▼005『自分が知らない自分の物語』編【05】

◇これまでの話



◇第四章




『まさかのロープライド!!』


 画面上のDE子を見て、境子は叫んだ。

 先ほど見えた拙い”疾走レベル1”のスタック。

 その意味が今こそ解ったからだ。

 あれは、何のためのものか。

 答えは一つだ。


『ロープライドに繋げるための”疾走”!!』




「御見事!!」


「褒めるか」


「当たり前でしょう? レベルの低い”疾走”でも、クアッドスタックでちゃんと準備動作を重ねました。

 そう。

 走るための”疾走”ではなく”ロープライド”。

 先日にハナコ君達が見せて、自分もそれに乗った高速滑走に繋げるための”疾走”です」


 手を一つ叩き、きさらぎが笑った。


「確かに”レベル1疾走”よりも”ものは下に落ちる”方が速い!

 大空洞で遊ぶなら、良い選択です!」




『速い! 一気に速度を上げてきましたエンゼルステア! ですが先行するしまむらは既にロープの中央を通過!

 既に残り1/4に入ろうか、というところです!』


『おい、今、ここの速度変えてっか? コレ、じっくり見ようぜ』


『ハイ! そう言うと思ってこの会場、情報深度を上げました! 午前プール分の流体燃料を使って、現場を約百倍速度で追ってます!』


 おお、という声が観客席から漏れた。

 見れば実況表示枠の大型スクリーンの中、DE子の動作がスローモーションで流れていく。

 それを見て、境子がハナコに声を送った。


『――さて速度百倍になったのとは別で、第一ターンの状況確認!

 アンサーエンドが見えてないものは推測値で出しますが、熟練者は頭の中で補正して欲しい!』



■第一ターン

・ミツキ(しまむら)

:アンサー:35

:総合アンサー:35


・DE子(エンゼルステア)

:アンサー:NOTHING


『さあ! 第一ターンでは、しまむらのリーダーが先行!

 エンゼルステアは出遅れたのでこのターン行動不能です!

 そしてこの状況から、続く第二ターンはどうなると思いますか、ハナコさん!』


『そうだな。

 まず、しまむらリーダーはそのまま走って行くだろ、

 だから順当に考えたら、アンサーは引き続き35。

 総合アンサーは70だ』


『成程! 判定割ターンだから、最終的には140に達しそうですね!

 さあでは対抗するDE子の第二ターンアンサーは、何ポイントだ!?』


『アイツの申告だと、以下の状況だな」



・冷5+AGL6

・レベル1疾走×4

・レベル2気付

・レベル5建造


『合計アンサー:22!

 相手の35に全然足りねえな!

 だがこれに滑走の速度ボーナスがつくぞ!

 おい! きさらぎ! 重力加速度どのくらいだ!』



 きさらぎは、喉の奥にまでこみ上げてきた幾つかの台詞を飲み込んだ。


 ……あの馬鹿……!


 こっちは敵というか、ライバル的な存在なんですけどねえ。

 だがこちらの視界の中、実況席の下にあるバックアップ席からは、無言で白魔君がこちらを拝んで頭を伏せている。


「黒魔君? 魔術系でも合唱で拝むんです?」


「というかああいう風に合掌されて、お前、浄化されたりしないのか?

 一応白魔は白魔術系だし……」


「あの合掌が私に対して攻性効果を持つなら、ここは今から鉄火場ですね?

 まあそれは無いとして、とりあえず計算しましょうかね」


「すまんなあ……」


「黒魔君への好感度がビミョーに上がるのを自覚しますね……」


 だが計算としては簡単だ。

 自分の正面。

 侍女人形達がミラーレス一眼をベースにしたカメラと、撮影術式を揃えて二体ほどやってくる。

 それに向けて己は視線を向けて、


「重力加速度の話をする前に、ターン経過と行動制限の話ですよ、ハナコ君」



「400メートルある注連縄通路の上、4ターン勝負ですが、DE子君は1ターン目を出遅れで行動不能。

 残り3ターンで、しまむらが出すであろう総合アンサー140を超えねばなりませんね。

 そして2ターン目、DE子君にとっての1ターン目ですが、ここで彼女は”疾走”のクアッドスタックなどを行い、滑走に移行しました」


 しかし、と己は前置きした。


「ここでDE子君にとって、一つ、厳しい制限がつきます」


 それは何か、


「1ターン中、自分の行動順番において出来ることは、一つだけです。

 ”疾走から滑走”。

 これを行う場合、1ターンを疾走に使い、次のターンから滑走です」


 つまり、


「滑走による加速のアンサーボーナスは、DE子君にとっての1ターン目にはつきません。

 それは残り2ターンにしか加算されないですね。普通は」



 客席にて観戦をしていた巨躯がいる。

 ピグッサンだ。彼女は腕を組んだ姿勢でシート二つを占領しながら、


「……マジかよ!?

 そりゃあ殺生じゃねえか!?」


「――MLMの気分によるものですか?」


 二人の問いかけに、応じる声があった。


「その通りでもあり、その通りでも無いですね」


 きさらぎだ。

 距離の離れた関係者席から、喧噪となっている観客席の言葉を聞き分けられる筈も無い。しかし、


「ファーマーズセンターに最近入れてくれてる寒天麺、あれ、夜食に良いんですよね。

 だからその分、いい事を教えましょう」


 笑顔で、怪異の憑現者が言った。


「DE子君、――彼女にとっての1ターン目から滑走してますよ。

 私の見立てでは、彼女の持ちターンである3ターン、全てに滑走の加速によるアンサーボーナスがつきます」



 アリーナがざわめいた。

 1ターン中には1行動が基本。では、


『――DE子は何故、1ターン中に疾走と滑走を同時に出来たんですか!? 向こう正面のきさらぎさん! 御願いします!』


『私、今、オフィシャルになってます?』


 しかしまあ、ときさらぎは息を一つ入れた。


「DE子君が行ったのは、スタックを重ねることによる”スキルの解釈変更”です」


 きさらぎは、脚を組んで言う。

 今から言うのは、大空洞範囲で行動する際のルールだ。

 それを示すつもりで、左右に手を大きく広げ、


「――DE子君は、疾走から滑走に繋げました。

 しかし、”疾走”と”滑走”は、どちらも別の動作です。

 本来ならば、”疾走”と”滑走”を、1ターン中に共に行うことは、出来ないんですね」


 ですが、ときさらぎが言った。


「DE子君は、恐らく、天然でそれを繋げた。

 本来なら1ターン中には出来ない”疾走から、滑走する”を、一つの動作として行う方法が、一つだけあります」


 それは、


「――”疾走”技能の解釈をスタックで増やし、単なる疾走ではなく、別のものにする」


 つまり、ときさらぎは指を一つ立てて告げた。


「――”助走から滑走”です。

 あの4連スタックは、”疾走”を、解釈重ねて”助走”とするためのものですね。

 これならば、滑走の初動として組み込めて、1動作に出来ます」



 黒魔は、観客席からのどよめきを聞いた。

 ここにいる連中ならば、今DE子が行っているロープライドは自分でも出来るだろう。

 スタックによるスキルの解釈変更も、それなりに出来る奴らが集まっていよう。

 だけど、


「……どちらも、まだ大空洞アタック二回目の初心者にやらせることじゃないよな」


「同意ですね。

 特に滑走が危険です。下手に速度出して転んだら即結晶化ですから。

 スタック訓練も必要ですが、危険時の対処訓練を考えたら、初心者から中級者へ移るあたりでやらせる技術ですね」


「どうしてそう思う?」


「第一階層での重力加速滑走のライドは、”下を自覚する”ことと”ライディング”の二つの技術が必要だからです。

 つまり最低でも二つのスキルを併用する。それも瞬間の連続の中で、です。

 ソロ戦闘やってるようなものですから、のんびりスローなミッションばかりやっていたら、絶対に出来ませんよ。

 ――実際、初心者としてはDE子君よりも場数を踏んでる”しまむら”のリーダーですら、ライドは出来てないのですから」


 だがDE子は、不確かながらロープの上を滑走している。

 その光景を見て、きさらぎが首を傾げた。


「……スタックによるスキルの解釈変更や、あのロープライド。

 何故、DE子君は出来るのですかね?

 貴方達との初回ランで憶えたなんて言うなら、彼女、見ただけで何でも出来る天才ですよ?」


「アー、あのときだって白魔がケッコー補助してたから、アイツが天才ってのは無いな。

 ”下”の認識は出来てたようだが」


 だけど自分には、解ることがある。


「多分、牛子だ。

 ――アイツが仕込んでる」



 梅子が、滑走するDE子を応援するように両手を握っている。

 牛子は、その背を見て微笑しながら、疲労で伏せていた身を起こした。

 視界の中、ロープの上を滑走していくDE子がいる。

 その姿を自らも確認し、


 ……行きなさいな。


 教えたのだ。

 ここに来るまで、二人を担ぎながら、”滑走”と、”助走”の仕方を、だ。

 DE子が、梅子同様、”下”を自覚出来るのは解っていた。

 肩上でツインエンジンになるには、それが出来なければならないからだ。

 だが滑走については、以前のタイムアタックの時でも、白魔先輩の力を大きく借りている。

 ”助走”においては、スタック自体が初めてのことだろう。

 だから自分が改めて教えた。

 己は、先輩達と共に幾度かここに来ており、下回りのルートもそれなりに経験している。

 当初は、やはり先輩達の力を大きく借りたが、


 ……今では、私も滑走出来ますのよ?


 スタックも同然だ。

 それゆえ、教えた。

 まず滑走。

 この第一階層、浮島の多くは草群に覆われていて滑走出来ないが、石畳状の箇所ではそれが出来る。

 故に全力疾走しつつ、時折に滑走を混ぜてDE子に教えていた。

 DE子が最後の走者となる。

 その前提で、だ。



 つまりこんな流れだ。

 二人を肩に乗せて運びながら提案をしたのだが、


「ええ!? いくら何でも自分、あの変な滑走はどうやればいいのか解ってないよ?」


「ええ。

 でも最後のロープを渡るとき、それが必要になると思いますの」


 コツはある。


「――全力疾走なさいな」


「どういうこと?」


 ええ、と己は応じた。

 ”助走”を視野に入れて、こう告げる。


「いいですの?

 ――全力疾走で、なるべく多くのスタックをして、まず滑走の動作的準備をしておきますの。

 そして、それらの動作を経てから滑走に移行。

 そうすれば――」


「滑走時の挙動が、いきなり始まるんじゃなくて、全力疾走からの移行になる?」


「ええ。

 助走を付けて、スノーボードに飛び乗るような感じですわね。

 だから疾走しつつ、ロープの足場を自覚なさいな。

 ロープ上にある板状の仮想足場は、それこそが”ボード”ですの。

 そこに飛び乗って行けばいいんですのよ?」


 手本として、浮島の石畳部分でそれを軽く行って見せた。

 石畳は浮島の外縁にあることが多いので、


 ……勢い余って落ちかけましたけどね!


 だが今、成果は出ている。

 ”助走からの滑走”によって、彼女にとっての1ターン目から滑走が始まっていく。

 重力加速に引っ張られ、DE子の速度が上がっていくのだ。



 ●

 さあ、ときさらぎが言った。

 ここで一つの結果が出たのだ。


「しまむらのリーダーと、DE子君の2ターン目アンサーが決まりましたね。

 ちょっと計上して行きましょうか。まずは素の状態でのアンサーです」



■第二ターン

・ミツキ(しまむら)

:アンサー:35

:総合アンサー:70


・DE子(エンゼルステア)

:アンサー:22

:総合アンサー:22



「しかしここ、第二実況席になってませんかね?」


『向こう正面のきさらぎ親方ァ――!』


 やかましい。

 ただまあ、DE子君にとってはちょっと難しい。


「2ターン目でアンサー22を出せたのは良しとして、総合アンサー70のしまむらリーダーとはアンサー48の差があります。

 4ターン終了時を仮定すると、しまむらリーダーの総合アンサー140に対し、現状で118の差。

 DE子君は、スタートとなるこの2ターン目のアンサー補正と、残り3,4ターンで出すアンサーで、118の差を挽回しなければなりません」


 ではそのために、どうするか。己は先ほどと同じ言葉を使った。


「DE子君にとって、メインの補正となる重力加速度の問題です」



「既に第一階層や他5th-G系でのアタックやランをした人だったら、重力加速度や地球のまるみ遮蔽など計算できるアプリで即計算してるでしょうね。結果は出てます」


 きさらぎは、己の計算結果を出した。


「残り300メートルとしましょう。

 重力加速度に引っ張られれば、約八秒で通過します。

 その時の速度は時速約276キロ。

 ちょっと気合の入った新幹線という処ですが、驚くようなものじゃないですね。

 ――私達の頭上を朝飛んでるP-3H”エレクトラ”は最大速度が時速761キロですからね。

 ”飛んでる”なんて言えた速度じゃないです」


 さあ、と己は黒魔君に振り返って言った。


「3ターン目が終了するとき、DE子君のアンサーに加わる速度ボーナスは?」


 アー、と黒魔がこちらの横で腕を組む。


「一般的な女子学生が出せる”速度の基準”を考えたとき、コレが結構曖昧なんだが、厳しく見て時速21キロくらいだ。

 100メートルだと17秒台な」


「高校一年の女子の平均ですか」


 ああハイハイ、と己は納得。


「では300メートル通過時の時速276キロは、一般基準が出せる最高速度である時速21キロの13倍となります。

 あ、端数切り捨てですね。MLMのクソルールですから。

 これを、――仮想タスクレベルに置き換えて逆算したものが、今回の速度ボーナスですね」


 己は、皆を見渡した。


「仮想タスクレベルは、レベル1につき、タスク6が加算されます」


 つまり、


「DE子君の滑走速度が出す仮想タスクレベルは13。

 ――DE子君は、この滑走で、アンサー78のボーナスを得ます」



『おおっと! ここで一気に勝負が解らなくなってきました!

 DE子の4ターン目終了時に、滑走からの速度ボーナスでアンサー78が追加されるという指摘が、MUHS総長きさらぎさんからありました!

 どう思いますかハナコさん!』


『おいおい4ターン目終了時かよ。

 まあ総合アンサーを競う判定割ターンだから時間も距離も無視だがよ』


『言われてみるとそうですね!

 現状、どのくらい”矛盾許容”してます?』


『そんなん簡単じゃねえか』


 ハナコは声を上げた。


『おい! きさらぎ!』



『私もう実況席行っていいですよね?』


『同意しかないが、実況席行く間に勝負が終わるぞ』


 サポート席の方で白魔がこちらを拝んで頭を伏している。

 それを見たきさらぎは、一息を入れて告げた。


『よく考えれば解りますが、DE子君は滑走の加速で8秒あればゴールします。

 しかししまむらのリーダーは走っています。

 先ほど私が言った一般の高校一年女子の速度を参考にするならば、彼女は、残り300メートルを走破するには51秒掛かります。

 ――二人は、本来ならば勝負出来ないんです』


 しかし、と己は言った。


『ここはMLMの支配する大空洞範囲ですよ。

 全ては感情と理性と意思、――判定が優先されるんです』


 言う。


『DE子君が8秒で300メートルを走破するのは、判定のアンサーを上げる行為の結果であって、結局は判定の支配下。

 しまむらのリーダーが51秒で300メートルを走破するのも、これもまた、判定のアンサーを上げる行為の結果であって、結局は判定の支配下。

 私達がその勝負を違和感無く見られているのも、判定基準となった現場とこちらを、この東京及び世界全体が持つ”矛盾許容の概念”があるからです』



『矛盾のネタとしてはアキレスと亀だな。

 先行してアンサーを出した亀に、後から兎が追いつこうとしても、アンサーで追いつけなければ距離も時間も”まだ届いてない”ことにされる』


『成程! しかしここでDE子にとっては大きな一歩!

 ジャイアントステップとして、前借りですが仮定される最終総合アンサーに加えていい数字が出ました!

 ――速度ボーナス78!!」



■仮定総合アンサー

・ミツキ(しまむら)

:仮定総合アンサー:35×4=140


・DE子(エンゼルステア)

:仮定総合アンサー:22×3+78=144



 歓声が観客席から上がった。

 応じるように境子が椅子から立ち上がり、右の手を上に振り上げる。


『あ――――っと!! 仮定段階ですが、滑走による速度ボーナスが入ると、DE子がミツキを僅かながらに上回ります!』




◇これからの話



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る