生じるものです。

 行動自体は、動きを読めば単純。

 ――つまりスキルカウントとして、私達が行うようなカウント稼ぎや、スタック狙いはほぼ無いと言っていいでしょう」


『おいおい! それでもボスワイバーンは今川焼きが12だぞ! スキルカウントどのくらい出して来ると思う? あと――』


「ええ、ボスワイバーンクラスだと”巨体”ボーナスを持っています。

 武蔵勢が公開している”大きさを示す級数”で言うと、無級が12m、ボスワイバーン級は36mですから、ボスワイバーンは、つまり通常の三倍の大きさ。

 ボスワイバーンの”巨体”はそれだけでトリプルスタックで、スキルカウント+3になります」


 しかし、


「ケダモノのチャージと巨体を合わせて、合計スキルカウントのアンサーは大体7前後でしょう。

 今回出場しているパーティでは最大今川焼きレベルが6ですから、レベル数分のスキルを使用の上、ダブルスタックが最低限必要となります」


 さあ、どうでしょう。


「――私はこれを、ポジティブと捉えましょう。ハナコ君、どうですか?」


 視線の先、解説席のハナコが右の親指を上げた。

 言葉としての答えは無い。

 だが答えは明確だ。


「見ていれば解りますね。

 ――我ら全ての行動を感情によって始め、ですよ」




◇これからの話

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