▼005『自分が知らない自分の物語』編【08】

◇これまでの話





「うわ……!」


 白魔は、地響きを聞いた。

 観客席、総員が今の実況を見て、足を踏む。

 遠雷のような轟音は、この勝負を推すものだ。


「行けよ……!」


「やっちまえよファッションユニット!」


「ダークエルフの方も、逆転出来るんだろうな!?」


 それぞれが好き勝手言っている。

 あちこちに見られる表示枠は、言定状態に入っている証拠だ。

 このリアタイの高速を、もっと長く楽しもうとして意見交換しているに違いない。


 ……いいなあ。


  出場している二つのパーティはどちらも初心者同士。

  そして同じく低レベル。

 ここにいる強者どもから見たら、カワイイ後輩だろう。

 だから皆、忌憚なく推すし、話合う。


『クロさん。私達にはこういうの、もう無いよね――』

 

『まあ仕方ないというしかないが……、現場の方、大丈夫か?』


 うん。

 それは大丈夫。

 だって、


『DE子さんには言ってあるもの。――大事な指示を』




 ミツキは見た。


「――――」


 右前方。

 アンサー1差で後れながら、位置としては前にいるDE子が、”そこ”に見えていた。

 既に彼女は”舞術”のクアッドスタックに、”回避”のダブルスタックも入れている。


 ……これ以上、スタックを重ねる要因は無い筈!


 するとDE子さんが、こちらを見ていた。

 彼女が告げた。

 笑顔で、



「――楽しいね、ミツキさん」



 DE子は己を変えた。

 ここまで真剣に、”冷”の感情で来ていたのだ。

 だが、違うと、そう思った。

 全力を出して。

 皆が手伝ってくれて。

 自分も皆の代表として動いて。

 考えるだけ考えて。

 そして凄い相手がいて、


 ……そうだね。


 自分はこれを、楽しいと思えた。

 そう思えるのだ。



「我ら全ての行動を感情によって始め……」


 言った。


「使用する感情値を、変更します」



 ミツキは走った。

 大きなストライドで、注連縄回廊の足場をただ一直線に行く。


 ……皆!


 自分の”皆”は、無茶苦茶やらかすエンゼルステアの”皆”とは違う。

 それでも、自分の”皆”は、今回の無茶を支持をしてくれた。

 トレオは自腹を切って最短ルートの構築をしてくれたし、ヨネミも術式でこっちを支援してくれたのだ。


 ……一人じゃないです。


 ゆえに己は走った。

 最後まで走った。

 まっすぐに、見上げる断崖の向こう。

 空を見据え、


「――――」


 視界に青の天上が広がった。

 ゴールラインとなる回廊の終端を抜ける瞬間。

 己はそれを見た。

 右手側の空。

 高い位置に、舞っている姿がある。


「あれは――」


 DE子さんだ。

 回廊の波乗りが終わり、その波頭を滑走のサーフライドで抜けた事により、


 ……ああ。

 

 見えた。


「ヒャッホウ……!」


 宙に投げ出されているのに、笑っている。

 楽しんでいるのだ。



 ゴールの直前。

 DE子にとって、全ては一瞬だった。

 上へと反り上がるようなジャンプ軌道となった滑走路の上。

 このまま行くと、頭よりも足が上になる角度で断崖の上に辿り着く。

 だがそれは、


「凄い高く飛ぶと思うけど、こういうの、ジャンプの頂点でいきなり速度失うよね? 無茶苦茶転ぶ?」


《ハーフパイプ競技の着地失敗と同じですが

 大分 強めに高いので

 ボロクズのようになって 結晶化でしょうねえ》


 だとしたら、


「着地頼む!」


《降下術式を使用します》


 その言葉と同時に、自分は虚空に身を放った。

 空中側転。

 その直後に注連縄回廊はゴールに届き、


「……!」


 勢いを消すことなく、己は空に自分を発射する。

 そして宙で全身が回り、逆さになった瞬間。

 自分は、ゴール地点となる対岸、石畳状の床にぎりぎりタッチした。

 それは一瞬で通過して、


《着地シークエンスに入ります》


 身体が上に跳ねた。

 上がる。

 先ほど画面が言ったように、スノーボードのハーフパイプ競技のようなジャンプ。

 上がって、しかし前に飛ぶ。

 視界が回り、体が一回転し、


「おお!?」


 まるで高飛びでバーを背面越えするような動きになるが、 


「――――」


 着地でもう一度上に釣り上げられ、速度が緩んだ。

 降下。

 着地する。

 そこは断崖の上で、


『ハイ御疲れ――! 終了だよ!』


 ゴールしたのだ。



 そして両者は、顔を見合わせた。

 距離は離れていたが、明らかに視線は合い、


「――!」


「……!」


 お互いが笑った瞬間。

 リザルト演出が宙に展開した。



「さあ! 勝負はどうなった! まずは優勢の”しまむら”リーダー! ミツキのリザルトです!」


■仮定総合アンサー

・ミツキ(しまむら)

:確定総合アンサー:166


「最後のスキル変更が利いて合計アンサー166!

 これは初心者ではかなり高めですね!」


「4ターンしっかり考えて稼いだ結果だな。

 シングルオンリーなのが不器用だけど、皆、憶えがあるスキル回しだろうよ」


 その言葉に、会場が応じた。


『おお……!!』


 そうだ。

 そうだとも。

 そういう時期が自分達にもあったのだと。

 湧いた。

 それを聞いた上で、境子が言った。


「ではこの合計アンサー166を1差で追う”エンゼルステア”の”DE子”!

 そのリザルトは、どうだ!?」



 結果が、アリーナ上空の大型表示枠に射出された。


・DE子(エンゼルステア)

:確定総合アンサー:=165+2=167


「――167!!!!」


 一息。

 アリーナ全体が同時に静まった中で、ハナコが叫んだ。


「我ら前を見る者なり!」


 そして、


「 我ら全ての行動を感情によって始める者達なり、だ……!!」



 ハナコは声を上げた。


「最後の最後、DE子があたし達に並んだのが、解るか?」


 ああそうだ。


「これまでアイツ、冷静に”冷”の感情値(5)で判定してやがった。

 だがラストの4ターン目、それを変えた」


 その行き先は、


「”喜”の感情値(7)だ」


 どうなったかは、DE子のキャラクターシートを見れば解る。



「感情値の差によって、アンサー+2!

 この意味、解るよな! お前ら!」


 ああそうだ。

 解りきったことだ。


「大空洞にビビって冷静に冷静にと、そう腰を低くしていた初心者が、熱くなる勝負で自分を抑えられなくなったんだよ。

 ――面白いよな、って」


 だから決まりだ。


「――初心者一名、この馬鹿な大空洞で何度死んでも治らない病が発症、だ。

 ああそうだ。

 馬鹿は死んでも治らねえ!

 笑って成功して笑って失敗して、そうやって行く馬鹿があたし達に一人追加だ! 

 さあ結果は出た!

 言えよ境子!」


「はい!」



「”しまむら”、”エンゼルステア”の第一階層RTA!

 勝者”エンゼルステア”で確定です!」




◇これからの話


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