▼006『自分達の至る地平』編【03】


◇これまでの話



◇第二章



 現場は動いていた。



「ええと一体どういうことだ!?」


《仕方有りませんね ――ハイ 一応 相手の挙動などから予測される使用スキルを提示しますが 実際の名称などは違う可能性があります

 本提示は不備があった場合でも御客様の責任となりますので御注意下さい

 了承しますか?》


「どうでもいいから早く――!!」



「チュートリアル特有のイルカムーブが出たな」


「イルカムーブ? 何ですかそれ!」


《いや? 今でもいますよね? アレ》


「ともあれ今のボスワイバーンの挙動はチャージアタックか?」


《右前足のチャージアタックですが、ボスワイバーンなのでプラス名称になっていると思いますね》



《――来ます!》




・ボスワイバーン

 :怒りによる右前足のチャージプラスアタック

  闘術+力技+登攀+疾走

 :巨体:アンサー+3

 :地上行動ペナルティ-1

 :アンサー:6


「難度6!? うわ結構キツイ!」


 だがやるしかない。


 まず下がるために動こうとした。だが、


 ……動きが鈍い!?


 動作している。

 しかし水の中にいるような、自分の全身をリモート操作しているような感覚が浸ってくる。 

 ……これは――。


『――まずは感情から始めて!』


 届いた叫びに気付いた。

 さっきハナコがきさらぎに解説させたばかりだ。


《スキルカウント判定では 感情値と統括スキルに基づいた行動宣言 が 必要です》


「それが無い行動は、どうなるの?」


『自動失敗になるね。ほら、RPGでよくある”かいひ した そして しっぱい した”みたいなアレ』


『アー、それは困りますね……』


「早く! ほら!!」


 ツッコミが来た。

 ともあれ今はどうするべきか。


「――ええと、落ち着こう!」


 だとすれば感情値の選択は一つしか無い。


「冷静に――」


 言う。


「冷静に、しかし急いで行きます!」



 取るべき行動は解っている。


「フェイント掛けつつ、囮としてダッシュ逃走!」


 言うと、画面が使用されるスキルを計上した。


《フェイントは”舞術”でも行えます

 ダッシュは”疾走”でも行えます

 囮行動は”交渉”ですので 交渉行為を行って下さい》


 現状のスキルカウントは2。

 単純な行動宣言だと、全然足りない。

 だから考える。


 ……フェイントと、囮としてのダッシュ逃走って、どんな動きだ?


 思案し、言葉にした。

 まずはダッシュから。

 走る。

 その行為のためには、


「前傾する!」



「――身体を前に、倒れるバランスを支えるように、前へ、速度を上げる!」


 声に、反応があった。

 全身だ。

 これまでハッキリとしていなかった全身の感覚が、不意に戻る。

 エンジンが掛かったように感じた。

 だから身が震えた。


 ……行ける!?


 行ける。 


《疾走+1》


 ダブルスタック。

 だがそれだけではない。


「――!」


 行った。



「腕を強く振る。足裏を、親指使って強く後ろへと蹴る」

 

:疾走+1


 ここまでは、以前にもやったことがある。

 だがそれ以上を望むなら、


「フェイントを走る動作と連動する。大きく、相手のサイズに合わせて」


:舞術+1


「囮として、挑発する」


 己は走りながら振り向き、ボスワイバーンに叫んだ。


「こっちだ! こっち来いよ!」


:交渉+1


「それら全てを連動する」


 その通りにした。

 表示枠内の判定数値が書き変わる。その内容は、


《出ました!》


・DE子

 フェイント掛けつつ囮としてダッシュ逃走。

 :疾走×3 舞術×2 交渉×1

 :アンサー:6


「これが限界か……!」



『おおっとDE子選手! 疾走のトリプルスタックに舞術のダブルスタック! 更に交渉も重ねてアンサー6! 見事ですね!』


『最後の連動宣言は不要って言ったら不要なんだけど、あれ宣言しねえと、たまに非連動ペナルティ食らうときあるんだよな。

 MLMはホントにどうしようもねえ……』


『確かにそうですね! しかしコレ、初心者にしては高いスキルカウントのアンサーですが、現状ではまだまだ危険ですね!』


『ええ。何しろアンサー6でも、ボスワイバーンのアンサーも6です。

この場合はアンサーを出したスキルレベルの合計で比較勝負となりますが――』


『疾走1のDE子がボスワイバーンとのスキルレベル勝負で勝てる訳ねえだろ。

 ――安心しろ。手は打ってある』



 当たる、とボスワイバーンは思った。

 ゆえに右の前足を振り抜く。

 ヒットは確信。

 一瞬で相手は光に散るだろう。

 だが、


「余所見し過ぎですわよ!」



 梅子の視界の中、激音に重なって火花が散った。

 ボスワイバーンの右前足。

 右翼と一体になった腕に対し、牛子が身を捻って飛び込んだのだ。

 一撃を入れる。だが、


 ……危ない!


 外からだと、水平に開いている翼に薙ぎ払われる。

 ゆえに牛子の長身は深く飛び込み、巨影の脇の下に吶喊。

 行動としては、ボスワイバーンの攻撃へのインターセプトだ。

 ボスワイバーンはチャージプラスアタックを行っているので、タスクは6。

 しかし、


「――DE子を追うのに集中してるから、こちらへのペナルティが-1つきますわよね! タスク5ですわ!」



『言ったもん勝ちだよな』


『言ったもん勝ちですよね』



「行きますわ!」


 牛子は両の手に握った長巻クレイモアを振るう。

 動作としては回避攻撃だ。

 回避と攻撃を同時に行うため、行動としての難度が高く、成功してもダメージの伸びが悪い。

 だが、


 ……ここはコレが一番ですのよ!


「いつものように、強引にボスワイバーンの懐に飛び込み、攻撃を回避しつつ右前足を切りますわ!」



『おおっと! ここで牛子のインターセプト! 牛子の今川焼きは5ですが、アンサー6を出すにはスタックが一回必要です! しかし――』


『牛子君、実はシングル判定ばかりの子なんですよねえ』


『いいじゃねえか。

 スタックってのは基本として”劣ってるヤツの使う技”だぜ?

 強いユニットのメンバーは、スタック無しのシングル基本ってのが王道だ』


『確かにそうですね! でも、今回はどうなんです!?』


『王道ってのは上にも下にもあるもんだ。

 地上東京にも地下東京にも国道20号線が走ってるようなもんでな。

 ――劣ってるなら、それなりの王道を通すだろうよ』



 牛子は判断した。


 ……スタックの前に、まずは今川焼きレベル分のスキルを使用しなければなりませんわね。 


《いつものように 強引に という行動宣言は

 感情値”楽”

 統括スキル”STR”

 と 判断出来ますが 宜しいですか》


「宜しいですわよ!」


 そのまま行動を告げていく。


「回避で身を回す流れを用い、剣を横凪にスラッシュ」


・剣術+1 回避+1


「更に強く踏み込んで旋回速度を上げますの」


・力技+1 疾走+1


 これで合計アンサー4。

 今川焼きに合わせるために使う最後のスキルは、


「――優雅さが必要ですわね」


・舞術1+1


・牛子

 ボスワイバーンの懐に飛び込み、攻撃を回避しつつ右前足を切る。

 :剣術+1 回避+1 力技+1 疾走+1 舞術+1


 ……一気にカウント5!


 しかしこれでは駄目だ。

 同カウントではスキルレベルの勝負となり、その場合はボスワイバーンが圧倒的に有利。

 ならばここでは、


『スターック!』


 ああそうだ。ゆえに宣言する。


「我が剣術は欧州由来のもの。

 ――領地を脅かす駄竜などを相手にするための剣術!

 それを修めておりますわ!」


 その結果は、


《剣術+1 です!》



『それは、どっちかって言うと”剣術”じゃなくて”交渉”じゃねえかな……?』


『”度胸”かもしれませんよ?』


『おおっとベテラン勢の厳しい批評! しかしアンサーはどうだ!?』


・牛子

 ボスワイバーンの懐に飛び込み、攻撃を回避しつつ右前足を切る。

 :剣術×2 回避×1 力技×1 疾走×1 舞術×1 交渉×1

 :アンサー:6



 命中の火花が散る。それはボスワイバーンの右前足に当たり、装甲を砕いた。

 そのまま牛子は身を回して巨体の下から離脱。

 ステップを踏んで更に距離を取りつつも身を回し、


「――DE子! ペナルティ、稼ぎましたわよ!」


 ボスワイバーンの攻撃に対してインターセプト。その右前足を軽く砕いただけだが、


・ボスワイバーン

 右前足のチャージプラスアタック

 :右前足インターセプトペナルティ(-1)

 :アンサー:6→5



『――!』


 一撃が来た。

 だが、DE子に対し、吶喊した巨竜の前足が届かない。


「牛子、有り難う……!」


 逃げ切ったのだ。



『今の、連携ですかね!? ともあれ最初のDE子選手のスタックが御見事でした!   

 どう思いますハナコさん!』


『牛子が頭使ったな。

 回避攻撃で選択したスキルだけどよ。

 アイツ曲芸持ってるから曲芸入れると思ったら、舞術入れたろ』


『入れましたね! 私もそこ、”おお?”って思いました!

 だって牛子選手の曲芸はレベル5、舞術はレベル1ですから、スキルカウント判定でも、入れるなら舞術ではなく曲芸を選びますよね!』


『アレな?

 多分、ボスワイバーンの脇の下に飛び込むとき、曲芸としての動作ストックが自分の中に無かったんだよ。

 アイツ、背ー高いから、自分よりデカイ相手の下に飛び込むってのが経験ねえんだな。

 だからスタック稼ぐのには曲芸より舞術。

 ――”優雅に”、とか言っておけば通るからな』


『成程! しかし牛子選手、舞術該当のセンスがあるんですね!』


『地元でフォークダンスでも習ってたんじゃねえの?』



 ……聞こえてますわよ――!!


 臨時と言うことで会場の解説は届いてくる。

 あちらの方、情報密度を上げているので音声のディレイ変換が掛かっているが、



『キャアア! 流石です牛子様!』


『やはり英国時代に優雅な御生活を!!』


 コレ、私、地上に戻ったらどうなりますの?

 というか地元ではまあそれなりの生活をしていたから嘘では無い。

 ともあれ、


「DE子! 準備は出来てますわね!?」


「――行ける!」


 というのは、攻撃をかわしたまでも、未だにボスワイバーンに追われているDE子だ。


 ……行動順番で言えば、次はDE子の番……!


 回避などの受動行為ではなく、自ら発起する能動行為。今ここで取るそれは、しかし攻撃ではなく、


「滑走……!」



 ボスワイバーンは、獲物がいきなり速度を上げたのを見た。


 ……飛んでいる?


 自分達の飛翔システムに似た加速だ。

 一瞬、コイツは実はこちらと同じ種族なのではないかと、そう思ったほどの速度。

 だが違う。

 よく見れば地表を滑っているに過ぎない。

 飛べないのだ。


 ……そうか。


 理解した。

 コイツらは飛べない輩でありつつ、しかし自分達のように飛べる者達の縄張りを侵しに来たのだ。

 その速度をもって、こちらに対抗出来ると、そう考えたのだろう。

 そうか。

 ならば潰す意味がある。

 まずはそのように、自分達と同様の加速をもって地表を這う輩。


『――!』


 貴様だ。



 DE子は加速した。

 周囲は空。

 視線を水平以上に持てば、どこもかしこも落ちるように見える、底のない天上域だ。

 背後の大物に追われ、しかしアピール。


「ほら、掛かって来いよ!」


 身を低く、コーナーリングでは全身を大きく傾け、近づく地表に手どころか肘を当てるようにして弧を描く。そして、


『……!』


 ボスワイバーンがその巨体を回す。

 九十度。右回り。大きな方向転換だが、こちらは既にその鼻先を横に通過している。

 そして、


『良い感じ! 今の方向転換でボスワイバーンの行動順番08を消化してるからね!』



 白魔としての戦術は、こうだ。

 先ほど、言定状態で軽く打ち合わせしている。



《いい? ボスワイバーンは1ターン中に二回行動出来るのね。

 だけどそんな狭いフロアで二回行動させたら、チャージやブレスのやり放題でしょ?

 だからDE子さん、囮になって誘導して、ボスワイバーンを走らせて》


《それは、DE子がチャージを食らうということですのよ?》


《うん。だから牛子さんがインターセプトでタスクを下げて。

 そしてDE子さんはね? ボスワイバーンのチャージをかわしたら、九十度ターンでフロアの端ぎりぎりまで、攻めてくれる?》


《つまり、……ボスワイバーンの二回行動を、誘導制限する?》


《どういうこと?》


《成程……! ボスワイバーンは自分の第一フェイズでチャージをしますけど、第二フェイズは九十度方向を変えたDE子を追うために、姿勢制御とターンを行わねばなりませんわ》


《そう。このやり方だと、DE子さんはボスワイバーンのチャージを牛子さんのインターセプトでかわすことが出来るし、第二フェイズ目は方向転換してるボスワイバーンを確認しながら、距離を空けることに専念できる訳。

 王道戦術だけど、ここで憶えて行こうね!》


 

 そのように、エンゼルステアの一年組は行動指針を決定した。

 だが、


 ……”しまむら”の皆、大丈夫かなあ!



 ボスワイバーンの外側、共にフロアを走るミツキが感じるのは、大風だった。



 ……うわわわわわあ!


 自分達が行くのは、右に九十度回るボスワイバーンの外側。

 巨体の左側を位置するように、フロアを回って行く。

 大騒ぎだ。しかし、


「この位置だと、ボスワイバーンの死角に入ってるからね……!」


 移動することが前提だが、安全地帯なのだ。


『おおっと”しまむら”三人組! ボスワイバーンの死角に入りましたね!』


『ボスワイバーンは着地すると、翼でもある前脚が大きな遮蔽となり、死角を作ります。

 本来ならその長い首を使って確認しますが、今はDE子君が囮になって引っ張ってますからね。

 あとはボスワイバーンの左右脇に入って、一緒に走っていけば安全は確保されます』


『しかしまあ、30メートル級の巨体が、高速で走り、全身を跳ねて方向転換する訳だ。

 初心者組にはチョイと大変そうだな。

 皆、”昔は俺もアアだった”って笑う処だぞ、ここ』



 実況から届いてきた笑い声に、ミツキは怒る気にもならなかった。


 ……その通り過ぎる!!


 石畳状のフロアは地響きで揺れ、巨体の四肢や尾の装甲が石を砕いて散らす。

 それらの挙動は、ボスワイバーンの両翼で大きく風を巻くが、


「堪えて急ぐよ……!」


 左脇の外。

 その位置取りを外しては駄目だ。

 キープ。 

 近づきすぎてもいけないし、遠すぎてもいけない。

 有り難いのは、ボスワイバーンが大体90度での旋回動作を行う事だった。

 この動作中に追い付いて、自分達の位置を整えるのが常道だと、白魔先輩からの指示が来ている。

 ただ、自分達は一番長く走らねばならない。

 右回りで誘導されるボスワイバーンの外側。


 ……これをいつまで保てますかね……!


「大丈夫!」


 自分と行動順番が”14、07”で二回とも同じヨネミが、共に走りながら言う。


「今度は”疲労軽減”入れてるから!」



 その言葉に、自分は一瞬驚いた。

 ”今度は”とヨネミは言ったのだ。

 それはつまり、


 ……さっきの私達の”負け”は、もう、過去になってるんですね。



 勝負はこれからだ。




◇これからの話

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