▼005『自分が知らない自分の物語』編【09】

◇これまでの話



◇第七章



 両者がゴールした。

 実況の大判表示枠では、ゴールとなる壁上フィールド”大ホール”にて、しまむらのリーダーが尻餅をつき、エンゼルステアのダークエルフが百メートルほど飛んでから着地していた。

 今、両者のメンバーが注連縄回廊を急ぎ、集合していく。

 しかし、



『さあ! 総評です!!』


 おい、とハナコが言った。



『アンサーは出て居るぞ! テツコ! どう評価する!?』



『えー……? 私そういう役じゃないんじゃないかね?』


 テツコは、正確な判断を行うことにした。

 今、実況の画面は、まず座り込んで荒れた息を繰り返しているしまむらのリーダーと、そこに駆けつけてくるダークエルフを映している。

 二人が同級生だという情報は、何処からか漏れているもので、観客席からは呟きも漏れる。


「いいわね……」


「ええ。いいわね……」


 語彙が無いな君ら、と思いつつ、己は言った。


『――只今の結果、動きとしては等しく同着のように見えたものだ。

 これがRTAでなければ、”同着”という判断も有りだろう。

 一応、もしも勝った側が示談で望めば、勝利を譲ることも出来る。

 まあそれは無いだろうから――』


 ああ。


『――この勝負、エンゼルステアの勝利である』



 おお! という声が観客席から群で発された。

 くっそ、とか、マジかよ、という疑問も来た。


 ……負けた方の味方をするとは、面倒臭いな君らは……!


 勝ち負けはロジックだ。

 感情によるものではない。

 そして今回のロジックは明確だ。

 ゆえに己は言う。

 実況画面に向けて、通神用の表示枠を出し、


『しまむらリーダー、このランにおいては君達の敗北だ』


『――っ、は』


 いきなりの呼びかけに、息を整えていたのを乱したらしい。

 しかし彼女は、上気した顔をこちらに見せて、


『はい。順当、ですね』


 そうだろう。


『私は、最後まで、”楽”でしたけど”喜”まで開き直れなかったです』


『まあ”喜”じゃなきゃいけないということはない。

 それで通せるのはちょっと外れた連中だ』


 でも、


『友人とのランだろう。――次からは楽しみ賜えよ』


 一息。


『今のものを総評とする!』


『ハ! 珍しく後輩に優しい処見せて照れてやがる』


『やかましいよ、君は……!』



 図書委員長の説明を聞いて、ミツキは頷いた。

 遠く、広場の中央側から、荒れた息のDE子さんがやってくる。

 逆となる岸壁の縁の方からは、ミツキやトレオ、エンゼルステアの他の二人もやってくる。

 だけど自分は、



「――――」


 ただ立ち上がった。

 空を見上げる。



 御免ね、とミツキは思った。

 誰も彼も、今はちょっと視界に入れたくない。


 ……負けたんですよね。


 ファッションユニットがよくやったと、そう言えるかもしれない。

 だけど、


 ……負けたんですよ。



 全力で、皆でやって、勝てなかった。


 ……悔しい。


 ああもう! と叫んで、大声出して、ア――ッ! て大の字になって抗議したい。

 勝たせてくれたっていいじゃないですか。

 最後の最後まで、勝っていたんだから。

 皆も、頑張ったんだから。

 でももう、決定したことは覆らない。



 やだなあ。

 これから大空洞の外に出て、帰宅して、御風呂入って、このことを思い出すんですよ。

 夜にベッドの中で、多分うめく。

 悔しいことを、どうしても消すことが出来ずに、頭の中から離れて欲しいと何度も寝返りを打つのだ。


 ……これだから、勝負ごとは……。



 中学の時、部活で、トーナメントの良い処まで行って、負けたことがある。

 何も残らないと、そのとき、思ったのだ。

 実際、何も残らなかった。

 それまでの楽しいことも、


 ……結局、結果に繋がらないことだったよね、って上書きされちゃって。


 ああ自分は意外にも”勝ちたかった”のだと思わされた。

 だからファッションユニットだ。

 だからしまむら。

 だからどうしたものか。

 今、皆に対して、優しくなれない。

 一番悔しいのは私だという自信もあるけど、今、負けて悔しい皆を、自分はフォローしなければならないですから。

 だから、ええと、だから、



「ミツキさん!」



「ファ!? な、何ですDE子さん!?」


 いきなり横から来た声に、自分は明らかな恐れを感じた。


 ……やめて。


 下手なフォローや、同情はやめて。

 DE子さんは勝った側で、勝ったならば楽しいでしょう。

 今の自分とDE子さんの間には、どうしようもない溝がある。



 もしここで、凄いね、とか、よくやったね、って言われたって、それは勝者の言葉です。



 敗者にとって、そんな風に褒められたって敗北は覆らない。

 でも勝者は、その言葉で、敗者を認めたつもりになって、こちらに敗北を与えたという事実を美談にする。

 だから、


 ……やめて。


 私を、貴方の美談にしないで。


 ……やめて下さい。


 何も言わないで、と、そう思った自分の耳に、彼女の言葉が届いた。


「あのさ、ミツキさん」


 言われた。


「この後、何処かに皆でメシでも食いに行こうよ!

 良い処、知ってる?」



 ンンン? とミツキは思った。

 メシィ? と思わず内心で唸るこちらの前、明らかにランナーズハイなダークエルフが言葉を重ねる。


「あのさあのさ。

 今日のこのゲーム……、あ、ゲームって言うのかな?

 まあいいや。

 テーブルに料理並べて”レシート? あ、まだ頼みますんで!”みたいなノリでさ。

 今日のコレの感想戦とかしようよ!」


「え? え? ――今日、これ、から?」


 うん、とDE子さんが頷く。


「だって、これで終わりじゃないよね?」



「これからのために、何が良かったのか、悪かったのか、話合ったり、どうすればもっと良くなったかな、って意見出し合ってさ。

 そうやって、次の自分を今日の自分より良くしたいって。

 それは、負けた側でも勝った側でも変わらないよね。

 ――終わらない限りは」



「あの、じゃあ、ええと」


 あ、と己は思った。

 凄く狼狽えてる、と。

 敗北。

 それで決着。

 悔しさだけが残ると、そう思っていたのに、


 ……これで終わりじゃないって。


 糧にする。

 それについては、勝者も敗者も変わらない。

 だけど、


「……悔しさは、何処に行くの?」


 聞きたい。

 敗北して、思い切り食らってしまう感情は、何処に行くのかと。

 すると、DE子さんが頷きつけて言った。


「うん。

 ――それは、消えなくていいんじゃないかな?」


「それって……!」


 駄目じゃないですか、と思った時、答えが来た。


「だから何か美味いもの食いに行こうよ。

 ――悔しい分だけ、楽しいことしよう。

 そうしていいんだよ」


 それに、


「――腹減ってない?」



 DE子は、突然の匂いを感じた。


 ……え?


 熱。

 重さ。

 圧力。

 何かと思えば、


「――――」


 ミツキさんがこちらに抱きついてきている。



 ……え!?


 おめでとう御座います!

 違う。


 ……どういうこと?


 全然解らん。

 ひょっとしてミツキさん、自分と結婚したいの?

 いや、これは元男としての発想。

 そうじゃない。

 だけど本気で何故こうなるのか解らん。

 というか、


 ……どーすんのコレ……!?


 これまで人生において女性に抱きつかれたことがあったろうか。

 先日、牛子に抱えられた憶えがあるが、あれはどちらかというと救助と荷物感強かったよね……。

 だけど見れば向こうで、やってきたヨネミがかなりキツめのエアハグのジェスチャーをしており、トレオも深く頷いているが、


『駄目ですわねえ』


『駄目だね……』


『何その雑な感想……!』


 いやまあ駄目だけどォ――。

 だが、ふと熱が離れた。

 髪の匂いも、圧力も、


「――――」



● 

 あの、とミツキは前置きした。


「――DE子さん?

 悔しい分だけ楽しいことしようって。

 それだと、負けた方が得ですよね。

 だって今日、これから、DE子さんがオゴってくれる訳ですから」


「え? 自分がオゴるの?」


「あらあら、そういう流れですのよ? 今の」


「じゃあ決まり」


 笑うのは強がり。

 だけど、自分はこう思った。


 ……悔しくても、いいですかね。


 うめいたり、思いだしたりがあったら、楽しいことをしよう。

 話をして、美味しいもの食べて、ショッピングしたり、映画見たり、足伸ばして多摩テックや西武園行ったりで。


「これから、宜しく御願いしますね」



 おお、と安堵に似た声が観客席から漏れるのを、きさらぎは聞いた。

 皆、初心者にはホント甘い。

 まあ、自分達の後達になるかもしれないのだから、仕方ないとは言えよう。

 だけど、



「今回は大きな収穫でしたね。

 まさか、ファッションユニットが、あんなに出来るとはねえ」


 画面の中、息をついた二つのパーティが撤収準備に入っている。

 帰還ルートはこの断崖の下まで降下して、下面にある第二階層入り口だ。

 一度第二階層に出て、そのエントランスから地上側に戻る。

 そして今、しまむらの面々が、断崖に打ち込んだ最後の注連縄回廊を回収していた。

 残しておいても良いだろうとは思うが、


「よく見ると注連縄が弛んでるな。うちが使った側まで行かないが、新規だったら張り直しした方がいいだろう」


「ペナルティには至るほどじゃないから良いのでは、と思いましたが、そのあたり細かいのが私達ですからね……。

 でも、ファッションユニットでも、そういう気遣いあるのですねえ」


「いやホントな。

 うちは今回、一年組とはいえ、ガチ系ユニットとしてはかなりやられた方だよな……」


「褒めて伸ばしなさいよ。

 ――でもまあ、勝負を決めたのが感情値の変更なんて、一般人のユニットはまず考えませんからねえ。

 そういう意味では、あのミツキ君、最後までファッションユニットとして通した訳ですね。

 条件次第では勝っていたとなると、今後、ファッションユニットをどう扱うか、という参考になりますね、今回」


 だが、己は視線をある処に飛ばしていた。

 実況用の大型表示枠。そこにある情報が示されているのだが、


『ハナコ君? 気付いていますかね?』


『ああ、チョイと面倒なことになってるな、コレ』


 即座に言葉が飛んだ。



『総員動くな! その上で白魔! 黒魔! 聖女の処に飛べ!』



『アッハイ! ええと』


 と、CBからガンホーキを射出しようとする。だが、


《すみません ここでの射出許可が出ておりません》


「こっちもだテツコォ――ッ!!」


 何が何だか、という流れだろう。

 ただ、自分にも解ってることがある。


「アーマーよく解らないが許可は私から出す!

 どういうことだね?」


「――第一階層踏破率!

 画面にずっと表示されてるの、100%のままだよね?」


 言いながらガンホーキを射出。

 正規手続きではなく、術式でスターターを一気に回す。

 すると爆音と弾ける響きをつけて、クロさんが先に飛んでいった。

 そして自分は実況の表示枠を見る。

 垂直にしたガンホーキに身を預けながら、


「――あの踏破率が、100%から動いてないの!

 だって元々が100%行ってたのに、完全踏破になってなかったんだよ?

 だから今回のランで、ホントならクソ仕様で103%とかになってる筈だけど」


「今回のやり方がミスっていたという可能性は!?」


「それ正常性バイアス!」


 そして来た。

 画面の中、疲労回復術式を受けているミツキさんの背後に、空からそれが着弾したのだ。



『……!!』


 ボスワイバーン。

 全長30メートルクラス。その実力は、


『レベル12……! 中級者でも上位級だね!!』



「――来やがったか!

 よーし全員言定状態に入れ!

 三秒で作戦決めるぞ!」




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